第6話 甘える弟
面会謝絶が解けてから2ヶ月ほどして、優は退院する事となった。
まだしばらくは、経過観察のため、通院を続けなければならないのは当然だが。
しかし、とりあえずは退院できたのである。
リハビリの方も、順調に進み。
まあ女子の平均の下、程度の体力にまでにはなった。
そして、指導を受けていた。
女の子としての言葉遣いや、立ち居振る舞いなどは。
元々が、男にしては物静かで温厚な性格であり。
物腰が柔らかく、言葉遣いも丁寧だったので。
座る時、足を広がらないよう気を付けるなど。
普段の言動に、ちょっと手を加える程度で済んだ。
と言うより、同年代の本物の女子の方が、場合によっては。
汚い言葉を使って乱暴だったり、だらしない格好をする人間も珍しくないので。
むしろ、指導を受けない状態でも、優の方が上品だったりする。
そんな訳で受けていた、その指導が予定以上に進み。
優は、女の子として無理なく、生活できる所まで漕ぎつけた。
・・・
退院できたのは出来たのだけど。
そのままスムーズに、家に戻れると言う訳ではなかった。
男が急に女になったのだから、隣近所などの。
周囲の好奇の目に晒される事になるし。
学校も、元の学校に戻れるという事ではない。
そう言った点を考慮して。
結局、一家は遠くの土地に引っ越す事にした。
そのため、父親の通勤時間が多少増えてしまったのだが。
また優の戸籍などの、性別を変更しなければならなかった。
ちなみに名前は、優と言うのが男女兼用の名前なので。
そのままで、通す事にする。
学校の方は結局、無用の混乱を避けるため。
中学は欠席状態のまま卒業という形になり。
そのまま、元々から受験予定である高校を受けることになった。
ちなみに、卒業アルバムには。
集合写真の角に、男の時の優の写真が貼られていたのである。
入院で勉強に遅れが出ていたが、元々から成績が良かった優は。
猛勉強の末、何とか合格する事が出来た、
しかし、引っ越すとなると。
当然、健二も転校する事になってしまう。
優は、”ケンちゃんに悪いことをしてしまったなあ”と思ったが。
健二は、”おねえちゃんと一緒に居られる方がずっと良い”と言って、笑って許してくれた。
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こうして再び、兄弟もとい姉弟は一緒に暮らし始める。
最初は、まだ少し遠慮があった健二も。
相変わらず優しいと言うより、女性的な優しさを身に付けた優に、次第に打ち解けていく。
しかし身近に、優しくて甘えられる女性が出来た事で。
母性に飢えていた健二は、急に幼児退行してしまう。
「はいケンちゃん、あ〜〜んっ」
「あ〜〜んっ」
それは食事の時に、優から食べさせて貰ったり。
「おねえ〜ちゃぁん〜、いかないでぇ〜」
「ああ〜っ、ダメだよ〜。
お姉ちゃん、トイレに行くんだよ〜!」
または行く先々まで、一緒に行こうとしたりと。
余りの依存のし方に、父親が健二を病院に連れて行っていったが。
“一時的な物で、直に治りますよ”と、医師から言われ。
それに外では、いつも通りだが。
このようになるのは家にいる時、優のそばにいる時だけだったので。
とりあえずは、そのままで様子を見る事にした。
・・・
そんな、ある日の事。
「おねえ〜ちゃぁん〜、おねがぁ〜い〜」
「どうしたの? ケンちゃん?」
健二が、イキナリ優に甘えた声で、おねだりをして来たので。
優が聞いてみると、その内容に驚いた。
「えっ! えええっ〜!」
「ねぇ〜、いいでしょぉ〜」
何と、健二が姉の乳房を求めてきたのだ。
「ダメ! それはダメだよ!」
「ねっ、ねっ、いいでしょぉ〜」
「うっ!」
最初は、何とか断ろうとしたが。
弟の、上目遣いで縋り付くような表情が、あまりにもいじらしくて。
結局、優は、なり崩し的に許してしまう。
・・・
「(……すー、……すー)」
姉に甘えて満足した健二は、優の胸で眠っている。
「(…うふふっ、ケンちゃん…可愛い…)」
優の胸で、眠っている健二は。
満ち足りたような、安らかな表情をしていた。
それは、母親が死んでから、初めて見る表情である。
「(…やっと僕は…、ケンちゃんのお母さん代わりになれたのかな…)」
それは、母親が死んだ時に誓った事であり。
それからずっと、寂しそうな健二を見る度に、思っていた事でもある。
「(これだったら…、女の子になって悪くなかったよ…)」
弟がずっと求めていた、女性的な優しさや温かさを与えられるのなら。
女性化するのも、悪くないと優は思った。
そして同時に、胸の奥が次第に温かくなってゆくの感じていく。
「(ケンちゃん……、大好きだよ……)」
「(……なで……なで)」
その温かさを感じている内、愛おしさのあまり。
優は自分の胸で寝ている、健二の頭を撫でる。
元より優は、兄弟と言うには、少しばかり過剰な愛情を持っていたのに加え。
女性化してからは、芽生えた母性本能により、弟への思いが加速していったのだ。
「(ケンちゃん……)」
「(ぎゅっ……)」
「(……なで……なで)」
優は、胸の奥からの温かさを感じつつ。
弟を抱き締めながら、頭を撫で続けた。
・・・
この様に優が健二を、毎日の様に優しく包み込んでいる内に。
じょじょに、健二の幼児退行は収まったのであった。
今回の話は、R15ギリギリの内容であると思っていましたが。
運営より、抵触するとの指摘を受け。
急遽、内容を変更しました。