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Chapter.29

 その日、華鈴のスマホに一緑からメッセが届いた。

『作業が終わらず残業になっちゃった。夕飯いらないです。』とのこと。

 リビングの壁にかけられたスケジュールを書き直して、何人分の夕食を作るか確認する。

「なんか変更あった?」

 仕事から帰り、部屋に荷物を置きに行った紫苑がリビングへ戻ってきて、華鈴に聞いた。

「一緑くんが残業になってしまったみたいで」

「あら、忙しいねぇ。あいつおったら珍しく全員集合やったのにねぇ」

「あいつ昔っからそういうタイミング悪いよな」ソファで会話を聞いていた赤菜が会話に加わる。

「確かに、ちょっとズレるよな」腹をさすりながら紫苑もソファへ陣取った。

「でもすげぇイノリっぽくない?」

 ダイニングテーブルでファッション誌をながめる黒枝が笑うと、赤菜、紫苑も、ほんまやな、とつられて笑った。

「ただいまー。あれ、なんか楽しそう」玄関からリビングへやってきた青砥が笑い声を聞いて笑顔を見せる。

「塚森の噂話しとった」赤菜がソファに身体を預け、楽しそうに言う。

「いのりなんかした?」青砥は目が合った華鈴に問う。

「今日残業になってしまったんですけど、それがなければ全員集まれたのに、って」

「そういうタイミング悪いよなー、あいつ、って」華鈴の説明に黒枝が注釈を加える。

「あー、そう言われれば、入ってきたときからちょこちょこあったなぁ、そういうの」青砥が小さく笑って、肩にかけていたバッグをおろす。

「そうなんですね」初耳だった華鈴が一緑の顔を思い浮かべていると

「あ、そうや。カリンちゃん、こないだありがとうね」青砥が思い出したように言った。

 突然の礼に華鈴はきょとんと疑問符を浮かべる。

「ほら、試作品着てもらったでしょう」

「あぁ、はい。こちらもありがとうございました。楽しかったです」

「それはなによりやわぁ」そんでね? 青砥が話を続ける。「あのあと会議にかけて、シャツにはセットで装飾品プラスできるようにして、正式に販売することになってんやんかぁ」

「わぁ…! それは良かったです」

「うん。そんで、色々ヒントもらったから、お礼したいんやけど」

「いえっ、そんな大したことできてないので」

「うん。そう言うかなー思ってさ」これ、とバッグから桜色の封筒を取り出した。「お金じゃないから、安心して受け取ってください」

「ありがとうございます…!」差し出された封筒を両手で受け取り、「中、見てもいいですか?」青砥に聞く。

「もちろん」おだやかに微笑んで、青砥がうなずいた。

 華鈴が受け取った封筒を開けると、中には水族館のチケットが二枚、入っていた。

「いのりと行っておいで」

「青砥さん……」

「苦手やったら無理に行かないでいいから」

「そんなこと! 誘ってみます!」

「うん」

「ありがとうございます!」

「ううん? こちらこそありがとうね~」

 えへへ、と二人が笑い合うのを見ていた赤菜がニヤニヤ笑う。「やっぱりダークホースは青砥やったか」

「赤菜くんはまた、なにをゆうてんの」正反対に苦笑した青砥がたしなめた。「カリンちゃんはいのり一筋でしょ~?」

「サクラがどうとかじゃない。誰が狙ってるかや」

「だとしたらおれは違うし。狙ってたらいのりと二人でデートしといでとか言わんし」なおもニヤニヤする赤菜に青砥が反論する。「あ、でもカリンちゃんのことはちゃんと女の子や思ってるからね?」

 青砥のフォローに華鈴がニコリと笑う。

「お前、そういうこと言うからややこしいねんて~」近くで聞いていた黒枝が口を挟んだ。

「ほんま博愛主義者やな~」紫苑も笑いながら参加してくる。

「えー? だって大事やろ~? 男ばっかの中にいてはるんやから、ちゃんと女の子扱いせんとさ~」

「状況はどうでもええわ。お前はどう思ってんのかや」ほのぼの丸く収まってしまいそうな空気感を打破しようと、赤菜が不服そうに応戦する。

「カリンちゃんは~、ヒトとして好きやけど、恋愛感情は持ってない。妹みたいな感じかな~。実際に妹おらんけど」

「はじめからそう言ったらいいのにさー」黒枝の言葉を受けて、

「そんなん言うならみんなも条件一緒でしょ。なんでおれにばっかり言ってくんの」青砥が珍しく口をとがらせる。

「誰かと付きおうてる時点でないわ~」紫苑の意見に

「俺も。奪い合うとか浮気とかほんま嫌」黒枝が賛同する。

「なっ」

 二人とも鼻にシワを寄せて憎々し気に言い放っているから、相当イヤなようだ。

「カリンちゃんがどうとかじゃないのよ?」紫苑がフォローして、

「はい」華鈴が当然のようにうなずく。

「そういうマコトはどうなん。ようイノリがワァワァゆうてんの聞こえてくるけど」黒枝が近くに座る赤菜を見た。

「俺は……」ぽつりと言って、赤菜はかたわらに立つ華鈴を眺めた。「……もっとボリュームあるほうが」

「赤菜くん!」「マコト!」「やめとけ!」青砥、黒枝、紫苑がほぼ同時にたしなめた。

「なんやねん、そっちが聞いたんやろ!」

「コトバ選べって」黒枝は声を裏返し

「失礼でしょ~?」青砥が眉を寄せる。

「わかるやろ、大人なんやからさ」紫苑の後追いに

「なんやねん、三人してヤイヤイヤイヤイ~!」赤菜が反発した。「言われた本人が気にしてなかったらええやろ! なぁ?」

「う…まぁ……」赤菜の勢いに飲まれそうになった華鈴は、「体形のことはあまり…その……」それでも頑張って反論する。

「そうやんなぁ」

「ほらー、赤菜くんあかんで」

「すまんすまん。悪かったわ」

「いえ、こちらこそ」(スタイル良くなくてすみません)と冗談めかして言うこともできず、華鈴は言葉を切る。

 しかしだとしたら。いままでアレコレとちょっかいを出されていたのは一体なんだったんだろう? なんて、華鈴には新たな疑問も生まれてきてしまったが、それも口には出さない。

「なんや、じゃあ結局だれもサクラになびいてないんか」つまらん、と赤菜がふてくされる。

「そういう言い方失礼でしょー? カリンちゃんにはいのりがいるんやし、そういう風に思わないようにーってどっかでみんな思ってんねんて」

 もー、赤菜くんはさぁ~。疲れたわ、座ろ。そう言って、青砥は隣に立っている華鈴を促してダイニングテーブルへ移動した。

「あれ。なんや、みんなおったんや」らせん階段から降りてきたキイロが声をかけ、皆の顔を眺める。

 その顔を見て「いっちゃん大事なヤツ忘れてたわ」赤菜がニヤリと悪く笑う。

「ん? なに?」それまでの話の流れを知らないキイロは、不思議そうに問い返した。

「キイロはサクラのこと、どう思ってんの」

「……は?」あまりに唐突かつ予想外の質問に、キイロの返答は裏返っている。「え? どういう意味?」黒枝と紫苑の顔を交互に見るが、二人は苦笑するばかり。

「どうなん。サクラが来てもう四ヶ月くらい経つし、なんかしら思うところもあるやろ」

「え? 眞人くんはなにゆうてんの?」心底意味がわからない、という声で、キイロは眉根を寄せる。

「まだるっこしいか。キイロはサクラのこと、好きになったんか」

「はぁ?! マジでなにゆうてんの? そんなん……」ダイニングチェアに座る華鈴と目が合って、言葉を切ったキイロは目線を外す。「失礼やろ、本人いてはんのに……」消え入る語尾と共に静寂(しじま)が流れそうになる空間に

「たっだいま~」雲ひとつない青空のような明るい声が飛んできた。橙山だ。

 その姿を見たキイロは、密かに小さく息を吐いた。

「なんやキィちゃん、そんなとこ突っ立ってどうしたん? 帰ってきたばっか?」

「いや……」

「あれ? なに? どしたん?」リビングに流れる空気の違和感に気づき、橙山は首をひねった。

「なんでもないよ」キイロが少し苦くふっと笑って「部屋戻るわ」伏し目がちにリビングを去った。

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