第5話 爆発した不安
優が罹った病気は、最近発見された病気で。
しかも、10代の男子にだけ罹る奇病である。
発見されて数年しか経っていないため、治療法どころか原因すら分からず。
正式な病名も確定されてないので、仮に、突発性性転換症候群と呼ばれていた。
この病気は、その病状が壮絶なのもそうだが。
退院後が、厄介な病気だった。
それはそうである、男が急に女になるのだから。
本人もそうだが、社会を含めた周囲の対応が大変である。
・・・
その後も、優は女性化の原因調査と。
長期の入院で衰えた体力の回復および、変わってしまった感覚の調整をするために、リハビリをするとともに。
女性として生きるために、必要な知識や立ち居振る舞いなどの、指導を受けるのもあり。
まだ入院していた。
そして隔離が解除されてから、健二は再び、優の元を訪れた。
「おに…、おねえちゃん…」
今日もまた健二は、病室を訪れていた。
優がリハビリで疲れたので、ちょうどベッドに腰掛け休んでいた所である。
優が女性化したので、呼び方も”お姉ちゃん”に変えたのだけど。
まだ、慣れないようだ。
兄が姉に変わると言う、トンデモナイ事が起きたのだが。
それでも健二は、心配して可能な限り訪れていた
「ん? どうしたのケンちゃん」
何やら躊躇している弟を、見詰めながら。
優は優しく微笑み、柔らかくそう言った。
優の、その微笑みは、見るものを安心させる微笑みである。
元々から優は、男にしては物静かで温厚で。
物腰が柔らかく、言葉遣いも丁寧だったのに加え。
女性化の影響か、そんな表情と言葉が自然と出た。
「・・・」
「ケンちゃん?」
その微笑みをみた健二が俯き。
下を向いて、何かを耐えるように小さな肩を震わせていて。
それを見た優が、心配そうに健二に尋ねてみる。
「…いやだよぉ〜!
おにいちゃんまでいなくならないでぇ〜!」
突然、健二がそう叫ぶながら、優に抱き付き。
そんな健二を優は、柔らかく受け止める。
「ぼく、おかあさんだけでなく。
おにいちゃんまで、いなくなってしまうんじゃないかって、不安だったんだよ〜」
「…ケンちゃん…」
それで優は思い出した。
自分が面会謝絶状態の時、健二は、親戚の所に一時預けられていたのを。
ちなみに、父親も最初の頃は付き添っていたのだが。
この病気は、命に係る事が無い事。
そして父親も、会社でも重要なポジションにあり。
どうしても、自分が会社に出て決めなければならない事が、山積みになってしまうので。
後ろ髪を引かれつつも、出勤していたのである。
そのため、なかなか家に帰れない父親が。
優の代わりに、しばらく面倒を見てもらうために、親戚に預けていたのだ。
だが、その親戚の所で健二は。
母親だけでなく、兄も居なくなるのではないかと言う不安に襲われ。
ずっと泣いていたと、後から父親から聞いていたのであった。
「いやだよぉ! いやだよぉ!
大好きな人がいなくなるのなんて、もういやだよぉ!」
今まで抱え込んだ物に加え、急に現れた不安に。
健二は、感情をあらわにした。
そんな、今までは心配かけまいと遠慮して、無理をしていた弟が。
自分に、しがみ付き、必死に甘える姿をみた優は。
「うっ……、うっ……」
「(ぎゅっ)」
「(……なで……なで)」
泣いてる健二を抱き締め、その背に手を廻して撫でていた。
・・・
「大丈夫、大丈夫だから。
お姉ちゃんは、ケンちゃんの前からは居なくならないよ…」
優が健二を抱き締め、その背中を撫でていたら。
落ち着きを取り戻したようで、優が腕の中の健二に語りかける。
「ごめんなさい……。
でも、おに…おねえちゃんを見ていたら。
おかあさんを思い出して、ボク我慢ができなくなったんだよ〜!」
「どうして?」
「だって、おねえちゃん、優しくボクに笑いかけてくれた時。
なぜか、おかあさんの笑っていた顔を思い出して。
そうしたら、とても悲しくなっちゃったんだ……」
落ち着きを取り戻した健二が、恥ずかしそうに、そう答えた。
「ねえ、ケンちゃん」
「なに?」
「ケンちゃんは、お姉ちゃんより、お兄ちゃんの方が良かった?」
自分が女性化した事に、不安がある優が、弟にそう訪ねてみる。
「ううん、初めはビックリしたけど、おねえちゃんが出来たのは嬉しいよ。
だって、おねえちゃんは温かくて柔らかくて、それに良い匂いがして気持ちが良いんだもん」
「うふふっ、ありがとう♡」
だが健二は、そう言って更に抱き付き甘える。
弟のその答えに、優は少し安心し。
健二を抱きしめる力を僅かに強め、その頭に頬ずりをしたのであった。