第二話
少年は嗤う。
この街で飛び切り高いこのビルから、雑多な建造物群の中を蟻のように徘徊し続ける人々を俯瞰し、或いは達観していた。
あれから何年の時が経ったのか、少年には正確な時間が測れなかった。
この世界に生きる人間は、だれもが不平等と不均衡に生きている。少年はその中でも、圧倒的に不平等の部類に入る人間だった。いや、以前は他者よりも優れた高位の人間であったのだが、ある日を境にして、彼は盲目、そして両足の欠損というハンデを背負いながら生きることになった。しかし彼は、自らの存在を哀れむ中でただ、助けを求めることをしなかった。幸いな事に、彼には力があったのだ。自らの境遇を打破出来るほどの、驚天動地の力を、彼は生まれつき備え持っていた。
「あと少し。あと少しで俺は、自由になれる。」
少年は呟く。見た目は十八歳くらいの普通の少年だった。しかしその瞳には光や生気が宿っておらず、視界には、あらゆる世界が投影されていなかった。
上空でヘリコプターが羽音のような鈍い音を立てている。灰褐色の音、雑音に分類される音によくある色だ。これももう、とっくに見慣れた。感覚の無い右手を手すりから離し、手のひらを見てみる。そこには何も写らない。命の息吹が吹き込まれていないから。左手の平を見てみる。そこには翡翠色の美しい自分の色がふわふわと、手のひらの形状になぞるようにして淡くぼやけた色が浮かんでいる。
「いっそ、全てを透明にしてしまえばいいのに。」
或いは黒か。
神様はなぜこんな稀有な現象を僕に授けたのだろう。いやそもそも、神様はなぜ、世界に色をつけたのだろう。ここで言う色とは、人がつけた色ではなく、神様がつけた色だ。彼は不思議に思う。この思考が無意味なことであるということは理解しているつもりだけれど、どうしても考えずにはいられなかった。
見下ろす雑踏は、ひどく混沌とした色だった。幼児に多彩な絵の具を渡した時のキャンパスみたいだ。
これから、罪を背負うことになる。
その罪がどんなに重いことなのかは理解している。だがそれ以上に、その行いによる対価は、彼にとって何よりも重要な事柄だった。
この内に秘める憎しみと、自由への渇望。
それだけが彼の生きる原動力だ。
醜い手のひらを隠すため、彼は革の手袋をはめて、身を翻した。
この世全ての普通に生きている人々を恨むつもりはない。だが、彼には、どうしても許せない存在があった。
それは、世界を平等に作らなかった神様と、そして何よりも、自分から全てを奪った両親だ。
---僕はこれから、存在意義を取り戻す。そしてそれが何よりの、神への叛逆にもなるのだから。




