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孤独迷宮(ソリュテュード ラビリンス)

忘却迷路(ぼうきゃく ダンジョン)


古い言い伝え。都市伝説である。

そのダンジョンを見た者は記憶。感情。存在。ステータス。

その全てを忘れると。


重ねて言う。

古い言い伝え。都市伝説。根も葉もない下らない噂話である。



[第1階]


結論から言うと、その日は全てが最悪だった。朝から母親とは喧嘩はするわ。やってきた宿題を家に忘れるわ。彼女には振られるわ。やっているソーシャルゲームのイベントは延期になるわ。雨は降るわで。なんかもう今年の災厄が全てがこの日に凝縮されてやってきたみたいな…。そんな1日だった。


「止みそうにないな…。」


ポツリ。ポツリ。と降り始めた雨は今では大降りの、本調子。所持する携帯で数時間前に見た天気予報は確かに晴れを示していた筈だが…。


ここから家までの距離は走って二十分弱。濡れる覚悟で帰る選択肢は無いことにない。

ただ…。


「母さんまだ怒ってんだろうな…。」


朝、下らない事で喧嘩して飛び出してきた為に家に帰るという行為、事態が憂鬱なのである。

今日はパートも休み。おまけに夕刻。高確率で夕飯の支度をしている頃だ。


「何であんなこと言ったかな…。」


今朝の喧嘩を思い出す。




梨呂(なしろ)?そういえば(まり)ちゃんから聞いたんだけど、あんたイラスト?とかの専門学校に行きたいんだって?」


「え?」


「母さん、そういうのよく分かんないけど難しいんじゃないの?イラストレーター?絵を描くだけでお金、貰う仕事なんて…。自慢じゃないけど母さんもお父さんも絵心とかないし…。もっと普通でいいんじゃないの?今からそんなことしなくても?」


「そんなこと?…。」


「ん?」


「そんな言い方ねぇだろ?イラストレーターだって立派な仕事だし、俺は絵を描くのは楽しい。それを仕事にしたいってのはそれこそ普通の考えだろ!」


「いや、母さんが言ってるのはそれは今じゃなくてもいいってことで将来。未来を考えて大学とかに行った方が修正だってしやすいよって話…」


「だから、ソレが違うって言ってんだろ!!」


「!?」


「何で成れない前提で話を進めてんだよ!大学って四年だろ!高い学費払って、やりたくもない勉強やらレポート書くだけの時間なんて無駄でしかない!絶対になりたいから俺は今からその為の勉強がしたいんだ!あんた親だろ!もっと息子の事を信じろよな!」


「…ッ。梨呂…。あんた…親に向かってなんて口を…。」


「ごちそうさん!じゃぁ、学校、遅れるから!」


「ちょっ…梨呂!まだ、話が!梨呂…」




「はぁ。…俺が間違ってたのか?…ん?」


気付けば降っていた雨は上がっていた。…が、おかしな光景が前には見える。


「…歪んでる?」


一部。目の前のソコだけがグニャリと曲がり、歪んでいるのだ。


「…蜃気楼?」


雨上がり。空気の変化によってそういった現象が起きないとは言い切れない。

だけど…。


明らかに不気味。


ゴクリッ…。


自然、両拳は握られ、喉が鳴る。


恐怖に劣らない好奇心。

アソコは何処に繋がっていて、アソコに入ればどうなるのか?

そういった好奇心が胸中をざわつかせる。


ザッ…ザッ…ザザッ。


一歩。また一歩と無心で足が動いていた。


…ハッ!?


気付いた時にはその歪みは目前にデカデカと広がっていた。

足を一歩。踏み出せばその中に行ける。


問題を前に葛藤が始まる。


帰ってこれるのか?そもそもどこに繋がっている?危険は?命の保証?将来は?未来は?俺はどうなる?


が、そんな迷いはきっと足を動かしていたその時に無くなっていたのだ。


「帰る場所なんて…。将来なんて…。」


俺には…。




「…なっ。」


驚いたなんてものではない。歪みの中に足を踏み入れ、霧がはれたと思った矢先に現れたのが


「ダ、ダンジョン?」


そう。それはそう呼ぶしかない建造物だった。ゲーム。アニメ。映画なんかでよく見るアレ。あのファンタジックな古代遺跡にも似た建物が俺の前には今、あった。


「ど、どうする?」


漏れる独り言は勿論、混乱の表れだ。そして意味としても、勿論。そこに入るか否かということである。


まぁ、その答えなど後ろを振り返れば直ぐにでも出たものなのだが。


「…予想はしていたけど帰れない…か。」


来た時にあった歪みはもう後ろにはなかった。つまりは一方通行。あの歪みはココに行く為の片道切符でしかなかったということだ。

頭になかった訳ではないが、こういざ現実に帰れないと分かると後悔が遅れてやってくる。


どうして、好奇心なんかに負けたかな。と…。


「いや、それだけじゃない。好奇心だけじゃない。あの世界が嫌だった。自分の意思も少なからずあった筈だ。」


そうだ。そうだ。と言いつけ、納得することにした。




「…。…まぁ、目の前にはあの建物だけ。行くしかないか…。」


ダンジョン攻略?捜索?間違っても討伐とかの類いは勘弁して欲しい。

勇者や魔法使いとかならまだしも俺はしがない学生。進路の事、一つすら打ち破れない弱い人間だ。そんな人間に何が倒せる…。


「はぁ~ぁ。」


自分で言った事ではあるが酷く情けないなと思ってしまう。


「まぁ、ぐだぐだ言っていても仕方がない。ダンジョン攻略と洒落こみますかね。」


ゴブリンなんかのモンスターがいないことを祈り、俺はそのダンジョン内に入った。




カツン。カツン。


無人。


いや、人どころか生物の気配がまるでない。いや、まぁ、いたらいたらで困るんだが。

それにしてもだ。


「不気味だな…。」


ダンジョンの内装はそれこそRPGなんかでよく見る造りであった。天井は高く、歩いた先には曲がり角なんかがあって。そこが繋がっていたり、いなかったりと。よくある大迷路のような造り。

そんなんだから、中二心がある年代としては興奮が隠しきれないといえば嘘になる。不気味と言ったがワクワク。高鳴る胸の鼓動がやけに煩い。


とは言え。さすがにこう何時間(感覚的に)も歩いていれば不安が過る。


「これ、進めてるのか?」


いや、そもそもこれはどこに繋がって、俺はどこを目指しているんだ?


考えなしに飛び込んだ事に今更ながら恐怖が襲う。


人間。一番の苦痛。恐怖は孤独という。誰もいない。自分独り。そんな空間。環境は自我を壊す。

まだ、大丈夫とはいえ。壊れるのは時間の問題だろう。


進めているかも分からない道。前も後ろも似たような光景。自分の立位置が。自分の存在が、どこにあるのか?どこにいるのかが分からない。

それでも道がある限りは進む。足を動かさなければならない。そうしないと落ち着かない。そうしないと不安になるから。


「…また行き止まり。」


何度目かの壁。また来た道を戻らなければならない。


「…俺は間違っていたのか?」


ふとした言葉。そこに込められた想いに意味があったかも分からない。ココに来て。何度も行き止まりに遭遇して。戻る動作を繰り返して、何となく自分の人生と重ねてしまった。

始めこそは楽しく進めていた。だが、奥に進むにつれて孤独が。不安が。壁が。楽しいを奪っていった。

行き止まりの道を戻る時のやるせなさ。独りで歩く寂しさ。このまま進んでいていいのか?間違ってないのか?そう思うようになってしまう程に長く感じる時間。


進んでも進んでも先が見えない。そもそも終着(さき)がどこなのかも分からない。ただ、楽しかったから。ただ、進みたかったから。だから歩いた。だから、ダンジョンに足を踏み入れた。

だけど



「間違っていた…?」


戻るか?けど、帰り道なんて…。歩いた道など覚えている筈がない。

繋がる道は先こそ行けるが戻ることは許されない。例え戻れたとしてもそれは長い時間を掛けて最初に戻るだけだ。それこそ何の意味が…。


「クソッ…。」


孤独。不安。疲労。疑問。


そんな感情で目眩すら覚える。


どうして…。


「どうして!!好きな事をずっとしたいって思うのは悪いことじゃないだろ!!何でソレを妨げる!どうしてソレを邪魔をする!才能か!幸運か!血筋か!何で…どうして…」


もはや何を言っているのかも分からない。ただ、一つ。やはり今日という日は最悪だった。


「…母さんの言った事が正しいかったのか?回り道をしてでも保険を作れと?そんな人生…俺は…」





……。


時間が経った。壁に凭れ、いじける様に考えた。無意味だったかもしれない。時間の無駄だったかもしれない。それでも考えた。

勿論、進むか。戻るかをだ。


そして、結論に至った。


「進もう。」


壁はある。その先も。歩けば、歩けば、ずっと。

ゴールも見えない。どこを歩いているのか。どこに進んでいるのかも分からない。不安は払拭できない。


それでもいつか分かる。自分が歩いてきた道は無駄ではなかったと。振り返り、同じ光景かもしれないけれど、それでもいままで歩いてきた事には変わりない。


迷い、悩み。挫折する。 そのつど考え、決めればいいのだ。


時に道は複数に、別れているし。誘惑だってあるかもしれない。それでも曲げない。折れたくはない。


だってソレがどうしようもなく好きだから。だから、前にだけ進むと決めたのだ。



「…あっ。」


目の前には大きな扉があった。


「まさかボス部屋なんてことはないよな…?ドラゴンとか待ち構えてないよな…?」


とはいえ、その扉。見た目はバツグンのボス部屋に繋げるようなそれ。進むと決めたが少し、足が後退するのは許して貰おう。


「はぁ~。」


とはいえ、今更、来た道を戻るなんて途方に暮れるような事はしたくない。これこそが最後の試練なのだ。


逃げるか。戦うか。


「あーーーーーー!!!ここまで来たら行ってやるよ!掛かってこいやドラゴン!!!!」


ギィィィィィ…




ガシャンッ!!!




……


…ポツッ。ポツッ…。


「…れ?」


雨が止んでいた。


「…ん?雨って止んでたっけか?てか、俺は何で雨宿りなんかしてたんだ?えっと…」


確かに傘はない。だが、ここから家まで走って二十分程度。いつもの俺であるならば濡れながら帰る筈だ。


「…何か朝に大事(おおごと)があったような…?いや、それからも色々と…。ん?」


何か。大切な何かを忘れているようで歯の奥に詰め物が詰まっている感覚がする。

とは同時。何故か清々しささえ覚えている。


「まぁ、いいか。忘れるってことは大した事じゃなかったんだろう。帰って絵でも描くかな。何でか無性に描きたくてしかたない!」



[第一階 孤独迷宮(ソリテュード ラビリンス) 攻略済み]

挿絵(By みてみん)

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