橋①
私は橋へ向かった。その橋は、私の故郷N県S村のクソド田舎集落の入り口にあたる橋である。私の住んでいた集落は川に囲まれており、南北それぞれに他の集落へ向かう道がのびている。南の橋は使われているが、私の向かっている北の橋は10年ほど使われていない。北の橋は山の中への道につながっている。かつてその道の先に4~5世帯の集落があった。被差別民の集落であったらしいが、私の知る限りでは差別されている様子はなかった。往々にして、田舎ではそういう差別は現在でも続いていることが多いが、私の集落はそういう点で先進的であったのだろう。
10年前、その集落の住民全員が殺害される事件があった。正確には一人を除いて全員であるが。その事件が発覚したのは事件の翌朝で、農機具を借りに行ったこちらの集落の住人が遺体を発見した。遺体の損壊はどれも激しく、集落の住宅は血にまみれていたという。どう考えても、うちの集落の駐在所のぼんくら警官にどうこうできる事件ではないことは自明であり、市内から多くの警官が集落へやってきた。
先述の通り、住人の数より遺体の数は1少なかった。どこを探してもなかったという。通常であるならばこの事件の犯人はその人物であると考えるのが、残りの一人は6歳の男児であった。それゆえ、この事件の犯人に連れ去れたと警察は考えていた。では犯人は私の集落の住人なのではないかと疑われたが、結局犯人は見つからなかった。
それ以来10年、その山へ向かう人もなく、北の橋は使われていない。
*
さて、私は上京していたが、そこで彼氏に別れを告げられ、会社での人間関係もうまくいかず、何もかも嫌になって戻ってきてしまった。都落ちといったところか、逃げるように故郷に帰ってきた。
ちょうどお盆なので、実家には姉の家族が帰省していた。
「あれ、帰ってくるなんて珍しい。」
「お盆じゃん。」
「お盆でも帰ってこなかったじゃん。」
「おう。」
「都落ち?」
「まぁ」
見抜かれていたようだ。姉は結構鋭いところがあるので、子供のころから何かと見抜かれてきたので、見抜かれ慣れている(?)。姉には6歳になる男の子がいる。タカシ君というが漢字は知らない。数えるほどしか会っていないが、その割には私には懐いている。
「あ、伯母さん!こんにちは!」
オバサンね…
*
翌朝(というよりは昼)目覚めると、窓から例の山が見えた。木が鬱蒼と生えていて、なんとなく暗い雰囲気である。東京で使っていた家具等は処分してきてしまったので、実家に住んでいたころに使っていた部屋の掃除をしてそこで寝ているが、何ともしっくりくるのを感じている。
その日も特にすることもなく、居間でテレビを見ていた。職を探せと親に言われているが、傷心の休養期間と言い訳をしている。昼まで寝ていたので、どこに行ったかは知らないが、家には誰もいなかった。昨夜、親と姉家族は川に遊びに行くという話をしていた。
すると、廊下を、戸口に向かって走る音がした。テレビを見ていて、実際に廊下を見たわけだはないが、こんなに素早く走るのは、家族のなかで甥ぐらいだろう。まだ家にいたのかと思ったが、一人で家にいたのだろうか。
「あのお山に遊びに行ってくる!」
と小さい男の子の声がした。
「え?」
戸口が開いて閉まる音がした。
私はようやく振り返ったが、タカシ君は出て行ってしまったようだ。「あの山」というのは北の橋の先にある山であろうか。
何か嫌な予感がした。あそこは誰も近寄ってないし、橋もしばらく使われていないので、危ない。なので甥を連れ戻そうと、私は橋へ向かった。(橋②へ続く)