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不幸な聖女

 魔物や魔法が支配するこの世界に召喚されてから早くも一年がたった。


 今日も修行という名目の魔物狩りでお金を稼いだ僕は、その足で行きつけの酒場[barヴァミター]に足を運んでいた。


 僕は前に住んでいた世界では[二ホン]という国で何の特徴もない学生をやっていたのだが、なんやかんや今は勇者やってんだから生きてると何があるか分からない。ホントに。


「やぁっと見つけましたよ、勇者様!」


 つまらない事を考えながら歩いていたら、後ろから聞き飽きた声が聞こえたので振り返ってやった。


「まずはギルドの依頼達成お疲れ様です!この町の困った人をまたまたお救い頂きありがとうございます。」


「いえいえ、お安い御用ってやつですよ・・・。」


「ご謙遜なさらないで下さい、勇者様の善い行いは神様もご覧になっているでしょう。」


「いやあ、それほどでも・・・。」


「ですけどね!いつになったら魔王討伐に出かけるんですか!?そろそろ勇者専属聖女として派遣された私の責任問題になってくるんですよ!?」


「いやあ、まだ修行が全然足りてないんで・・・。魔王討伐なんてとてもとても。」


「またそれですか、そんなこと言ってその修行とやらで稼いだお金でまた酒場に入り浸るんでしょ!」


「いやあ、まあそんなカリカリしないでさ、ハンナさんもとりあえず一緒に飲もうよ。」


「聖女はお酒を飲むことを禁じられていると何度言えば分かるんですか!···私が勇者様に奢ってもらうのも今日が最後ですからね!」


 今僕に説教をしていたのは、勇者のパーティーとしてこの国の聖者協会から派遣された[聖女ハンナ]。

 この世界にはいくつか国があり、僕が召喚されてそのまま住み着いているマラカイの町は[バゴラ王国]という国に属している。

 ハンナはバゴラ王国が運営している[聖者協会]と呼ばれる組織から派遣された勇者専属の聖女なのだ。

 聖女になれるのは生まれつき光の加護を持った人間だけで、更にそこから数々の試験でふるいにかけられた所謂選ばれた者しかなれない。


 だけど、この聖女は選ばれた者の割に意外に意志が弱く、僕が酒に誘うと「勇者様に誘われたらしょうがない。」みたいな言い訳をして、飲酒は協会の規則で禁止されてる筈なのに酒場についてくる。

 なにかと口うるさい女だが、憎めない奴なのだ。


 さっきの説教の続きを適当に聞き流しながら歩き、やっとこさヴァミターにたどり着いた。パッと見レンガ作りの普通の家屋であり、店の前に置いてあるスタンド看板と黒猫をあしらった表札がヴァミターと一般家屋を分ける目印となっている。

 薄暗い色をした木製の扉を開けると、カランッカランと小気味の良いドアベルの音が僕達を迎えた。


「いらっしゃいませ。あら、勇者様と聖女様。毎度ありがとうございます。お好きな席へどうぞ。」

 

 妙齢の女店主[ヒルデ]に迎え入れられ、奥のカウンター席へ腰をかける。


「ヒルデ様、勇者様がいつもお世話になってます!」 


「あら、こちらこそ勇者様にはお世話になってますわ。あんなに高いお酒をジャブジャブ飲んでくださるのは勇者様くらいですもの。」


 ハンナがこちらを鋭く睨んだ。


「あ、あはは。じゃあ今日は何かお財布に優しいカクテルをいただいても良いですか?」


「まあ、遠慮なさらなくていいのに・・・。では、勇者様は色々とお疲れの様子なので、お財布にもお体にも優しい一杯をお作りしますね。」


「私も同じのでお願いします!」


「はい、かしこまりました。」


 僕らとのやりとりを終えると、ヒルデは馴れた手つきでロンググラスを2つカウンターに置き、その中に干した妖精の羽を入れ、それをすりこぎ棒で潰した。それを終えたらグラスに氷、何か透明な蒸留酒を少量、トマトジュースを順番に入れ、マドラーで軽く混ぜた。どうやらこれで完成の様だ。


「お待たせ致しました。妖精の血でございます。」


「え、血ですか!?生き物の体液を摂取するのは協会の規則で禁止されています!」


 ハンナが困った顔をして狼狽える。この子はヒルデさんの仕事を隣で一緒に見てた筈なのに、なんでこんな的外れな事が言えるのだろう?というか、飲酒も禁止されてるんじゃないのか。


「フフフッ、このカクテルに血は入ってません。これは疲れた酒好きの旅人が作ったカクテルと言われていて、二日酔いに効くトマトと、疲労回復効効果のあるとされる妖精の羽が入っていて、とても体に優しいカクテルなんですよ。」


「なぁんだ、なら大丈夫ですね!いただきまーす!」


 この聖女、本当に慎みに欠けるというかなんというか・・・。まあ、出されたカクテルに早く口をつけないのは失礼に値するので、僕も頂くことにする。


「!!勇者様、これ凄く美味しいです!トマトがまるでフルーツみたいに甘い!」


「本当だ、それに心なしか体から疲れが抜けていく様な爽快感を感じる・・・。」


「フフッ、妖精の羽に含まれる成分には人間の細胞を活発にさせる働きがあります。それが味覚に作用する事によりトマトの甘味を強く感じるのと同時に、疲労回復にも作用するのです。」


 なるほど、すごく理に叶ったカクテルだ。おそらく、トマトではない果物などでこのカクテルを作ったら甘ったるくて飲めたものではないだろう。まるで、今まで誰にでもツンケンしていた女の(トマト)が、僕だけに甘い顔を見せてくれた様な、そんな情景が浮かんでくる。このカクテルは美味しい。最高だ。愛してる。


「えへへぇ、勇者様~、妖精の血全部飲んじゃいましたぁ、次は何飲みますぅ?」


 僕の余韻なんか関係なくこのアホ聖女(ハンナ)は狂ったようなペースで一杯飲み終えてしまった。酒に弱い癖にペースだけは早い、この聖女は多分長生きしないだろう。この国に召喚された勇者が僕じゃなければ長生きできただろうに、ナンマンダブナンマンダブ。


「スピー、スピー。」


「あらら、聖女様ったら、カウンターの上で幸せそうな寝顔ですこと、ねえ勇者様?」


「幸せそうというより、アホそうな寝顔にしか見えませんけどねえ。」


「あらあら、そんなこと、ウフフ。」


 酒場で潰れるのはご法度だと何回言ったら分かるのか。いや、この聖女(アホ)は分かっていないだろう。

 嗚呼、この世界に召喚された勇者が僕じゃなければこんなアホ面を公衆の面前に晒さなくて済んだのに、まったく、可哀想な聖女だ。まったくもう!





「ほげ?」


 およそ女性が出すべきじゃない声と共に聖女は目を覚ました。


「およ?勇者様?送ったくれたんですか?あれ?ここどこでふか?ってこのベッド!まさか・・・。」


「僕のベッドだよ。」


「え、そんな・・・。聖女は規則で男性とのまぐあいを禁止されているのに・・・。勇者様、どうしてくれるんですか・・・。勇者様ぁ!!」


「うるさいよ!何もしてないって!っていうか、そんなに規則を気にするなら酒飲むのやめろよ!」


「フ、フン!魔王討伐に出る度胸もない勇者様に女の子をどうこうする度胸なんてあるはずありませんよねぇ!」


「話きけよ!」


「明日こそは魔王討伐の旅に出てもらいますからね!私は今日はもう帰りますから、明日の朝マラカイ中央広場に集合ということで!!さよなら!フン!」


・・・仮にも酒と寝床の恩があるとは思えない言い草である。


 だがしかし、ハンナも不幸な聖女だ。

 召喚された勇者が僕じゃなく、もっと真面目なヤツだったらさっさと魔王討伐の旅に出れたものを。

 まあ、そろそろ僕も勇者としての義務を果たさないといけないな。明日の朝、しっかりハンナと話し合ってこれからの方向性を決めよう。

 明日の朝に向けて僕はベッドに潜った。

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