第3話 可哀想(かわいそう)な弟
それから2ヶ月ほど、健二は毎日、沈んだ表情のままで。
夜になると、母を恋しがり泣くようになった。
「おかあ〜さ〜ん〜! どこにいるのぉ〜!」
「……ケンちゃん」
その度に優は、健二を慰めようとするが。
なかなか泣き止まず、優は困り果ててしまっていた。
**********
時が立つに従い。
そうやって泣いても、母親が帰ることが無いのを、嫌が上でも悟ったのか。
泣くことを止め、表面上は平常通りに戻った。
しかし時折、夜中に。
「(……グスン、……グスン)」
寝ながら啜り泣く事もあった。
どうやら、母親の夢を見ているようだ。
「(……ぎゅっ…、……なでなで…)」
母親が居なくなり、父親も仕事で家を空ける事が多いので。
代わりに一緒に寝ていた優が、その声に驚き目を覚まし。
寝ている弟を、抱き締めながら慰める事もあったのである。
・・・
それから,しばらく経っても。
健二が、まだ影のある表情をすることが時々あり。
「ケンちゃん、大丈夫?」
「うんん、大丈夫だよ、おにいちゃん」
そんな、健二の心の寂しさを察し。
優は、何とか弟を慰めようとするが。
健二の方も、自分の面倒を見てくれている兄を心配させないようにと、無理をしていた。
そう言った、思いやりのある部分では、似ている二人である。
そんな微妙な関係が何年も続いた、ある日の朝。
「ケンちゃん、ほらっ、行こう」
「うん!」
優が健二を連れて、幼稚園へと向かう。
父親が仕事で忙しいので、家の事はもちろん。
健二の世話すべて、優が行っていた。
中学になった優が、学生服を着て。
スモッグと黄色い帽子を被った健二と、手を繋いで歩いている。
そうやって、しばらく歩いていると。
「どうしたの? ケンちゃん」
「ううん、何でも無いよ。おにいちゃん」
急に、健二の歩くスピードが遅くなったので。
優が、弟の顔を覗き込むようにして聞いてみる。
健二が、慌てて前を向き直すが。
その見ていた方向を見ていると、一組の親子が、歩いているのが見えた。
子供の方は、同じ幼稚園の園児らしく。
スモッグと帽子は同じだが、お下げ髪な上、スカートを穿いているので。
離れていても、女の子だと分かる。
その女の子は、母親に連れられていた。
「(キャッキャッ)」
女の子は母親にしがみつき、楽しそうにハシャいでいて。
母親も、微笑みながら女の子に相槌を打っている
その親子を見ていた、健二の顔は。
一瞬だったが、とても羨ましそうな顔をしていた。
・・・
この様に、街角やテレビなどで。
子供が甘えている、母子連れを見るたび。
健二が羨ましい、あるいは寂しそうな表情をする時があり。
七夕の短冊に、”おかあさんにあいたい”と書いたと、幼稚園の先生から聞いた時には。
優の胸に、痛みが走った。
どんなに優が、母親代わりになろうとしても、弟が満たされる事は無かったのだ。
少なくとも女性的な優しさや温かさを、健二に与える事がどうしても出来ない。
男の自分では、それらを与えれる事を出来ないと痛感する。
「(……僕が少なくとも女の子なら、少しは違うのかもしれないけど)」
そんな事を考えてしまう、優であった。
しかし、それから二年ほど経った頃。
その優の身に、予想外の事が起きてしまうのである。




