19話目
カッツが来る数分前、部屋に戻ったクーネは荒々しく椅子に座ると、しばらく天井を見上げた後に大きなため息をついた。
「はぁー・・・。何してるんだろう。ネィルに当たったってしょうがないのに。」
通信アイテムである腕輪をさすりながら、ネィルの今までのことを思い出し、
「なんだかんだ言いながらも、ネィルって私やエルミスのことを気に掛けてくれてるよね。やっぱりさっきのは私が悪いんだしちゃんと謝らないと。」
(そうしてくれるのは嬉しいが、そういうのはちゃんと会って話すべきだと思うが?)
「うわぁぁあ!?」
突然頭に響いたネィルの声に驚き、椅子ごとひっくり返るクーネ。慌てて立ち上がり周りを見渡すがネィルの姿は無い。
「ね、ネィル!?なんで・・・って、もしかしてこの腕輪!?」
(うん?どうやら意図して呼びかけたわけではないようだな。まだ使い慣れてないようだから気をつけたほうがいいぞ?注意しないと思っていることが相手に筒抜けだからな。)
小さく笑うネィルの声が頭に響き、恥ずかしさでうずくまりながらも、どうせだからと思ったことを口にした。
「あーもう、恥ずかしいなぁ!でもいいや。さっきはごめん、ネィル。なんかカッツのことで少しイライラしてたみたい。」
(ならばちょうど良い。今そのカッツとやらが3年前のことを話してくれるそうだ。そっちにも聞こえるようにするからおとなしく聞いてみろ。)
一瞬クーネの顔が引きつるが、何も答えずに意識をネィルのほうへと集中させる。そして、
「他人任せ、というのが少し気になるけど・・・。いいよ、お兄さんの話聞いてあげる。」
「ごめん、ありがとう。」
ネィルとカッツの会話の後にルマー村での出来事が語れら始め、しばらく黙って聞いていたクーネだったが、ゆっくりと立ち上がり部屋を出ていった。
そして今、カッツからの視線を受けながらエルミスの隣へと座るクーネ。
「く、クーネ?あの、えっと・・・」
「あなたの言っていることが本当かどうかなんて今じゃもう分からない事だし、もしそれが本当だとしても、私はまだあなたを許すことが出来ないみたい。
でも、感情に流されてギルドの依頼が失敗なんて嫌だから、今は忘れてあげる。・・・アテにするんだから、頑張りなさいよ?」
「え・・・、うん、もちろんだよ!必ず役に立って見せるよ!じゃあ明日の朝迎えに来るから!クーネ、みなさん、おやすみなさい!」
大喜びで足早に宿を出て行くカッツの後姿を眺めながら、息を吐きつつ
「これでいいでしょ?」
「ん?知らんな、これはお前とあの男の問題だ。ところで、私に言うことはそれだけなのか?」
にやけながらクーネを見るネィル。視線を合わせないようにキョロキョロと周りを見るが、観念して
「わかったわよ!さっきはごめんなさいネィル。怒鳴って悪かったわ。」
「もう、しょうがないから許してあげる。クー姉ちゃんも気をつけてよ。
それとエルミスお姉ちゃん、明日からあの人もいるんだからその笑いを堪えるのもやめてよ?じゃないとまた思い切り突いちゃうよ?」
「だって、ネィルさん・・・、普段との差がありすぎて・・・ぷっくく・・・。」
ネィルに指摘されても口を開けば笑ってしまうエルミス。よく見るとクーネも口を押さえていた。
「クーネまで笑うか!?この姿にしたのは貴様だろう!笑うくらいなら元の姿に戻したらどうだ。そうすれば何もこんな演技をしなくて済む。」
「出来るわけ無いでしょう。元の姿なんかに戻ったら大騒ぎじゃない。」
「そうですよ。ちゃんと慣れますからそのままでいてください。・・・妹欲しかったですし。」
エルミスの最後の一言にネィルは思わず「おい」と呟いてしまうがそんなことを気にせずに立ち上がり、
「さぁ、明日に備えてもう寝ましょう。」
「そうね、さぁネィル、お姉ちゃん達と一緒に寝ましょうね?」
「本来なら私が一番の年長者のはずなのだがな・・・。」
愚痴りながらネィルも二人の後を追って部屋へと戻り、いつものようにエルミスに抱えられて寝るのだった。
朝の早い時間、準備を済ませ朝食を取っているとカッツが現れ、手早く食事を平らげると四人は湿原へと向かった。
目的の「ポータリーフ」は湿原の奥にあり、街道として整地された場所を大きく離れるため、途中から足元に注意を払いつつ進んでいく。
先頭をカッツ、次いでクーネ、一番後ろはエルミスと肩車されたネィル。
「もー!ぬかるみ過ぎで歩きにくいし、腰が痛・・・って、きゃあ!」
腰を伸ばした勢いでぬかるみに足を取られ、そのまま尻餅をつくクーネ。湿った地面のせいでお尻の感触が気持ち悪かった。
そんなクーネにカッツは手を差し伸べ、起き上がらせる。
「気をつけて。もうちょっと進めば地面の水分も減って少しは歩きやすくなるから。」
「あ・・・。ありがとう・・・。」
すぐに周りを注意しながら背を向けるカッツに、クーネは素直について行く。
カッツは何度か来たことがあるらしく、このあたりはある程度知っているようで、底なし沼がある所やトゲに毒が含まれている植物があるから危ないなど、いろいろ説明をしてくれた。
しばらくすると、言われたとおりに地面の水分が減り、いくらか硬くなってるおかげで歩きやすくなった。
さらに進むと小さなほら穴があり、カッツの提案でそこで休憩を取ることになり、慣れた手つきで休憩の準備を整える。
「へー、お兄さん慣れたものだねー。」
「はい、採取系を生業としてると同じところにしばらく留まったりするので、こういうのは慣れちゃいますね。」
手を休めることなく答え、三人にコップに注いだ飲み物を手渡す。
「それよりも僕の方こそ驚きです。クーネよりも年下っぽいのに、ここまで難なくついてこれるとは思いませんでした。おかげで予定よりもかなり早いペースで来れてますよ。」
「えーえー、ごめんなさいね。どうせ私だけ転んでましたよ。」
「ち、違うって、そういうことじゃないよ。クーネにしても驚きだよ。昔のクーネだったらもっと時間かかってたと思うよ。旅に出ようとするだけあってちゃんと鍛えたんだな、と感心してるんだよ。」
拗ねるクーネを慌ててなだめるものの、言ったことは事実で驚き感心しているようだった。
「目的のポータリーフはもうちょっと先だから頑張ろう。この調子なら思ったよりも早く達成できそうだよ!」
「そうね。早く終わらせて旅を再開しないと。さ、頑張りましょうか!」
気合を入れるクーネとは対照的に苦笑いしつつ少し落ち込むカッツ。その様子に気付いたエルミスがクーネに声をかけ指を差し、
「あ、違うのよ?別にカッツといるのが嫌とかじゃないからね?カッツもずいぶん立派になってて、しっかりと生きているんだな、と私も驚いてるんだから。
・・・そうね、今言わせてもらっちゃおうかしら。カッツ、ごめんなさい。」
いきなり謝られて驚くカッツ、それに気付きつつもクーネは言葉をつなげた。
「冷静に考えれば、あなたが私達のことを見捨てて逃げるような人じゃないって分かっていたのに、あなたを恨むことで悲しみから立ち直った。
あなただって父親が亡くなったのに、知らなかったとはいえ再会した時に冷たい態度を取ってしまってごめんなさい。」
「あぁ、酒場での事か。別にいいよ、怒ってるわけでもないから。それにあの時僕がいなかったのは事実だし、父が死んだからこそクーネの気持ちも理解できる。
おまけに僕は本当のことを知って欲しくて、クーネの仲間を利用しようとした卑怯者なんだから謝らないでよ。」
「ばか。あなたがもう会わないつもりだったら謝れないじゃない。だから今のうちに謝って・・・って、なんて顔してるのよ?」
カッツの顔が驚きとも困惑とも言える複雑な表情をしていることに気付き、クーネも不思議そうに首をかしげる。
「え、もう会わないとかって何のこと?僕はそんなつもりないし、クーネとはまだ付き合いたいとさえ思っているんだけど・・・?」
「だって昨日この依頼を果たしたら私とは会わないって・・・?」
見つめあいながら昨日のことを思い出し、カッツがおもむろに
「あぁ、あの時はクーネがいきなり現れたからそこで止まっちゃったけど、僕はこの依頼を果たしたら、クーネとは少し落ち着くまで距離を置いて、本当の事を知ってもらおうかと思う、とエルミスさん達に言おうかと・・・。」
「待って、じゃあもしかして私の勘違い・・・?」
みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていくクーネ。思わずカッツが声をかけようとするが、それよりも先にクーネの感情が爆発した。
「カッツのばかー!!もう知らない!!」
「わ、落ち着いて!クーネ、ごめん、ごめんてば!落ち着いてよ!!」
「うわぁぁぁん!!」
必死になだめるカッツと恥ずかしさのあまりについには泣いてしまうクーネ。そして・・・
「あの、ネィルさん。私達はいったい何を見せられているのでしょう?」
「茶番以外の何がある?」
様子を眺めつつひっそりと会話してる二人は呆れ顔だった。