Chapter.34
一緑がドア付近にあるメタルラックにバッグを置いて、壁を背もたれにベッドに座った。
華鈴も同様にバッグを置いて、ベッドのへりに座る。
「ありがとね、お休みだったのに」
「ううん? 誘ってくれてありがとう。遊園地もやったけど、水族館も一人じゃ行かないし、進化しててビックリしちゃった」
「ねー。映像で見たことあったけど、実際見ると迫力あるし、きれいだった!」
「ほんまよなぁ。またどっか行こうね」
「うん。水草の水槽も、調べてみようね。あ、そうだ、お金渡さなきゃ」
「え? ええよ」
「ダメだよ。レシートちょうだい?」
「財布ん中やわ。カバン取ってもぅていい?」
「うん」
ベッドから降りて一緑のバッグを取り、渡す。
「ありがとう」
中から取り出した財布を開けて、華鈴にレシートを渡した。
「ありがとう」
「端数はいいから」
「うん」
華鈴も自分のバッグから財布を出して、紙幣を渡す。
「確かにいただきました」
「ありがとうございます」
「いえいえ」紙幣を財布にしまいバッグへ入れると「そやった、忘れてた」バッグの中から小さなビニール袋を取り出した。
「ん? あ」
一緑が手に持ったボールチェーンストラップを華鈴に渡す。「はい」
「ありがとう」微笑んで受け取って、パッケージを開けた。「はい、半分こ」
「うん、ありがとう」
華鈴から渡されたのは、蝶ネクタイをしたペンギンのチャームが付いたストラップだった。
膝に置いたバッグ中からペンケースを取り出して、ファスナーのスライダーに空いた穴に付ける。
華鈴も同じように自分のバッグからペンケースを取り出して、頭にリボンを付けたペンギンのチャーム付きストラップを付けた。
二人で愛用のペンケースを掲げ、二羽のペンギンを並べてみる。
「……子供っぽかったかな……?」
心配そうに言う華鈴に
「んー? いいんじゃない? 可愛いし」
優しく笑って、寄り添うペンギンと同じになるように、一緑が華鈴に身体を寄せた。
「そっか。良かった」
嬉しそうに微笑む華鈴に、一緑が顔を近づける。
と――
「いのりーん! みんなメニュー決められへんて……あっ、邪魔したな、ごめーん」
勢いよく開いたドアから橙山が顔をのぞかせ、開けた勢いと同じ速度で閉めた。
タンッ! とドアが閉まる音と同時に、「……前にもあったなぁ」一緑が苦笑する。
「下、行く?」
くすくす笑う華鈴に聞かれ
「そうね」苦笑したまま一緑が腰を上げる。「華鈴も行く?」
バッグを定位置に片付けて振り返った一緑に「うん」華鈴がうなずく。
リビングにおりると、いつか見たのと同じようにガラステーブルに様々なジャンルのメニューが広げられていた。
「あ、さっきごめんね~」橙山が笑顔で手を振る。
「うん、ええよ。いつの間に帰ってきたん?」
「二人が部屋戻ってすぐくらいやな」答えたのは紫苑だ。
「夕ご飯、なんか出前とろーって言うてメニュー広げたはええんやけどさー、全然決まらんくてさー」橙山は面倒くさそうにソファへ身体を預けた。
「いつものことやろ」同じようにソファにもたれて、赤菜が苦笑する。
「キイロ部屋におらんの? キイロにも聞いたらええやん」紫苑が言うが
「キィちゃんに聞いたらまた混乱するって~」橙山が異論を唱えた。
「けど、いまいるのになんも聞かんと決めるんもよくないんじゃない?」青砥が言って立ち上がり「聞いてくるわ」二階へあがった。
「二人はなんかないの?」紫苑がソファに座った一緑と華鈴に問う。
「んー? 俺は特になんでもいいけど」
「私も絶対これじゃなきゃ、っていうのはないですね」
言いながら一緑と華鈴がソファへ座る。
「候補は? 出てんの?」メニューを眺めながら聞く一緑に
「んー、中華か丼ものか~って感じかなぁ?」橙山が答えた。
「ガッツリ行きたいん?」
「割とみんな腹減ってんねん」紫苑が腹をさする。
「あれ? 昼は?」
「なんかテキトーに」
「俺は一応、仕事先で出た弁当食ったけど」
「あ、撮影やったんや」
「うん。ハウススタジオで」橙山がエアカメラを構えると、一緑にエアレンズを向けてエアシャッターを切った。
「ちょっと、勝手に撮らんとって~?」
「ええやん少しくらい。ケチやなぁ」
エアカメラを下げて笑う橙山につられ、一緑もひゃひゃひゃと笑う。
赤菜と紫苑は慣れたもので、自分の腹具合と相談しながらメニューをとっかえひっかえ眺めていた。
「キイロがピザ食べたいって~」二階からおりてきた青砥が言うと、
「ピザか」赤菜がぽつりとつぶやき
「ピザええなぁ」一緑がメニューを探す。
「バリエーションもあるし、サイドメニュー追加したらボリューム足せるしな」紫苑も賛同して、ガサガサとメニューをあさり、数店舗分のメニューをピックした。「どこがいい?」他のメニューをまとめた上に、いくつかのピザ屋のメニューを並べる。
「なに味がいいかによるよねー」橙山は嬉しそうに悩んでいる。
「見比べてみたらええやん」紫苑が口を尖らせて言って、並べたメニューの上をなぞるように指を行き来させた。
「ビール飲みたいから味濃いのがええな」赤菜の提案に
「賛成」紫苑が真顔でうなずいた。
「キィちゃんなにがいいとかゆうてた?」
「照り焼きチキンがええて」橙山の問いに青砥が答える。
「子供やなー」
「ええやん、ビールに合いそう」紫苑は案外乗り気だ。「あれ? 今日クロ帰ってくる?」
「んー? どうやろ」立ったままだった青砥が移動して、予定表を確認して「『19時帰宅予定』」黒枝の予定を伝えた。
「じゃあ夜メシ全員か。Lサイズ三枚とサイドメニューいくつかかなー」メニューを眺めながら紫苑が言う。
「そうやなー。そのままお酒飲むならつまみも一緒に頼む?」
「つまみやったらお土産もぅたで?」橙山の提案に紫苑が答えた。
「え? なんのお土産?」
「カリンちゃんと一緑の、水族館の」
「あー、今日やったんやー、どうやった?」
「めっちゃ良かったよ。な」
「はい。子供のころに行ったときより、進化してました」
「そー、あそこすごいのよ。みんなもデートで行くとええよ」
「うん、盛り上がるし、おすすめやわ」
「そんなん相手おらんし。なぁ」紫苑がかたわらに座る赤菜に言う。
「おん。うちでそういう相手おるん、一緑だけやろ」
「そっか」
「一人で行くのも楽しいけどね~」
「アオは生き物好きやからやない?」
「あー、まぁ確かにそうかも?」
「青砥さんは良く行かれるんですか?」
「うん。年間パス持ってる」
「えっ」
「すごいな」
華鈴と一緑が驚くと
「二回以上行ったら元とれるし、ええのよ」おばちゃんみたいに手を上から下に招くように振って、青砥が笑った。「気分転換にもデザインの発想源にもなるし」
「動物と触れ合いに行くん?」橙山が首を傾げた。
「それは水族館やと無理やな~。触れ合いたいなら猫カフェとかのがええかも」
「そっか、水ん中やもんね」
「でもあそこ、たまにカワウソとかペンギンとか散歩させてるけどね。会われへんかった?」
「残念ながら、時間が合わなくて」
「ありゃ、そうなんや」
「それでも充分楽しかったです。ありがとうございました」
「ええんやって、お礼はこっちの言うことやから。またお願いすると思うけど」
「はい」
「楽しかったんはええけど、ピザなににするん」赤菜は空腹のようで、メニューをずっと眺めている。
「そやった、ごめんごめん」話を逸らしてしまった詫びをして、青砥がメニューに目を戻す。「一枚はじゃあ照り焼きチキンな。んで? もう一枚はなんにする?」
「なにがいいかなー。なんか違う系統の味のにしたいなー」一緑がメニューを一枚取って、広げたり裏返したりしてメニューを探す。
三枚のピザとサイドメニュー数種類を決めるのに、それから十数分を要した。
「いのりんあとお願いしていい?」
「ええよー」
ようやっと決まったオーダーをスマホの出前アプリで発注する。
黒枝が帰ってきたすぐ後にタイミングよく届いたピザとサイドメニューで、パーティーのような夕餉になった。
呑み足りないメンバーに水族館土産の柿の種は好評で、多いかと思っていた四袋は、一週間も経たないうちに終了した。
それから、プライベートでどこかへ旅行に行ったり遊びに行ったとき、土産物屋にしか置いていない味の食べ物を買って振る舞うのが、赤菜邸の定番になった。