21話目
今回ちょっと長めです。
三人はネィルを真ん中に横一列に並び、ゆっくりと歩いていた。湿地帯らしく地面も水分を含み始め、ドロドロになっていく。
来た時と違い葦が茂り始め、視界も悪くなり、歩く速度がさらに遅くなっていく。
葦の高さもついにはエルミスとほぼ同じくらいの高さまで茂り、掻き分けながら進み、
「なんでしょうこの草は。ずいぶんと高くまで伸びてきてますね。これでは私の背だと前が・・・、痛っ!」
「大丈夫、エルミ・・・痛っ!何・・・この植物のトゲ?ずいぶん硬いトゲね。」
トゲに気付き触れないようにそっとどかし、他にも傷つけそうなものが無いか確認して進むが、その分歩みがさらに遅くなる。その様子に
「これは・・・、エルミスよ、済まんがまた肩に乗せてもらうぞ。」
エルミスの肩に乗り、生い茂った湿地帯を見回すと、
「これは少々ヤバイかも知れんな。まだまだ距離がありそうな上に、日も落ち始めてきてる。進むか戻るか、あるいはこの場に留まり夜が明けるまでジッとしているか・・・。」
「うーん、あ、あそこ!草がなくなってる所あるからそこまで行ってそこで休憩しましょう。」
クーネの示した場所までは少々距離があったが、そこまでなんとかたどり着くことが出来た。
相変わらず地面は水気を帯びてドロドロではあったが、そこにシートを敷き、ゆっくりと腰を下ろす。
「はぁ、疲れた・・・。カッツの案内してくれた道ってすごい通り易かったんだね。悪いことしちゃったかな・・・。」
「今更だな。まぁここまで来てしまった以上、とりあえず様子を見つつ、進むしかあるまい。
幸い山の方には向かっているようだし、それにポータリーフ採取で楽してしまったからな。これもまた修行の一環と思うが良い。」
嫌そうな顔をするクーネだが、お尻に伝わる振動を感じ、その表情がこわばった。
「ネィル、これってもしかして・・・。」
「あぁ、いるな。気をつけろよ二人とも。」
ゆっくりと立ち上がるクーネ。周囲を警戒するネィルとエルミス。そして、クーネの立っていた地面が勢いよく盛り上がりシートごと上空へと舞い上げる。
「ちょっ・・・真下ぁぁぁ!?」
地面から出てきた巨大なミミズのようなモンスター。だが、勢いはそこまでで現れた瞬間にネィルによってあっさりと切り裂かれた。
「ふん、雑魚が。と言うかクーネよ、気をつけろと言ったそばから飛ばされるのはどうかと思うぞ?」
「そんなこと言ったってぇぇぇ!!」
用事の済んだ剣を消し、今だ空を舞っているクーネに声をかける。空にいるとはいえ脅威が消えたのを確認したクーネは気を落ち着かせ、無敵モードのスイッチを入れ着地に備えた。
ぬかるんだ地面へと落下し着地時の衝撃はそれほど無かったが、ぬかるみと落下の慣性でクーネの身体は滑っていき、速度が落ちたところで止まろうと足に力を入れた途端、
「え・・・?」
足が地面へと吸い込まれてしまった。
少し離れた場所に消えたクーネをエルミスは迎えに行き、
「クーネさん、大丈夫ですか?」
「ダメ!こっち来ないで!!」
慌てて声のほうへ向かうと、胸まで埋まっているクーネがいた。
「エルミス!それ以上はダメ!底なし沼になってる!!」
「そんな!?」
何とか脱出しようともがくが、どんどん埋まっていくクーネ。異常を察知したネィルも来るが手が出せなかった。
「ネィルさん!どうしましょう!クーネさんが、クーネさんが!!」
「くっ、待ってろ、今ロープを持ってくる!!」
ロープを取りに戻るネィルと何とかできないかと、クーネに手を伸ばすエルミス。だが地面に付いた手が少しずつ沈んでいき、とっさに手を引っ込める。
無敵モードでどんなに力があっても、どんなに早く動けても、肝心の受け止める場所が無ければ力が発揮できない。
そういう意味では、底なし沼は嵌ってしまったらクーネの無敵モードを無効化する地形であった。
脱出しようともがけばもがくほど、どんどん沈んでいく。すでにクーネの顔と右手の肘より上だけしか生えてなかった。
「だ、ダメだ・・抜けられ・・・ない・・・。」
「いやあぁぁぁ!クーネさん!!誰か、誰かクーネさんを助けて!!」
その瞬間、残っていたクーネの右手へ投げ輪のようにロープが嵌り、引きつけてしっかりと締まる。
「ネィルさ・・・カッツさん!?」
「く・・・、クーネ聞こえるか!そのままジッとしているんだ!こっちに全てを任せて動くんじゃない!」
「か・・・カッツ・・・?」
手にロープを巻きつけ、懸命に引っ張るカッツ。だがほとんど埋まってしまったクーネを引っ張り出すには、足元がぬかるんでうまく力が乗せられない。
カッツは呆然としているエルミスのほうを向き
「本当にクーネを助けたいなら力を貸してくれ。」
「え・・・も、もちろんです!」
我に返ったエルミスもカッツを手伝い、ロープを引っ張り始める。ロープを持って戻ってきたネィルもそれに加わり、数分後、無事クーネを助け出すことが出来た。
「よかった、クーネさん、無事でよかった・・・!」
「あはは、さすがに終わりかと思ったよ。ごめんね、エルミス、ネィル。それにカッツも、ありがとう。でもなんでカッツがここに・・・?」
「なんでも何も、こっちに向かった様子があったから急いで追いかけたんだよ。そしたら誰かが空を飛んでたおかげで見つけることが出来たんだ。」
言葉に対して少し厳しめの表情。というよりは怒っている様だった。
「あの、カッツ・・・?」
「こんなところまで来て何を考えているんだ!旅をするなら安全第一!日も落ち始めると言うのにこんな視界の悪いところを突き進むなんて自殺行為もいいところだ!
どうしても行くと言うならせめて夜を明かして明るくなってからにするべきだろう!」
「あ、あの、お兄ちゃ・・・」
「お前達も!強いからって自然を舐め過ぎだ!どんなに強くても自然には誰にだって敵わない!異界者だって元の世界に自然はあるんだろう!?
それともお前達は自然すらも操れるとでも言うのか!?だったら今すぐにでもこの湿原を美しい花畑にでもしてみろ!
出来ないだろう!?いいか、どんなに強かろうが、自然の力の前にはお前らも僕達も等しく弱者なんだ!お前達が、勝手に死ぬのは・・・構わない、でも・・・クーネまで巻き、込むな・・・!」
ネィル達を異界者と知っておびえていた時とは違い、怒りのままにクーネも含め叱り飛ばすカッツ。三人はおとなしくカッツの前にうなだれていた。だが最後の方では涙交じりの声になり、
「いや、違う・・・、言いたいことは・・・。ごめん、クーネを、助ける手伝いをして、くれて・・・ありがとう。おかげで、クーネを失わなくて済んだ・・・。」
涙をぽたぽた落としながら頭を下げるカッツに、クーネは身体を抱き、起き上がらせる。
「ありがとう、カッツ。今度はちゃんと私を助けてくれたね。」
「カッツさん、本当にありがとうございました。カッツさんが来なかったらクーネさんを助けられませんでした。」
クーネに続き、エルミスにお礼を言われ驚くカッツ。さらにネィルにまで声をかけられ
「お兄ちゃん、ありがとう!ところでこの後はどうするの?安全な場所に行くの?」
「え!?あ、ああ、そうだね。このままここに留まるよりはいったんあのほら穴近くまで戻ったほうがいい。目印つけてあるから、迷わずに戻れるよ、行こうか。」
クーネと離れるものの手だけは繋いだまま歩き始める。ネィルはエルミスに肩車をしてもらい、置きっ放しになっている荷物を回収すると、クーネ達の後を追っていった。
ほら穴近くまで戻ってきた四人は静かに焚き火を囲んでいた。爆ぜる音だけが響く中、最初に声を出したのはエルミスだった。
「カッツさん、クーネさんの窮地を救っていただいて、本当にありがとうございます。」
「止めてください、僕はただクーネを助けたかっただけで、そこまでの事は・・・。」
「いいえ、あの時の私は何も出来なかった。ただ、叫ぶことしか出来なかった。情けないです・・・。」
そういうと顔を伏せてしまい、そのまま黙り込んでしまうが、クーネはエルミスを抱き寄せ、エルミスもそのまま身体を預けた。
「・・・、そんなことないですよ、あなたが声を上げてくれたおかげで、僕はあの場所に行けたんだ。それが無かったらもうちょっと探してただろうし、そうなってればきっとクーネを助けられなかった。
危険な時に声を上げて助けを求めるのだって大事な役割なんです。気を落とさないで下さい。」
「カッツ、あなた・・・」
「勘違いしないでクーネ。やっぱり異界者は怖いし嫌いだよ。でも少なくてもこの二人はクーネを助けようと本気になってくれてた。いくら僕でも目の前で起きたことを信じないほど愚かじゃないよ。
もちろん、それが演技だっていう可能性が無いわけじゃないけど、クーネが信じるなら僕も信じるさ。まぁ、今の二人を見てる限りそんなことは無いと思いたいけどね。」
肩を寄せ合い抱き合っている二人を、少し照れながら眺める。それに気付いたクーネだが、エルミスが離してくれそうに無いので、そのままでいることにした、のだが、
「あ、ごめんエルミス!私の服泥だらけだったのに!エルミスの服まで汚しちゃった・・・。」
「あら。いいんですよ。もともとネィルさんに乗られて少し汚れていましたから。それに洗えばいいだけの事ですよ。」
「ならこのほら穴の奥に湧き水があるから洗ってくるといいよ。ついでに身体も洗ってきたら?僕はここで見張りをしてるから。」
カッツの提案に「え!?」となるクーネと、「お言葉に甘えて。」というエルミス。
「じゃあ行きましょうか。ネィルさんはカッツさんと見張りお願いしますね。」
「任せて!」
「え、エルミス!?ちょっと、ネィル?何にやけてるの!?待って、引っ張らないでー!!」
エルミスに引きずられ、ほら穴の奥へと消えていく二人。
「あ、あの・・・大丈夫・・・ですよね?」
「大丈夫だよ。ところでお兄ちゃん。ちょっとお話いいかな?」
ネィルの問いかけに少し緊張するカッツ。信じてる、とは言ったものの恐怖は薄れただけで無くなった訳ではない。ネィルと二人きりになったことを少しだけ後悔しつつ、
「え・・・な、何かな?」
「あはは、怯えなくていいよ。クー姉ちゃんの彼氏に何かしたら私が怒られちゃう。少しお兄ちゃんの誤解を解いておこうかな、と思っただけだよ。」
「・・・誤解?」
「そう。この前のお兄ちゃんと逆になっちゃうけど、異界者側の言い訳みたいなものを聞いて欲しいんだ。・・・ルマー村の時のこと。」
村の名前を出され、表情が険しくなるが、同時に何を教えてくれるのか、少し興味もあった。
「へぇ、それは気になるね。いいよ、聞いてみたい。」
「ありがと!じゃあ結論から言っちゃうとね、あの襲撃って魔王軍のせい、って言うことになってるけど、魔王軍関係ないんだよ?だからあの件で異界者を恨むのは少し違うかな、と思ったんだ。」
「はぁ!?そんなわけ無いだろう!あの時村を襲ったのは、魔王軍の部隊の一部じゃないか!言い訳どころか嘘つくにもいい加減にしとけよ!?」
ネィルの言葉に怒り、恐怖も忘れて睨みつける。そんなカッツの表情をネィルはしっかりとみつめ、
「お兄ちゃん、よく思い出して欲しいんだ。魔王を名乗る人物が現れて、魔王軍が出来たのって勇者に討伐される約1年前だよ?つまりルマー村を襲った3年前には・・・。」
「!?魔王軍は無かった・・・?」
その事実に怒りが収まり、それと同時に困惑する。
「こういうことだよ・・・。」
少し落ち着きつつあるカッツにネィルはゆっくり話し始めた。
ルマー村を襲ったのは魔王軍の一部。それは間違いないのだが正確ではない。正確に言うのならば、後に魔王軍へと所属する、この世界の亜人が従えていた部隊の一部、なのである。
この世界には元々人間種以外にも、エルフやドワーフ、リザードマンやゴブリン、魔族と呼ばれるものや、竜種などの多種多様な種族がいる。
そしてこの世界の人間は、全てではないが排他的な考えが強く、それゆえに他種族からはあまり好まれる存在ではなかった。
ルマー村を襲ったのもそういった種族の一部で、その部隊のリーダーは後に諜報部隊のリーダーとなり、ゲルグムなどを従え魔王軍で活躍することになったのだ。
ゆえに魔王軍の脅威を広めるべく、世界には原因はどうであれ「村を襲ったのは魔王軍の部隊」という結果だけが伝わっていき、その場にいたカッツさえも最初こそは亜人を憎んでいたが、魔王出現後の風評と制約の無い異界者の力を知ってからは信じきっていた。
「じゃあ、村を襲ったのは・・・、魔王の命令とかじゃない・・・?」
「そもそも魔王となる人物がこの世界に召喚されたのが2年前だもん。その頃の事は魔王も後に知ったことだよ。
確かに魔王がしたことを考えれば異界者を恐れるのもわかるけど、魔王だってこの世界の人間が、自分の娘にしたことを考えれば激怒するさ。カッツだってクーネが人体実験のごとく扱われたら正気じゃいられないだろう?
私だって感情が・・・、おっと、異界者にだって感情があるんだから、恐れないで、とは言わないけど、ちょっとでいいから考えて欲しいなって思うんだ。」
「・・・少し、考えさせてくれないか。」
「ゆっくり考えるといいよ。その間私がちゃんと見張りしてるから!」
焚き火を見つめ、ネィルの言葉を必死に整理する。そんなカッツを横目に見ながらあたりを警戒しつつ、少しだけ、嬉しそうなネィルだった。