第二話「運命」
黄昏の世界のとある森。その森の中に拳の姿があった。
拳は森の出口を探して歩いていた。歩いている間は、特に何も考えていない。しかもそれが当然の様に拳は森の中を歩き続ける。それが拳のいつも通りなのだ。そう、いつも通りのはずだった。
「ねぇ、いつまで歩くの?どこに向かってるのよ……」
拳の背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。髪は桃色の腰ぐらいまである長髪、少し破れた洋服からは白い肌が見え隠れする。一言で言うなら美しいだろうか。サクラと名乗る彼女は、勝手について来ては同じような質問を何度もしてくる。
「……」
煩い。こんなことになるなら助けなければよかった。拳は心の底から後悔し深いため息をつきながら、歩いて行く。
拳とサクラは、歩いていると木々の向こうに開けた土地が広がっているのが見える。
「あれは……」
「やっと森を抜けたのね!」
サクラは拳を追い越して森を抜ける。拳もサクラを追いかけて森を抜けると、そこには綺麗な花が一面に咲き誇る花畑に出た。辺りには蛍のような発光する虫やアゲハチョウのような虫など、様々な虫が飛んでいる。
「綺麗な花畑ね!」
サクラは花畑を子供のように駆け回っている。
「おい、サク……」
拳がサクラを呼び掛けようとした途端、拳の視界が真っ暗になる。気がつくと、先程の花畑とは別の花畑にいた。
花畑には少女が一人いた。少女の顔は先程まで一緒にいたサクラそのものだった。しかし髪の色や髪型が違う。服装も、身長も、恐らく違うだろう。
ーーここは、何処だ……あの女はサクラじゃない、誰だ
少女は拳に笑顔を見せてこう叫ぶ。
ーー 一緒に遊ぼ!『お兄ちゃん』!
瞬間、拳が目を覚ます。
拳は先程の花畑に戻っていた。目の前には不安そうに拳を見つめるサクラがいる。
「何よ、私を呼んでおいてボーっとして……何を考えてたの?」
「な、何でもない……」
「なんでもないことは無いでしょ?さっきまで上の空だったわよ?」
「何でもない、そんなことより、ここから近くで人が住める街はないか?」
「街?」
サクラは少し考えてから口を開く。
「ここが黄昏の花畑だとすると、多分『あっち』の方向に街があったはずよ」
サクラが『あっち』と指差す方向を見る。遠くに街らしき明かりが見える。
「あそこか……」
「でも、歩きだと半日もあるわよ?今日はここで野宿でもした方が……」
「問題ない、俺はあの街に向かう」
拳は街に向かって歩き始める。
「ちょ!ちょっと!待ちなさいよ!」
サクラもひと足遅れて拳について行く。
二人は街を目指して歩き出し、30分程歩いた頃だろうか、サクラがどうしても気になったことを拳に質問する。
「ねぇ、拳はあの土壁をどうやって破ったのよ」
拳は無視を決め込もうとも思ったが、また同じことを何度も聞かれるのかと思うと、深いため息をついてから質問に答える。
「……どうもこうも、殴っただけだ」
「殴って壊れるものじゃないわよ……あれは、魔法よ?普通の人間が殴って破れる壁じゃないわ」
「知らねぇよ……」
「……ならどこ出身なのよ、それぐらいなら答えられるでしょ?」
「出身?それは……」
拳は突然立ち止まり、言葉が詰まる。
「拳……?」
「分からない……」
「え?」
サクラは困惑した、返答が教えないならまだ驚かなかっただろう。だが拳は『分からない』と答えたのだ。
「わ、分からないなんてことは無いでしょ?自分の故郷なのよ?」
「分からない……本当にわからない」
「そんな事って、あるの?」
「……」
「……」
二人は無言になる。二人の間に、暫く静寂が訪れる。サクラが静寂に耐えきれずに口を開こうとした。その時……
「あの……」
「ッ!!伏せろッ!!」
「きゃっ!!?」
拳とサクラに灼熱の炎が襲い掛かる。拳はサクラを掴まえて間一髪で躱し、その場に伏せる。
ーー熱ッ!!
躱したはずなのに、炎の熱が伝わってくる。森の中で戦ったフードの男のものとは威力が段違いだ。
拳はサクラを押し倒すような体勢になる。
「え、えっと……拳?」
サクラは押し倒されている状況を見て頬を赤くし、目をぱちくりさせている。拳はサクラから目を逸らし、炎が飛んできた方を向いて口を開く。
「随分な挨拶だな……」
拳はその場から立ち上がる。
赤髪の青年が、拳の前に立ち塞がっていた。
「おい、そこどけよ」
「通りたいなら、有り金全部とその女を置いていきな」
「女は置いていってもいいが、生憎有り金は無くてな、他を当たれや」
「ちょっと拳!?」
拳の発言にサクラは困惑して拳を白黒の目で見ている。そんなサクラを尻目に、赤髪の青年は話を続ける。
「そうか……なら、貴様の命で払ってもらうか」
「悪ぃが、俺の命は売り物じゃねぇんだ……そっちがその気なら俺も全力で相手にしてやる」
赤髪の青年と拳が睨み合う。
突如現れた赤髪の青年は何者なのか。
そんなことを考える暇もないまま二人の戦闘が始まる。
拳は地を強く蹴り、走り出す。
青年は灼熱の炎を身に纏い、走り出す。
二人は真正面から激突する。
二人はこれが、運命によって決められた事だと知らずに。勝負の行方は果たして。
運命の歯車が、また動き出す。
協力者
心優しい友人から
黒鳶
葉雪
ソルク