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悪意  作者: うろおぼえ
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第三章

最近、駅前にハイカラなお菓子店が出来た。名前はたんぽぽ。田舎という程寂れてでもなく、都会という程発展している訳でもないこの街には、ありそうでなかった店だ。宣伝は極々慎ましいものだったが、巷では噂が噂を呼び、味が良い事もあって瞬く間に評判の店となった。評判を聞いた主婦、学生(主に女子生徒)はそのケーキに舌鼓を打ち、リピーターとなり度々訪れ、仕事で忙しいミーハーな人間もまた、いつかは行きたいなぁとボヤく程の店だ。


 かくいう、俺の姉である岸本茜がそうだったりする。週に二度は、夕飯中に店の話が出る。何故かその度に一緒に行こうなどと誘われるのだが、たんぽぽの客の九割以上は女性である。仮に行ったとして、表情筋が壊れている男が肩身の狭い思いをするのは、自明の理だった。


 なので、どんな理由があれ、人気店たんぽぽを訪れる事なんてないと思っていた。もし訪れるのだとしたら、それは何か他に退っ引きならない理由が出来た時だけだ。


 そして、今回の件がそれに該当する。該当して、しまった。


「お決まりになりましたらお申し付け下さい」


 シンプルな制服に身を包んだウェイトレスは、上品な笑顔でお辞儀をするとカウンター席から遠ざかっていく。不慣れな店でどう反応すればいいのかわからなくて、何となく会釈をしてしまう。


 全身が硬い。まるで何か不思議な病気にでもかかって、体が自分の意思では動かせなくなったようだった。


 そして視線が痛い。ぎごちない動作で周りを見渡せば、男性客は俺一人だけだった。極端過ぎていっそ笑いたくなる。そりゃ、他の客の視線が俺一人に集中するのは、無理もない話だ。


 気を紛らわせる為に、自然を装う様に、メニューに目を通す。よかった。訳の分からない言葉じゃなくて、ちゃんと日本語で書いてある。ことりあえず注文出来ずに赤っ恥をかくという事だけは、回避出来そうだ。


 携帯電話で時間を確認する。時刻は午後四時半を少し過ぎた辺り。予定通りであれば、そろそろ事は動き出す。


 ウェイトレスを呼ぼうと呼び鈴に手をかけようとした時、店の入口についている鐘が鳴る。二人組の客が、先程のウェイトレスに奥のテーブル席へと案内されていった。


 どちらもスカートを履いている高校生で、一人は小柄で、一人はスタイルの良い美人だった。


 学生だらけだと言うのに、どういった訳か店内は静かだ。こういった落ち着いた店を好む人間が集まっているからだろうか。耳をそばだてれば、二人の会話も問題なく聞き取れた。


「悪いな。急に呼び出して。約束していた奴が急に来れなくなってな。まあ、何でも好きなもの頼んでくれ」


 言うまでもなく、二人の内一人は中島とう子である。ちなみに、そのケーキ代は後ほど俺が建て替える予定なので、あまり看過していい発言でなはい。


「いえいえ、私払いますよ。せっかく誘ってもらったのに、奢ってもらったら楽しくお話出来ないじゃないですか」


 そして、とう子の申し出を角の立たない言葉で断る、おしとやかな女性徒。見間違えようがなかった。先日二度目にした、そして夢の中で血を流して死んでいた、木島真智だ。


 彼女は自然な笑顔で、とう子と向き合っている。少なくとも今は、そこに先日見たような暗い翳りは見受けられない。


「なんて出来た子なんだ……いやもうホント、好きなの頼んでくれ。何なら二つ三つ頼んでもいいよ」


 ニコニコ顔で両手を広げるとう子なのだった。……任せるとは言ったものの、少し調子に乗り過ぎである。この店のケーキは味が良いと聞く。それに比例して、値段も良いのだ。


「いいえ、自分で払います。とう子ちゃん、あんまりしつこいと私帰っちゃいますよ?」


 にっこりと笑顔でとう子を威圧する木島。とう子は「やれやれ、敵わないな」なんて首を振り、恰好を付けていたりする。腹が立った。


「じゃあ、お互い好きなものを頼みましょう。私これで三回目なんですけど、これとかすごい美味しいですよ」


 そして何やらガールズトークが始まる。二人は雰囲気良く、メニューとにらめっこしていた。


 止むを得ず建てた作戦はというとこの通りで、この後とう子が知り合いである俺に気付き声をかけ、共にケーキを食べようというものだった。小学生が考えたような策ではあったが、これであれば、少なくとも俺にチャラ男疑惑がかかるような事はなくなるだろう。……もっとも、他に厄介な噂が立ちそうな気もするのだが。


 とう子の方に視線を向ける。すると向こうもちょうどこちらを見ていた。そして意味ありげにウインクをしてくる。少し寒気を感じながらも、とう子の猿芝居が始まる予感がして二人から視線を反らした。


「なあ木島ちゃん、あそこ見てみろよ。この店に男一人で来るだなんて、勇気あるよなぁ」


「珍しいですね。けどいいじゃないですか。男の人だって甘い物を食べたい時だってあるんですよ、きっと」


 とう子の言った通り、木島真智は穏やかな性格のようだった。とても、殺人事件に巻き込まれるような人物とは思えない。


「あ? カウンター席座ってるから判りづらかったけど、あれうちの制服だな。というか……あれ? まさかな……」


 ソンナバカナ、と言ってとう子は席を立ち、こちらに近付いてくる。心臓がばくばくと音を立てる。さあ、猶予は無くなった。逃げ場ももうない。なるようになってしまえ。


 とう子が一歩、一歩、こちらに近付き。そして横までやってくると、こちらの顔を覗き込んで。


「ぶ! お前嘘だろ!? 何でお前が菓子屋で一人でいるんだ!? 笑うんだが!!! 」


 腹を抱えて、大笑いするのだった。


「いや、悪い、悪気はないんだけど、かなり面白い」


 よくわからない言い訳を始めるとう子。そのニヤけ面は本当に面白いといった様子で、頬などは小刻みにヒクついていた。それを見て、一つの確信を得る。こいつは今、全く演技をしてない。多くの女性客の中で一人、ケーキが来るのを心待ちにしている男子学生の姿が、おかしくておかしくて仕方がないと、真に笑っているのだ。こいつが俺の事を考えてくれているとか、気の迷いだった。


「お知り合い……ですか? 」


 どうにかとう子を黙らせようと気を揉んでいると、いつの間にか、木島真智が俺達の近くまでやってきていた。とう子の馬鹿笑いで和らいでいた緊張が、また戻ってくる。


「知り合いも知り合い、十年来の腐れ縁だ。……うん。やっぱりこの絵面は記録に残して起きたいな」


 携帯電話のカメラをこちらに向けてこようとするとう子。手で遮ろうとするが、何がそんなに面白いのか笑いながら必死に掻い潜って盗撮を試みようとしてくる。


「駄目ですよとう子ちゃん。嫌がってるじゃないですか」


 それを、木島真智の手が優しく押さえつけた。その叱り方はまるで子供をあやす保母さんのようで、同い年の彼女に小柄なとう子が諭されるという絵面は、それなりに面白かった。


「ああもう……木島ちゃんは優しすぎるぞ。これは邪魔された事への意趣返しじゃなくて冷静な忠告だ。そんなんじゃ、いつか絶対に君自身が損をする」


 冷静に、と言いつつとう子の顔は不満顔のままだった。まるで子供というか、まんま子供だった。


「損ですか……」


 木島真智は何か思うところがあるのか、少し間を空けて答えた。しかしそれも一瞬で「お店を出るまで没収です」と言って笑顔でとう子の携帯電話を取り上げるのだった。


「ああ……わかったよ、諦めるから返してくれ。……で、だ。こんな所で何をしてるんだ、岸本は。あとどんなケーキを頼んだのか、私に教えてくれ。非常に興味がある」


 とう子の目にはまだ不穏な輝きが残っている。その貪欲さはどこかハイエナじみている。


「お前が思っている程面白い理由じゃないぞ。忙しいから代わりに偵察してこいって、姉貴に頼まれただけだよ」


 それは嘘だったが、一部嘘ではなかった。姉に店の雰囲気を見てきてくれと懇願された事自体は、事実である。無論、ばっさりと一言で断りはしたが。


「はぁ? 本当につまらんな。私はてっきり、今流行りのスイーツ男子ってヤツなのかと勘ぐってしまったよ」


「期待に応えられなくて悪かったな。とう子、先に言っておくけど変な噂は立てるなよ。俺がその、甘い物好きな男子だとか。むしろ甘い物は苦手なんだから、どちらかと言えば」


 とう子と、何故かしきりにこちらを見ている木島真智から逃げるようにメニューを見る。甘くないものが、果たして菓子店にあるのだろうか。頼むなら、せめて甘さ控えめのものがいい。


「ビターチョコケーキとか、甘さ控えめで美味しいですよ。飲み物はコーヒーがおすすめです」


 唐突に。それまで黙っていた木島真智がこちらの心を読んだように、笑顔でそう助言してくる。その屈託のない笑顔に、少しどきりとしてしまった。


「これは、甘くない? 」


 何か返事をと、即座に出たものがそれだった。随分間抜けな言い方だった。とう子は恐らく憎たらしい顔をしていると思われるので、絶対にそちらは見ない。


「ええ。全く甘くないっていう訳ではないですけど、苦味もあるので他のケーキよりはいくらか食べやすいと思います」


「そう……なんだ」


 当然のようにすんなりコミュニケーションを図ってくる木島に対し、俺は目を合わせて答える事が出来ない。きっと、木島真智はまた屈託のない笑顔で笑ってるのだろう。もしかしたらあの夢は、本当にただの夢だったのかもしれない。こんな人間が、殺人事件に遭うなんて、どれだけ頭を巡らせても想像がつかない。


「さて、丸く収まったところで」


 割り込むようにとう子が口を開いた。どの口が、とツッコミたくなる発言だった。


「どうだろう ?せっかくだから三人一緒に食べないか? 木島ちゃん、こいつ多分人類で一番無愛想だけど、誓って悪いヤツじゃないよ」


随分な言われようだが、恐らくそう間違ってもない。さっきからとう子は妙にフリーダムだ。その理由は何となくわかって、わかるからそれを看過してしまっている。


「良いですよ。じゃあ、ウェイトレスさんに声かけますね」


 木島は嫌な顔一つせずに、ウェイトレスへ声をかける。何の淀みもなく、疑問を抱くこともなく。

きっと木島真智ならば、この世界一無愛想な男にも、分け隔てなく接してくれる。そう、とう子は確信しているのだろう。






――木島真智は、一言で言えば善人だった。


「子供の頃から、なんですか」


 その善人はというと、とう子が語る岸本樹の持病を聞いて、驚いたような感心したような、そんな顔をしていた。世の中そんな事もあるのかという思いと、本当にそんな事があるのかという疑問が入り混じったような、そんな複雑な感想を抱いているのだろう。……まあ、概ね正しい反応だ。生まれつき笑わない子供など、恐らく存在しない。紆余曲折あった結果、表情筋が死んでしまったと考えるのが普通だ。それは例えば、何か精神的なショックを受けてしまった事が原因であったりだとか。


「そうなるかな。自分ではそんなつもりはないんだけど」


 同じテーブル席に座って五分程経つ頃には、俺はもう彼女とそれなりに会話が出来るようになっていた。その事実に浮ついている自分がいないかと問われれば、ノーとは言い切れない。遠目から見る木島は容姿端麗な美人だった。近くで見ても、その顔立ちは一般人離れした端正なものだ。……むしろこんなの、どうやったって浮ついてしまう。もしそうならない男がいるというのなら、きっとそいつは俺以上の欠陥品だ。


 そして彼女にはその取っ付き易い性格に加えて、特筆すべき点が一つある。打ち解けるのにそう時間がかからなかったのも、それが理由の一つだった。


木島真智には、悪意がない。人を蔑むような気配が微塵もない。他人の粗を見つけようとする卑しさが、まるで無かったのだ。


勿論初対面の相手なので、まだ断言は出来ないのだが、木島の場合はそうであるような気がしてならないのだ。上手く言えないのだが、会話の端々には純粋な感情しかなくて、そこには打算的なものは何も感じられないというか。


仮に、本当にそうだったとして、そんな全く悪意のない人間が、世の中にはどれくらいいるだろうか。彼女以外にもいるだろうが、そう多くはないと思う。だってそんな人物は貴重だ。今までだって見た試しがない。そう考えると中島とう子が彼女を気に入るのは、至極当然の事と言えるのかもしれない。


 彼女は万人と穏やかな関係を築けるだろう。利発で、善意しか向けない彼女には、きっと誰の敵意も返ってくる事はない。


 事実として、俺は問題なく彼女と話せている。いや、これが上手くできているかどうかは正直分からないのだが、悪い結果だとも思えない。私見ではあるが、出会って数分の我々の関係は、至って良好と言えた。


 やはり、あの夢はただの夢だったのだろうか。そんな疑問の声が自分の中で段々と大きくなっていくのを、俺は彼女と話しながら感じていた。


「一応改善してみようとしたんだがな。これがまあ酷いったらない。ロボットの方が、まだ上手く笑えるんじゃないかって程だった」


 ため息をつきつつ、とう子はシフォンケーキを頬張った。


「そこまで酷かったか」


 木島におすすめされたビターチョコケーキにフォークを突き立てつつ、確認するように聞き返す。彼女の言う通りこのケーキは程よい苦味があり、甘いものが苦手な自分でも十分に美味しく食べられるものだった。


「あー……ん。はっきり言わせてもらうと」


 とう子が少し躊躇いつつ答える辺り、それは真実なのだろう。


「まあ気にするな。人間って生き物は中身でどうとでもなる」


 愛想も中身に入るのでは、と思うのだが、とう子の必死のフォローをわざわざ挫く気にはなれなかった。


「なあ木島ちゃん。そう思うだろう」


 一人では些か苦しかったのか、とう子は救援を求めるように木島に話を振る。俺はというと、木島がどう答えるかなんてわかっているというのに、少し緊張してしまった。


「ええ、そうですね。良くも悪くも、人間の本質はその内にありますから。こうやって少し話しただけでもわかります。岸本さんは良い人です」


 木島は真剣な顔で、はっきりとそう答えてくれた。しかし俺は気恥ずかしくなる前に、何かその言い回しに違和感を感じた。けれど別段彼女はおかしな事は言っていない。とう子曰く頭も良いらしいので、きっと俺の語彙が貧困なせいだろう。


 人間というのは不思議な生き物で、フォローされ過ぎるとそれはそれで居心地が悪い。何だか妙に体がむず痒くて、気付けば軽く茹だった頭は何かしら別の話題を探していた。


「それにしても、今日は涼しいな」


 何か話を切り返そうと、ついそんなつまらない話題が口をつく。やってしまったと思うのだが、思った所で取り返しがつく筈もない。


「酷いな。照れ隠しにしても、もう少し上手い話題を探せ」


 そう、とう子に仏頂面で返されてしまう。事実なので、そのきつい言い回しにも反論は出来なかった。


「確かに涼しいですけどね」


 フォローするように、木島が澄み切った笑顔でそう言った。……非常に有り難いのだが、反応されると、それはそれで居た堪れない。


「介護義務はないんだから、木島ちゃんも一々反応しなくてよろしい。そんな要介護者は置いておいて、私から一つ、木島ちゃんに質問がしたい」


 などと、唐突にとう子が話題を切り出した。一人ほっとしていると、とう子の視線がこちらに向けられている事に気付く。どうやら、そろそろ始めるらしい。確かに、頃合いと言えば頃合いだった。


「播磨里美とは、仲良かった? 」


 場の空気が一変する。ティーカップをとろうとした木島の手が止まった。


 木島には悪いが、俺達は楽しくお茶会をしに来た訳ではないのだ。副産物としてそういったものを得る分には構わないだろうが、目的は別にある。


 いつかは切り出さなくてはと尻込みしていたらこれだ。とう子に、嫌な役をさせてしまった。


「ごめん。良い気分じゃないよな。答えたくないなら答えなくていいから」


 手を止めて黙り込んでしまった木島を見て、とう子は慌てて謝る。とう子ですら焦りを覚える程に、この話題は繊細なのだろう。人の生き死にというのは、それ程に重いのだ。それがもし知り合いであったとすれば、気分を害さない方がおかしい。


 しかし木島は少し間を置いてから口を開く。その顔は困ったような表情をしていて、目はどこか遠くに向けられていた。その様子を見て俺は、罪悪感にかられてしまった。他に、何かやり方はなかったのかと。


「……播磨さんは友達が多くて、明るくて、少し気が強い所もありましたけど。とても、殺されるような人ではありませんでした」


 やはり口にはしたくない内容だったのか、その口調は淡々としていた。穏やかな彼女のそんな話し方には、違和感しかない。そんな様子の木島を見ているのは、辛いものがあった。


「木島ちゃん」


 それはとう子も同じだったのか、心配そうに木島に声をかける。けれど彼女は少し笑って「大丈夫です」と返した。


「私は内気だから、自分から誰かを誘うなんて事、実はした事がないんです。行動を起こすのは、いつも彼女から。放課後になると、彼女は色んな人の肩を叩いていました」


 彼女は下を向いていた。その目はずっと、タルトケーキの皿に向けられている。けれどきっと、その目はそこにすら向けられていないのだろう。


「仲、良かったんだ」


 感情のない顔で、とう子はぽつりと呟いた。


「そうですね。良かったと思います。何故あの人が殺されてしまったのか、本当に不思議でなりません」


 それきり、全員黙り込んでしまった。あのとう子ですら、中々口を開こうとしなかった。

 友人の死は、彼女にとってどれだけショックだったのだろう。昨日まで隣にいた人間が、唐突に帰らぬ人となる。


 その突然の悲しみを、俺は知っている。彼女と似たような事を、俺は二度経験した。あの時は立ち直るのに、随分時間がかかった。


 木島の場合家族でなかったとは言え、俺達の問いに気丈に対応していた。とう子の言う通り、木島は出来た人間だ。彼女の長所はその奇特な善性だけではなく、芯の強さもあるのだろう。

「……犯人はすぐに捕まるよ。この国の警察は、優秀だ」


 木島を慰めるように、とう子がそう言った。木島にそんな事を話させてしまった手前、気負ってしまっているのだろう。……俺はとう子一人にそんな重荷を背負わしてしまった。後でちゃんと謝っておかなければならない。


「それと、こんな事聞いた詫びじゃないが。何かあったら言ってくれ。……今、心配事はないか」


 それは木島の事を真に慮る発言であり。同時に、核心をつく質問でもあった。彼女の返答次第で、あの夢がただの夢にも、現実の物にもなる。そう思うと、潤っていた筈の喉が急激に乾いていった。

その質問に木島は口を開き、何かを言い掛けて、何も言わずにその口を噤む。そして、とう子に小さく笑いかけたのだった。


「とう子ちゃんはやっぱり優しいですね。でも、大丈夫です」


 彼女のそれは、誰が見ても明らかな、嘘だった。


「本当に……? 」


 深刻な顔で問い返すとう子の声には、威圧感すら感じられた。それは彼女を心配すればこそなのだろう。


「ええ」


 けれど今度は間を開ける事もなく、彼女ははっきりと答える。それは木島からの拒絶を意味していた。


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