18話目
クーネはカッツの寂しがるような雰囲気を感じつつも逃げるようにその場から離れ、完全に見えなくなったあたりで大きい溜息と共に
「エルミスごめん、せっかく楽しんでたのに。知り合いに会う覚悟はしてたけど、まさかいきなり元彼に出会うとは思わなかったわ。」
「クーネさんの記憶の中のあの人はどんな人なんですか?」
エルミスに問われて、宿へと向かう道中で記憶にあるカッツとの思い出を語りだした。
カッツはクーネの一つ歳下の男性で、村の道具屋の息子だった。クーネもその道具屋はいつも利用していたためにカッツとは小さいころから付き合いがあり、そしてカッツが17歳を迎えたとき、クーネに告白し付き合うことになった。
だが、その一週間後に村が襲撃され、クーネの家に遊びに来ていたカッツはその場から即座に逃げたのだった。
その後、クーネを庇った両親が殺され、ジグラッドに助けてもらったもののショックでしばらくクーネは家から出れなくなり、その間にカッツは村を出て行ってしまっていた。
なんとか立ち直ったクーネが村を見てまわり、無残にも壊されたカッツの道具屋の前へと来た時、逃げ出したカッツを憎み、そしてその場で泣き崩れるしかなかった。
「そんなことがあったんですね・・・。」
「はっきり言って、今の私ならしょうがない事と言うのは理解出来てる。でも記憶を思い返すと、理由はどうあれ私を見捨てたカッツを許すことが出来ないのよ。」
エルミスはなるほどと思いつつ、少し気になったことがあった。ネィルには様子を見るしかない、と言われた事だがどうしても気になり、思い切って聞くことにしてみた。
「あの、『私を見捨てた』というのはクーネさんとしててですか?それともセイジ様がクーネさんを演じてそうおっしゃってるのですか?」
「え、どういうこと?どちらも同じだと思うけど・・・?」
「いえ、クーネさんを演じると言うのであれば確かに良いとは思うのですが、セイジ様としてならばあまりにも完璧すぎるというか、クーネさんそのものになってしまっている気がしまして・・・。」
以前ネィルに言われたことを借りてさらに質問を重ねる。
クーネは目を閉じ「うーん」とうなると、いったんクーネモードのスイッチを切り、本来の『倉田政示』の口調に戻した。
「すまん、どうも混乱させてしまってるようだな。ちょっと説明するよ。
記憶にリンクさせてクーネのように振舞えるようになった、と言うのは話したと思うけど、その時は自分の事はもちろん、クーネだったらこうだろうな、と言うことを話す時も自然と自分のように語る風になっちゃってるんだ。
だからさっきので言うなら『俺はしょうがないのはわかるけど、クーネとしてはカッツを許すことは出来ないだろうな』と言うのをクーネモードで言うとああなっちゃうんだ。」
説明されたものの、首をかしげいまいち理解できていない様子のエルミス。そんなエルミスを苦笑いしつつ、
「まぁ、自分で設定しておいてなんだけど、言葉にして説明しようとするとちょっと難しいな。とりあえず記憶から取り出した、クーネならこうする、こう考えるんだろうな、と言うときは元のクーネらしさが余計に前面に出るから混乱するんだと思う。
逆に言えば、そういうときこそクーネらしく振舞えてるって証拠だと思うんだ。だから、あまり気にしなくても良いよ。」
「わかりました・・・。セイジ様がそうおっしゃるのならばそう思うことにします。申し訳ありません、変なことを伺ってしまいました。」
「普通に接してってば。今の私はクーネなんだから。とりあえず『倉田政示』という存在は記憶の片隅にでも置いといて。さぁ宿に戻りましょう。」
クーネに戻って、エルミスに文句を言うと、手を引っ張り歩き出し宿へと向かった。
宿へ戻るとネィルがすでに帰ってきており、クーネ達に開口一番頼みごとをしてきた。
なんでも今日会った知り合いに頼まれ、取ってきたい素材があるというのだ。冒険者ギルドにも依頼を出しているらしいのだが、一向に受注が来ないようなのでお願いされたらしい。
クーネとしてはカッツのいるこの場所を早く出て行きたい気分ではあったが、先日寝込んだ時に待ってもらった身としては断りにくく、ネィルの頼みを聞く事にした。
「すまんな、礼と言うわけではないが、奴から便利なアイテムを貰ってきた。受け取れ。」
「あれ、これってもしかして魔王軍で使ってた通信アイテム?」
クーネ達に手渡された腕輪は、念じれば他の腕輪の持ち主と会話が出来るというアイテムで、昔は魔王軍のリーダー格が持っていたレアなアイテムだった。
手を通すと自然と輪の幅が狭まり、ちょうどいい大きさでぴったりとはまる。
「これがあれば万が一離れ離れになっても連絡が取れるからな。では、明日から頼むぞ。」
さっさとベッドへ潜り込むネィル。それにならいクーネ達も休息を取るのだった。
次の日、冒険者ギルドへと向かった三人は、受付へその依頼を持って行ったのだが、
「申し訳ありません、こちらの依頼はレベル3以上の冒険者の方で無いと・・・。」
「依頼主からの推薦状あるよ?これでいいでしょ、受付のおねーさん?」
断ろうとした受付嬢に、ネィルが少女を演じながら依頼主からの推薦状を渡すと、少しびっくりしつつも推薦状を受け取り、確認のため奥へと行ってしまう。
数分後、戻ってきた受付嬢により依頼が条件付で受理され、その条件としてギルドからサポーターとしてレベル3の冒険者の同行を命じられたのだが、
「え、もしかして同行する冒険者パーティーって・・・。」
「なんであなたがここで出てくるのよ・・・。」
採取系冒険者レベル3、道具鑑定士として紹介されたカッツであった。
本音を言えば今すぐ依頼をキャンセルして旅に出たい気持ちのクーネだが、ネィルはどうしてもこの依頼を果たしたいらしい。
依頼にある素材は、ソーグ湿原に生えている『ポータリーフ』という魔法の植物で、小さい上に普通の草と区別がつきにくい。
そのため鑑定眼のあるカッツは、感情を抜きに考えれば必要な人材で、クーネは同行を認めるしかなかった。
その日の夜、湿原に向かうためクーネ達は再びブロディ南部の宿を取っていた。そこの食堂でカッツを除く三人がテーブルを囲み、
「ねぇ、ネィル。この素材って私が設定いじってさっさと依頼完りょ・・・」
「それは許さん。この依頼は修行も兼ねているからな。聞いた話だと見つけるにはかなり根気の入る作業らしい。クーネの精神力を鍛えるにはちょうどいいだろう?」
「でも、カッツが一緒なのは・・・。」
食い下がるクーネだがネィルに「知らん」と一蹴されると、その態度に腹を立てテーブルを強く叩き、
「もういい!先に寝る!!」
「クーネさん!?」
エルミスが声をかけるものの、さっさと部屋へと戻ってしまうのだった。
「いいのですか?」
「ほっとけ。もしこの程度の事で感情優先に動くのならば・・・、ホント、クー姉ちゃんにも困ったものだね。」
突然口調が少女のものへと変わり、エルミスがびっくりすると、ネィルは視線で入り口の方を示す。そこにはカッツが立っており、入るかどうか迷っているようだった。
カッツがネィルとエルミスを見つけ、クーネがいないことに気付き、中へ入ってそのままネィルたちの元へ来ると、
「すいません、少しお時間いいでしょうか?」
「は、はい。なんでしょう?」
エルミスが答え、先ほどまでクーネが座っていた席にカッツが腰掛ける。
「あの、事情は聞いていると思うのですが、もしクーネが嫌がっているようでしたら僕はあなた達の後を追う形で、一緒に行かないことにしてはどうでしょうか?」
「カッツさんはそれでいいの?クー姉ちゃんとお話とかしたいんじゃないの?」
「それはそうですが・・・、エルミスさん、どうかしましたか?」
手で口を押さえてうつむいているエルミスが気になるカッツ。何かを堪えるようにしてるのか肩がわずかに震えている。
「い、いえなんでも・・・痛っ!なんでも、ないです。どうぞ続けてください。」
見えないところでネィルに小突かれたのだがカッツは気付かずに話を続けた。
「えっと、確かに話したいことはあるのですが、彼女にとって僕は親を見殺しにした酷い男、と思われているようですし、僕と一緒にいることで彼女が嫌な思いをするくらいなら、接触は最低限に控えようかと思ったんです。」
「『思われている』って言うことは本当は違うってことなの?」
「・・・、えぇ。あなた達はクーネと仲が良さそうですし、もしかしたら言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、聞いてもらえますか?」
少し考えたカッツは、その時のことを話し始めようとするが、ネィルに止められ、
「そのことはクー姉ちゃんも聞いたほうががいいんじゃないの?」
「そうしたいのですが、きっとクーネは僕の話なんて聞いてくれないでしょう。でもクーネと仲のいいあなた達には知っておいてほしい。
あなた達からの話なら聞いてくれるかもしれない、という期待を込めた僕の我侭です。」
その言葉に「ふーん」と答えつつ、クーネが戻った部屋の方を見る。しばらくして
「他人任せ、というのが少し気になるけど・・・。いいよ、お兄さんの話聞いてあげる。」
「ごめん、ありがとう。」
謝罪とお礼を言うと、カッツは語り始めた。
ルマー村が襲撃された日、クーネの家に来ていたカッツは、敵わないまでもクーネとその家族が逃げる時間を稼ぐべきと覚悟を決めていたのだが、そんなカッツを家に帰したのはクーネの母親だった。
「クーネには事情を話しておくから、自分の親を守ってあげなさい」と言われ、心の中でまた会うと誓い、クーネの家を後にしたのだが、酷な事に村で唯一の道具屋であったカッツの家は優先的に襲われ、戻ってきた時にはすでに破壊された後だった。
呆然と立ち尽くしていたが、道具屋の主人である父がギリギリ助け出されたと村民に聞き、急いで向かうも瀕死の状態でかろうじて生きている状態だった。
そんな時、村に到着したジグラッドが襲ってきた相手を倒し、村の壊滅は回避されたが、いまだ危険な状態に変わらない父を助けようと、数人の怪我人と一緒にブロディ山岳都市に向かう馬車へと父と乗り込んだのだが、父はその馬車の中で息を引き取った。
ブロディに到着し、怒りと悲しみにくれたカッツは、冒険者として力をつけ、村を襲った軍団に一矢報いることを決意するのだが、残念なことに戦闘に関しての才能は無く、上達する見込みが無かった。
だが幼少から道具屋の父を手伝っていたため、道具に関する知識と鑑定眼に才能を見出し、サポートする形へと転換しその実力を身につけていくのだった。
少し間を置き、カッツは苦笑いを浮かべながら、
「まぁ結局ジグラッドが魔王を討伐して、僕は何も出来なかったんですけどね。村にも戻ってみようとは考えたのですが、クーネの両親が殺されたことを聞いて会わせる顔が無く、今まで来てしまいました。
昨日久々に会えて嬉しかったんですが、あの態度から見てきっと母親は僕のことを伝える前に殺されてしまったんでしょう。それなら今回の依頼を果たしたらクーネとは・・・。」
「会わないほうがいい、と言いたいのね?」
遮るようにかけられた言葉に驚き、声の主へと視線を向ける。そこにはいつの間にかクーネが立っていた・・・。