Chapter.27
「あっ、カリンちゃん、ありがとうな~」
リビングで出合い頭に黒枝が礼を言う。
「?」
「SNSさぁ~」
「あぁ、はい」
「教えてもうたおかげで、投稿できたわ~」
「はい、拝見しました。すごい反響でしたね」
「そやねん。カリンちゃんに教わってなかったらずっとグズグズしてた思うわ」
「いえいえ、説明しただけですから」
「いやいや、めっちゃ助かったよ~」
「お役に立てたならなによりです」
「なになに~? なんか仲良しになったの~」ニコニコしながら橙山が二人に近付き、会話に加わる。
「いや、俺のSNSさぁ、使い方教えてもーてん」
「あ、そーなんや。クロたん一人でよぉできたなぁ思ててん」
「あれ。見てくれたん?」
「うん。でもあれ、校閲入ってるでしょ」橙山が笑いながら言う。
「校閲?」
「そー!」華鈴の疑問に黒枝が反応した。「書いたやつ一回事務所通さなあかんくてさー、別にそれはいいんやけど、関西弁がことごとく消されてんねん」
「あ、元々文章は関東弁ってわけじゃないんですね」
「うーん。どっちも混ざってる感じかな~。いや別にええんやけどさぁ。徐々に慣れてもらいましょーって言われた」
「誰に?」
「マネージャー」
「ほーん。ギャップ萌えされるかもやのにねぇ」
「なぁ? シュッとした印象はまだ崩したくないねんて」
「関西弁やともっちゃりした感じにとられるんかな?」
「どうなんやろ。カリンちゃん出身は?」
「埼玉です」
「どうなん? 関東の人から見た関西弁って」
「うーん……親しみやすい…ですかね……」
「カリンちゃんはいのりんで慣れてるんちゃう?」
「あ、そっか」
「うーん、まぁ、お付き合いしてからは身近になったって感じですけど……テレビとかで見てる芸人さんの印象が強いです」
「あー、じゃあやっぱ、売り出したい路線とは違うんかもねー」
「現場やとバリ関西弁やけどな」
「でもそれ、表には出ぇへんでしょ?」
「うん」
「まぁ、そのうちテレビとか出るようになったら変わるんやない?」
「出るようになるかね」
「それこそSNSがハネたりさぁ」
「そうかー、そんときはまた事務所と相談すんのかなー」黒枝は顎に指を添えて考え込み「あ、そんで、カリンちゃんさぁ」思い出したように言った。
「はい」
「今度またわからんことあったら聞いてもいい?」
「はい、もちろん」
「ありがとう~、助かる~」
「これからも投稿続けんの?」
「うん。事務所が、好評やから続けてくださいって」
「ええことやん」橙山の意見に華鈴もうなずく。
「まぁなぁ」
「とはいえ……」橙山は黒枝から少し距離を取って、上から下まで全身を眺め「こういう格好の写真は公開せんほうがええな」少し笑いながら言った。
「えー? これあかんー?」
Tシャツの上からグレーのパーカーを羽織り、揃いのスウェットパンツを履いている黒枝は、お世辞にもオシャレとは言い難い。
「うーん、いいとは言えない」
「えー。俺が着てたらなんでもオシャレに見えるとかないー?」
「ない」橙山がキッパリ即答する。
「お前ー、そんな強くゆうなよー。いくらなんでもヘコむやろー」言いながら、黒枝は笑っている。
「ないもんはないもん。もっとさぁ、なんかあるやん、部屋着ゆうてもさ」橙山は顎に手を当て、黒枝の全身を見る。「もっと、スポーツ系のオシャレなジャージとかさぁ」
「ああいうの割と高いし、こっちのが楽やねんもん」
駄々をこねるように言った黒枝を見て、華鈴が小さくクスリと笑う。
「そういうところも見たいっていうファンの方も、きっといらっしゃるでしょうね」
「そうよなぁ、絶対おるって」
「いてはるかもしれないけど、事務所さんとかスポンサーさんとかはあかんのかもしれんよ」
「そっか……色々あるんですね……」
「「色々あんのよ」」
黒枝と橙山がハモる。職業柄、実体験や思うところがあるらしい。
「でもちょっと、事務所と相談してみるわ。ずっとこのままじゃ楽しまれへんし」
「そうねー。ああいうのは“やらされてる感”出たらすぐ気付かれるからねー」
「むつかしなぁ~」
黒枝は腕を組み、口をとがらせて首をかしげた。
「オレらも更新楽しみにしてるから、無理せず楽しんで~」
橙山が言った言葉に黒枝は苦笑しながらも「おう、期待しといて」口の端を持ち上げた。
そのうち、徐々に“解禁”されたクロエの関西弁投稿は様々な反響を得て益々仕事が増えていくのだが、それはまた、別のおはなし――。