4話目
しばらく続いた沈黙を、苦しそうに吐いた息が破り、その口から言葉が漏れた。
「そうか、クーネは俺のせいで二度と生き返れないのか・・・。」
「それは違うぞセイジ。摂理として死んだものが蘇るなどはあってはならない、生き返らせてもらった私が言うのもなんだが、どんな形であれ死んでしまうのは運命なのだ。」
「・・・運命?あんな最後がクーネの運命と言うのか?親切心からの行為を踏みにじられ!犯され!嬲られ!挙句に玩具を壊すかのように殺された!あれが運命だというのか!!」
「そうか、その娘はそのような事をされて殺されていたのか。やはりこの世界の人間どもには虫唾が走る・・・!」
「あ・・・。」
怒りに我を忘れてバルギスを攻めるものの、先ほどの説明の中で敢えて語らなかったクーネの最後を知ったバルギスは、怒りで拳を振るわせる。その姿を見た倉田は思い出す。
物語の中でバルギスの娘であるエルミスは、この世界の人間たちによって酷い目に合わされ、今なお廃人状態にあり、その報復としてバルギスは魔王と成り果てたのである。
そしてそのようなストーリーを作り上げたのは自分であると。この世界の人間がそのような行為を行うものに仕立て上げたのは自分なのであると。
「あ、あはは。そうか。お前の娘にしろこのクーネにしろ、その運命を作ったのは自分じゃないか。話を作ってる時はそんなことまで考えなかったくせに、現実として目にしたら何とかしたいなんて考えは偽善と言う言葉すら温いな・・・。」
「そうだな。この世界を作った創造神というならば、クーネと言う娘を殺したのも私の娘のことも全ての元凶はセイジにあるといえよう。報復としてセイジを殺したいところだが私にお前を殺せる力はない。」
「・・・そんなことはないさ。ジグラッドとの戦いの時に使っていた自分の剣は召喚できるな?それで俺を斬りつけてみろ。」
バルギスは言われたとおりに自分の愛用の剣である『封殺剣・ロストエナジー』を召喚する。刀身だけで2メートルを超える大剣、それを片手で軽々と持ち上げ、少し躊躇しつつも倉田の肩へと振り下ろす。
が、振り下ろした剣は鈍い音とともにシャツの部分を切っただけで、倉田の肩には傷一つつくことはなかった。倉田は肩にある剣を掴んでそっと下ろさせると「もう一回」と目で指示しつつ、脳内のスイッチをオフにする。
バルギスは指示されたとおり今一度切りかかろうとしたときに、倉田の表情に違和感を感じ先ほどよりも浅めに、切っ先だけで肌を切りつける。
「ぐっ・・・!これが斬られた痛みか・・・!」
倉田のシャツが綺麗に切り裂かれ、あらわになった肌には長い一本の線が出来、そこから血が溢れ流れ出している。
バルギスは一瞬驚いたものの納得すると同時に落ち着き、剣を消して傷の部分へ手をかざし呪文を唱えるとゆっくりと傷がふさがっていく。
「なんだ、俺を殺したかったんじゃないのか・・・?」
「ふん、セイジを殺したところで過去の出来事が消えるわけじゃあるまい。むしろ死んで楽になろうというという考え方に腹が立った。しかし何故2度目は斬れたのだ?」
バルギスの疑問に倉田は無敵モードのオンとオフが出来るのだと簡単に説明した。少し困惑するものの「神ゆえの能力か」と納得する。
傷が完全にふさがり、二人は再び向かい合わせに椅子へと座ると、
「それでセイジはどうしたいのだ?」
「どう、とはどういう意味だ?今は精神的に参っているみたいでな、思考が回らない。悪いが言いたい事があるならはっきり言って欲しい。」
「そうか、では言い方を変えよう。セイジは死にたいのか?それとも生きたいのか?もし死にたいというのであれば今度は間違いなくその『クーネと言う娘の体』を切り裂いてやろう。」
バルギスの含みのある言い方に倉田の目じりが上がる。はっきり言えと言ったのに含みを持たせたことに少しイラついたものの、何が言いたいかは理解できた。
「俺にクーネとして生きろと言いたいのか?無茶を言う・・・。」
「先ほども言ったが死んで楽になろう、などと言う考え方は許さん。それに補足をするならば、考えて考え抜いた結果で死んだほうが良いという結論に至るのならば止めはしないさ。先ほどまでのセイジは全てを捨てて死にたがっているようにしか見えなかったからな。」
「考えすぎだ、俺はそこまで出来た人間じゃない。ただ『この世界を作った神』とか言う思い上がった存在は消えてしまったほうが良い、と思っただけさ。」
「それが楽になろうという、逃げの考えだといっているのだ。」
ふんっと鼻を鳴らすバルギスに「そうだな」と苦笑する倉田。
ならばどうするか、と思いつつもすでに心は決まっていた。進むべき道の一つをバルギスが示してくれている。
(自分の作ったキャラクターに諭されるとはな。いや、この世界に生きている以上、俺もまたこの世界のキャラクターか。ならばそれを演じるのも有りか。)
「わかったよ。お望みどおりクーネになってやるさ。だがお前の言う通りになるというのは少し気に食わない。お前も俺に付き合え。」
「だろうな。そういうと思ったわ。安心しろ、言い出したからにはちゃんと付き合ってやる。」
「くそ、ここまで織り込み済みかよ。意地でもお前に仕返ししてやる!」
倉田は愚痴を言いながらも手を動かし、「くっくっく」と笑うバルギスに、
「これを見ても笑っていられるかな?表に出てみろ。」
一体何があるのかと、仕返しとやらを楽しみにバルギスは小屋の外へ出ようとドアを開け、そこで凍りつく。目の前には草原が広がり、小屋の前にたたずむ人影が一つ。肩まで伸びた金の髪を風になびかせ、辺りを見回す少女がバルギスと目が合い少女もまた凍り付く。
「エ・・・、エルミス、なのか?」
「お、とう・・・さま?」
お互い見つめあい、ゆっくりと、そして徐々に駆け足になっていき・・・、
「エルミス!エルミスー!!」
「お父様!!お父様!!お会いしたかった!!」
「エルミス!大丈夫なんだな!?体はなんともないんだな!?」
「はい、はい!理由はわかりませんが意識も、体もしっかりしています!お父様、お話したかった謝りたかった!ご心配をかけてごめんなさい!!」
抱き合う親娘をドアの淵にもたれかかり、その光景を微笑みながら眺める倉田。その視線に気付いたのか、バルギスはエルミスからそっと離れ倉田をにらみつける。
「どうだ、度肝を抜かれただろ?ふふん、これでやっと溜飲が下がったと言うもんだ。」
「・・・、セェイィジィ・・・!!」
「あ、おい、ちょっと待て!俺は今その辺の一般人と変わら・・・」
あせった倉田は急いで脳内イメージのスイッチを思い浮かべオンにしようとするが、それよりも早くバルギスは目の前まで飛んでくる。大きな手でがっしりと体を鷲掴みにされすぐに襲ってくる浮遊感。
「エルミス!受け取れ!」
「ちょっとまっ・・・わああぁぁぁ!」
「え、は、はい!お父様!」
しばらくの浮遊感の後にエルミスにキャッチされ、お姫様抱っことなりお互いの目が合う。
「ど、どうも・・・。」
「は、はい。どうも・・・。」
そんな二人の元へ飛んで戻ってきたバルギスに二人とも抱え上げられ空中に放り投げられる。そして人間サイズ二人を器用にお手玉のように回し始める。
「くぅ、セイジ!よくも、よくもやりやがって・・・!うおおおおおお!!」
「お。おいバルギス!落ち着け落ち、落ちるぅ!!」
「あははは、大丈夫ですよ。お父様のこれで落下したことはありませんから。」
エルミスの言うとおり、エルミスをキャッチしては放り投げ、倉田をキャッチしては放り投げてと、変に暴れさえしなければ落ちることは無さそうである。
倉田はバルギスが落ち着くまで空中浮遊を楽しむことにしたのだった。