転生の森 (リンネ フォレスト)
イラストの方の階を間違えました
第3階ではなくて4階でした
すみません
虫。動物。鳥。人間。
生物は外見だけでその者の中身をイメージしてしまう。何で、もっと見てくれないのか?何でもっと見ようとしないのか?
それがどうしても分からない…。
[第四階]
校内で盗りがあったらしい。
また次の日、女子生徒の体操着が紛失した。
そしてまたいつだったか、クラスメートの一人が自殺した。
そして、その全ての容疑は俺に掛けられた。
窃盗に苛め。勿論、俺はそんな事をした覚えがない。
だが、俺に味方などいなかった。誰も俺を見てはくれない。
だから、俺の声など誰一人として届いていなかった。
程なくして、俺は学校へ行かなくなった。家には誰もいない。文句を言う奴も。心配する人も。誰も…
俺の親も罪人だった。
ピピピ…ピピッ。
「…んにゃ。」
正午10時。起床のアラームが鳴り響く。昨日は深夜明け。バイト疲れの体は二度寝を所望していた。
「ふぁ~ぁ。」
重い体を気力で起こし、遅い朝飯の支度をする。
キッチン込みの1Dk。部屋には溜まったゴミ袋の山が散乱。求人雑誌がまたまた散乱。シンクの中は弁当の容器や食器の山。
つまるところ汚い。
とはいえ、これで落ち着くのだから改善する気にはどうしてもなれない。
ピッ。
『本日、○県○市で火災が発生した事故で犠牲者は…』
テレビを耳に、携帯を片手。ふやけたパンに牛乳を飲む。いつもの日課。俺の日常だ。
「…買い物でも行くか。」
やることもないので携帯を弄っていたのだが、それも時間が経つにつれ飽きてきた。腹も減ったし、気分転換に外に出る。
「おっ!まこっちゃん!今日はバイト休みか?」
「いや、今日も深夜からコンビニのバイト。おじさんも今日は運送はねぇのか?」
声を掛けてきたのは隣に住むトラックの運転手。名を桑村 洋吉と言う男だった。
「俺も深夜配達だよ。全く、安い給料だってのに仕事の量は半端ねぇんだからやってられねぇよな。ったく。」
「まぁな。」
「はは!何、湿気た顔してんだよ!今度、一杯奢ってやるから元気出せや!」
「いや。俺、未成年…」
「なぁにが未成年だ?そんな老けた顔しやがって!お前、俺よりも上だろ?」
「いや、だから何度も言ってるが…」
「おっと、もうこんな時間だ!女と待ち合わせしてんだよ!俺はもう行くぜ!」
「女って…。どえせ風俗だろ?あんた?」
「うるせぇ!そのうち、お前も連れてってやるからそう僻むな!」
「いや、僻んでるわけじゃ…。てか、俺 未成年だって。」
言葉を投げるももうそこに相手はいない。
「…はぁ~ぁ。」
思わず、深く大きなため息が口から零れ出る。毎度のことだが何で誰も信じてくれないのだろう?
「俺の顔ってそんなに駄目か?」
鏡に写った自分の顔を見る。尖った目にゴツゴツとした顔立ち。鼻はデカク、眉も太い。長い髪は洗うのにも乾かすのも面倒だから坊主頭をここ最近は保っている。
そんなんだから学生であった頃はよくゴリラだとかヤクザの組長だとか、陰で言われていた。
深夜のバイトに抜擢されたのもその為だ。防犯対策みたいな?
まぁ、お金の為とはいえ年齢誤魔化して面接受けた訳だし文句は言えない。それに何だかんだ言っても深夜の時給は高い。
この顔で嫌な事こそ沢山あったが、その件に関しては良かったと言えよう。
「まぁ、いいや。」
自分の顔をいくら眺めようが変わる訳ではない。ソッと息を吐き出し、足を動かす。 行き先など決めてはいないが、まぁ。それもたまには悪くない。
この顔にコンプレックスを抱き始めたのは幼稚園の頃からだ。同じ組のある女の子に声を掛けたら急に泣き出したのだ。
戸惑う俺に幼稚園の教諭は訳も分からず謝罪を要求してきた。何で自分が悪いのか?勝手に泣いたのは彼女で、俺はただ肩の糸屑を取ってやろうとしただけだった。
それでも何を言っても聞いては貰えず。結局、俺はその子に謝った。
その時からだ。俺のこの顔が皆に恐怖を与えると知ったのは。
「…ママ?あの人、すっごい顔こわいね。怒ってるの?」
「しっ。声が大きいわよ!聞こえたらどうするの!」
街中を歩けば雑音が耳に煩い。もう慣れてしまったが、良い気分にはなれる筈もなかった。
「…外に出たのは失敗だったか?」
気分転換に外出したのに、気分を害されていては元も子もない。歩き始めてまだ数分と経ってないが、ここは帰った方がいいのかもしれない。
「…弁当だけ買って帰るかな。…あ?」
踵を返し、後ろを振り向く。そして目に飛び込んできた光景に思わず体が動いていた。
「危ないぞ!!」
ガシャンッ!!
「キャー!!」
「うわっ。やっべ。携帯に夢中で気付かなかった。し…死んでないよな?なぁ?」
「うっ…なに?ねぇ?なんなの?」
…あれ?俺は何をしてたんだっけか?
…あぁ、そうだ。車に轢かれそうな子供を目にしたからそれで…。
…子供、助かったのか?確認しようにも体、動かねぇや。
…はは。死ぬのか俺?
「…おじさん。」
?
「ごめんなさい。ごめんなさい。僕のせいで…おじさんが…」
…? 俺の為に泣いているのか? 俺が泣かしたではなく、俺の為に?
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
「…カッ…けが…。怪我はないか?」
「う…うん。僕は大丈夫。」
「…そうか。なら、良かった…。」
体温が無くなっていくのを感じる。瞼が重い。思考が。感覚がどんどんと遠ざかる。聞こえる少年の叫び声も今では何を言っているのかも分からない。
聴覚が。視覚が。思考が。声が。全て。
遠ざかる。
…はは。こんな俺でも誰かに泣いて貰えるんだな。
薄れ行く意識の最後。俺はそんな事を思って静かに笑った。
…
「…は?」
森があった。それはなんというかファンタジックな森がそこにはあった。大きな大樹。それにまとわりつく長い蔦。見たこともない綺麗な蝶々。見えはしないが小鳥の囀りが聞こえる。
全くの別世界。
…いや。そんなことは今やどうでもいい。
「俺、死んだよな?」
あの時。数秒前。俺は確かに車にはねられて死んだ。いや、死んだとは決めつけるのは早いにしろ重症を負ったのは確かだった。それなのに…
「生き返ったのか?そんなフィクションじゃあるまいし。そんな…」
あり得ない。そう言いたいが現に自分は生きていて、傷もない。ココがどこだか分からないにしろ自分は生きている。
認めざるを得ない。
「…?」
そして気付く。自分の手。それに足。いや、体がやけに小さい。それに何だか軽い。
丁度良いところに水溜まりがあった。そこで自らの顔を。姿を確認する。
「なっ…」
驚いた。そこに映っていたのはあの人相の悪い。いつも見飽きては溜め息を吐き出すそんな姿ではなかった。
長い睫毛に、大きな瞳。小さく尖った鼻に整った眉。薄いピンクな小さな唇。髪はサラサラ。銀髪美少年の姿がそこにはあった。
「…どうなってんだ?」
何かのドッキリ?夢?それとも今まで見ていた現実が嘘だった?
いきなり訪れた急展開に情報処理が間に合わない。数分の時間を要してやっと、落ち着きを取り戻す。
「…つまり、俺は一度死んでこの誰だかも分からない体に生まれ変わった。そういうことか?」
にわかには信じがたい事ではあるが、こうも時間が経っても元に戻らない所を見れば信じざるを得ない。
…まぁ、幾つか疑問はあるが。それはそれだ。そんな事を今、考えていても仕方がないというもの。ならば、早急に考えなければならない問題とは。
「…これからどうする?」
死んで甦った。それは良しとしよう。だが、生き返ったとはいえ何をどうしたらいいかが分からない。人間、産まれたその瞬間。そこから道筋。選択の筋が決まっている。親が。大人が教えてくれる。
だが、この現状。誰が何かを教えてくれるどころか誰もいない。森の中。ただ、一人でポツンと立たされただけだ。この先、俺は何をして。どうすればいい?
この慣れない体で。
「…まぁ、とりあえず森を出るか。」
森を出ればどこかしら街には出るだろう。そこでこれからどうするか。職があれば何かしらの職についておくのが賢明な判断といえよう。 見知らぬ土地で無一文。これ程、心許ない状況はないだろう。
ザッ…ザッ…ザッ…
「…何だ?どうしてだ?この森はそんなに広いのか?」
歩き始めて数時間。景色が変わった様子がない上に、森を進んだという感覚もない。気のせいか?始めの場所に戻ってきている様にも感じられる。
それに森だからなのか?時間感覚が全く掴めない。数時間、歩いたっていうのも俺自身の感覚の話でしかないし。疲れた。空腹という肉体的に掛かる負荷もないからそれすら怪しい。
「…これ、脱けれるのか?」
小さな不安が胸に過ったその時。何か、嫌な気配を背後に感じ得た。
「…?」
恐る、恐る。背後に目を移す。
ビクッ!?
思わず肩が左右に揺れる。体が硬直した。驚きよりも先に恐怖が胸中を脅かす。
そこにあったのは鋭い瞳に大きな体。裂けた口に覗き見える尖った牙。化け物。
「ひっ…」
気付けば俺は走っていた。あの化け物から逃げなければ。逃げなければ殺されると。
「…はぁ。はぁ。はぁ。」
無我夢中で走り、ようやく足を止める。相変わらず森からは脱け出ていないがこれだけ走ったのだ。もうあの化け物を撒けた筈だ。
が。
ゾクッ。
背筋が凍る。間違えようがない。あの時、感じたあの気配。感覚が今も向けられたのだ。
「な…なんで?」
化け物は声も出さずに気味の悪い笑顔でこちらを眺めていた。何もしてこない。それが逆に怖かった。
だから逃げる。
理由なんてない。怖いから。人間の本能がそうさせる。
が、逃げられなかった。
「…はぁ。はぁ。…はぁ。」
いくら走っても。いくら逃げてもソレからは逃げられなかった。疲労はない。足も動く。何でかは分からないがまだ逃げられる。
けれど限界だった。
俺はあれから逃げられない。
背筋が凍るような邪悪な気配を前に。後ろに。俺はついに足を止めた。
「…なんなんだよ?なんなんだよ?」
怖い。
その感情は久しく感じていなかったものだ。人に関わって知る恐怖とは異なり、この恐怖は単純な恐怖だった。
そして思い出す。幼い日。親と別れたその時にも似た感情を感じた。
殺人容疑の冤罪で逮捕された唯一の肉親。父親が俺から去っていく。奪われていったあの時の恐怖。その時の単純なる怖さに似ていた。
あの時も父親はただ、人相が怖い。悪いという理由で逮捕された。証拠。アリバイなんかも犯人が小細工して。父親はたまたまソコに居合わせただけなのに。それだけで。
死刑判決を下された。
…
新たな体。小さな体。そんな体が震える。それは自分がアレよりも小さいからか?それはアレよりも弱そうだからか?それはアレよりも劣っているからか?
いや、違う。
それはアレの見た目が怖いからだ。
「…っ」
人間。生物はその外見だけで勝手なイメージを膨らます。怖い人相。弱々しい体。大きな体。腰の曲がった体。
その全てを見てもいないのに勝手に決めつける。
もっと見れば。関わればいいのに。
「…はは。俺はなんて愚かなんだ。あろうことかそんな事にも気付かないとは。はは…。馬鹿だな。」
もう恐怖はなかった。ギラリと光った鋭い目も。多きな体も。鋭利な牙も。もう怖くはなかった。
アレは俺なのだから。
散々、逃げていた鬼が自分だったとは滑稽にも程がある。
もう、大丈夫だ。俺は俺だ。体が変わろうが何だろうが。俺は俺だ。人相が悪く、人から怖がられ、損な役目を押し付けられる。そんな人間だ。
だけど、俺は普通だ。普通に人を想うし。普通にルールを護る。普通に人に恋をするし、その人を護りたいとも思う。
悪人。怖い訳がない。
そうだ。それを俺だけでも分かっていればそれでいい。
父親が警察に連れて行かれた日。父親を最後に見たあの日。あの人は最後、俺に笑い掛けた。それは端から見れば邪悪で歪な笑みだったかもしれない。それでもあの人は。父親は最後にきっとこう思ったのだ。
信じてくれる人だけが信じてくれればいい。と。
「…ん。ここは?」
ピーッ。ピーッ。ピーッ…
何やら横で変な音が聞こえる。それに見慣れない天井だ。いや、そもそも俺は何をしていたんだっけか?
ガラーッ。
「あっ…」
「え?」
突然、開けられた扉。ナース姿の女性と目が合う。
「先生!先生!患者さんが意識取り戻しました!先生!」
そんな事を言って走り、去っていく。
「…病院?」
あぁ。そう言えば俺、車にはねられたんだっけか?
こうして無様にと生きているとは。この大きな体に救われたか?
不思議と悪い気はしない。それよか何でか誇らしいとさえ感じた。
「おじさん!!」
程なくしてまたも扉が開放される。
「あ?」
「良かった!よかった!ママがねおじさん、死んじゃうかもって。でも生きてるんだよね?死んでないよね?おじさん!」
「君は…」
と、口に出したところで思い出す。
確か、この少年は俺が助けた子だ。そう言えば最後に見た顔もこんな泣き顔でくしゃくしゃになった酷い顔だったな。
「はは。」
「ん?おじさん?何か面白いことでもあった?」
「いや、別に。何もないよ。何にもな。」
小首を傾げる少年に俺は静かに笑い掛ける。その笑顔は端から見たら邪悪で歪な笑み(もの)だったかもしれない。
それでも少年は。少年も俺に無邪気な笑みを返してくれた。
[第四階 転生の森 (リンネ フォレスト)攻略済み]