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Chapter.21

「――!」

 強い風に吹かれ、一緑は声にならない叫び声をあげた。

 その理由は、明白だ。



 カタカタと音を立てゆっくり昇っていく車体に比例して、心拍数もあがっていく。この先に待ち受ける展開がわかっているからだ。

 車体がレールの頂点に達すると、その高さと同じ距離を降りていく。しかしスピードは格段に速く、周りの景色は一瞬にして過ぎ去っていく。レールに沿って左右に振られ、ビルの間を通りまた視界が開ける。風を切る音が一瞬遮断され、建物の壁面スレスレを通り過ぎた。またゴウゴウと風を切る音。視界の先に青い空。周囲の悲鳴は連れ去られ、風を切る音が聞こえ続ける。考え事などどこかに飛ばされ、ただひたすらに身体が猛スピードで先へ送られる。先に見えた観覧車の中心部を一瞬にして通り過ぎ、ぐるりと一周した。内臓と一緒になにかがこみあげてきそうなのをこらえるように、一緑はずっと歯を食いしばり、肩にかかる安全バーを強く握りしめていた――。



「大丈夫……?」

「ん? うん。平気よ?」そう言って笑う一緑の顔は力ない。

「……一緑くん」

「ん?」

「あそこのベンチで少し休憩していい? ちょっと喉乾いちゃった」

「うん、ええよ?」

「じゃあ、あそこの自販機で飲み物買おう。なにがいい?」

 聞くや、小走りで自動販売機に駆け寄り、華鈴がスマホをかざした。振り返る姿は主人の到着を待つ子犬のようだ。

「んー、じゃあー」尻尾を振って待つような華鈴に微笑んで「これ」ボトル缶のブラックコーヒーを選び、ボタンを押した。

 ゴトンと音がして、取り出し口にボトルが落ちる。

「ありがとう。ごちそうさま」華鈴に言って、ボトルを取り出した。

「どういたしまして」ヘヘッと笑って、スポーツドリンクを買った。

 噴水をぐるりと囲むように置かれているベンチのひとつに座り、キャップを開けて飲み、ほぅと一息ついた。

 目の前の噴水で、規則的に吹き上がる水が陽射しを浴びてキラキラと光っている。

「晴れてよかったねぇ」

「なー。気温もちょうどいいし、ええ日に当たったなぁ」

「選んでくれた日が良かったんだよ」嬉しそうに華鈴が笑って、一緑に軽く体当たりをする。

「華鈴もよぉここ見つけたやん」今度は一緑が華鈴に軽く体当たりをし返した。

「こないだも言ったけど、前の家から大学行くとき、電車の中から見ててずっと気になってたの。でも遊園地って一人で行くには勇気がいって……」華鈴は一緑にくっついて「だから、一緒に来れて嬉しい」顔を覗き込んで笑みを浮かべる。

「うん。俺も、一緒に来れて嬉しい」

 えへー、と二人で笑って、手を繋ぐ。

「もちょっと休んだら次いこっか」

「うん」

 二人はしばらく寄り添って、前の広場でひなたぼっこをする鳩たちを眺めていた。



 次に華鈴が一緑を案内したのは、室内型のライド系アトラクションだった。

 水の中にレールが敷かれ、その上に二人乗りのトロッコが乗っている。

 前に華鈴、後ろに一緑が座って、トロッコはゆっくりと動き出した。

 最初は室内の装飾や風景、世界観を楽しむアトラクションだと思っていた。やっとおとなしいのになったなぁ、と一緑はニコニコしながら、前の席で目を輝かせている華鈴の横顔を見ていた。

 なのに――。

「わっ?!」

 ゆったり進んでいたトロッコは、外の景色が見えた瞬間、急降下した。その落差13メートル。ジェットコースター並み、いや、落ちると知らなかった一緑のとっては、それ以上の驚きと浮遊感があった。

 バシャア! という音とともに、雨に似た水滴が二人の頭上から降り注ぐ。

「うわぁ!」

「ひゃあ!」

 バラバラと落ちる大粒の水滴は当然のように二人の身体を濡らした。

 レールはなだらかになって、再びゆっくり進んだトロッコは出口に到着した。

 地上に降り立ってしばらく歩き、人が少なくなったところで二人は同時に顔を見合わせて、笑った。

「びしょびしょやぁ」

「ここまで濡れると思ってなかった」

「だからレインコート貸出してたんやなぁ」

 ケタケタ笑いながら手を繋いで園内を歩く。

「どうしよ、先スパ行く?」

「どうしよっか」

 園内は出入り自由で再び入園料がかかるようなこともない。しかし、園からスパ施設までは割と距離があり、行き来するには少々時間がかかる。

「このままで寒くないんやったらいいけど」

「うん、あと観覧車に乗れれば満足だから、観覧車行っていい?」

「うん、おっけー、行こう行こう」

 二人は濡れたまま、遠目にも目立つ円形の建物に向かった。


 さして待つこともなく、大きな窓がついた小さな個室に案内される。左右に設けられたベンチの片側に、手を繋いだまま隣り合って座る。絶えずゆっくり周り続けるゴンドラは、徐々に地上から離れていった。

「俺、観覧車初めて乗る」

「えっ、そうなんだ」

「華鈴はある?」

「うん。小さいころ、家族で」

「そーなんやー」

 一緑は言いながらも窓の外、遠くを見ている。微妙に焦点はあっていない。

「あの、今更なんだけど……」

「ん?」

「もしかして、遊園地、苦手、だった……?」

「えっ? ううん? そんなことないよ!」慌てた一緑が華鈴に向き直る。二人が乗るゴンドラが風に揺れ、一緑は身体をすくませた。「な、なんで?」

「その……ちょっと、辛そうというか……」

 現に、いま繋いでいる手には力がこもり、一緑の手のひらはじっとりと汗ばんできている。

「顔色も、あんまり良くないし……」華鈴が心配そうに言って、一緑の頬に触れる。

「あー…うん……そのー……」一緑は気まずそうに視線を伏せて「苦手なんは、遊園地やなくて……高いトコ……」ぽつりと伝えた。きょとんとする華鈴に「ゆうてなかったけど、高所恐怖症やねん」苦笑して言う。

「……えっ」ようやっと理解した華鈴が一緑を見つめて「ごめんなさい……」視線を下げる。

「いや、大丈夫。気付かせないようにしてたつもりやってんけど、バレちゃったね」なおも苦笑しながら、しょんぼりする華鈴の頭を撫でる。

「……無理させて、ごめんなさい……」

 華鈴の髪を撫でながら、一緑がふと笑った。「まだ濡れてる」

 ひとつ前に乗ったアトラクションで濡れた髪を、一緑の指先が()いていく。

 何か言いたげに開いた華鈴の唇を、一緑の唇がふさいだ。


 少しの間、重なって。


 そしてゆっくり離れていく。


「連れてきてくれて、ありがとう」柔らかく微笑み、一緑は華鈴の頭を撫でる。「ちゃんと楽しいから、大丈夫」

「…………うん」

 嬉しそうに微笑んだ華鈴が、こくりとうなずいた。



 手を繋ぎ、寄り添って見る高所からの景色は、一人で見るより美しく、安心して楽しむことができた。

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