17話目
クーネが寝込んでいた4日間の間は大騒ぎであった。
宿に泊まっていたはずのジグラッドが突然消息不明になり、事の重大さに宿が閉鎖に追い込まれたりもしたのだが、一度戻ってきたゲルグムが再びジグラッドを演じ、急用で夜中静かに旅立ったと証明してくれたおかげで、宿の閉鎖は免れたのだった。
そしてその時のゲルグムからの情報で、本物のジグラッドは最北の地、魔王の居城を訪れており、その目的は行方知れずになったエルミスを探している、との事。
その情報を掴んだゲルグムは急ぎこのことを知らせに戻ってきたのだった。そして情報を伝えたゲルグムは、エルミスがブロディからダイカランドへ向かっていると、それとなくジグラッドに流して欲しいとの命を受け昨夜再び旅立っていった。
一行は宿を出てトンネルを抜け、ブロディ山岳都市の北部へ向かう道中、エルミスは報告を受けた時に思った疑問を口にした。
それは何故エルミスを捜索しているのかわからないという事なのだが、その理由を知っているクーネは、二人に説明をし始める。
バルギス討伐後に、ジグラッドはエルミスを発見、保護、そしてそのときの仲間である治療師に治療を頼んだ。
そしてもしも意識が戻り、話が出来るようになるまで回復したら、バルギスの最後を話し、その後のことを決めさせようと思っていたのだ。
しかしクーネがエルミスを回復、召喚したために、エルミス消失、治療師から報告を受けたジグラッドは驚愕と共にエルミスの捜索を開始したのだった。
「ジグラッドさんは、私にそのようなことを話してどうして欲しかったのでしょうか・・・?」
「強く生きて欲しかった、って所かな?もし敵を討ちたいというなら、命を投げ出すでしょうね。」
「奴は負の連鎖を終わらせるつもり、とでもいうのか?相変わらず甘い奴め。」
実はネィルの言う通り、もし敵を討ちたいというなら自分を殺させ、それで他の人間は許して欲しい、これ以上は復讐に生きないでほしいと、ジグラッドは考えていることをクーネは知っていた。
「エピローグでそう書いたしね。ネィル正解。」
「何か言ったか?」
小声で言ったことをネィルに聞き返されるが、あえて誤魔化し先に進む。
特に何事も起きず順調に進み、昼前にはトンネルを抜けブロディ北部へと到着していた。
このまま一気に進むかどうか迷ったのだが、情報がちゃんと伝わるならば、ジグラッドには必ず会えるはずだし急ぐことは無いと、三人はゆっくりすることになった。
いつものように宿を取り、部屋でくつろいでいるとネィルが一人で出かけたいと言ってきて、それならばと夜には戻ると約束し、自由行動にすることになり、ネィルは部屋を出て行った。
残された二人は悩んだ結果、一緒に散歩しようとなり揃って宿を出て行く。
クーネにしてみればこの世界の散策も目的の一つではあるし、ほぼ癒えかけてるが傷心のエルミスにとっても気分転換になるかもしれないとのことだった。
ブロディ北部は、居住区画が主な南側と違い、商業区画が主でいろんな店や鍛冶屋などが多いのが特徴である。
二人はいろんな店を見て周り、ついでに野盗を壊滅させた時に『拾って』きたいくつかの道具を売ったりして、少々懐を暖めたりもした。
「いまさらですが、いいのでしょうか?」
「良いとは言わないけど、あのままだったらあの野盗達にいいように使われちゃってた物だし、誰かに拾われちゃうくらいなら私たちが使っちゃっても同じ、って思いましょ?」
そうして余裕の出来た二人は、さらに店を見て周り、気に入ったものを買ったりと楽しい時間を過ごし、休憩も兼ねて酒場で軽食を取っていた。
そこで少し疲れを見せるクーネに
「大丈夫ですか?まだおつらい様なら無理しないでくださいね?」
「え、あぁ大丈夫よ、ありがとう。でも知識としては知っていたけど、いざ体験すると元男としてはあれは焦る・・・というか怖くなったよ。大丈夫なの!?って。
平気だとは思ったんだけど、どうにも怖くて四日も休ませてもらっちゃったよ。寝てるとき、本当に女の人は大変なんだなぁと実感しました、はい。」
「そうですよ、大変なんです。でも私達と違ってクーネさんは毎月のことなのでしょう?本当のクーネさんが生き返るまでは付き合い続けるんですから慣れるしかないですね。」
思わず「うぐっ」と言葉に詰まる。あれが毎月来るのか、と憂鬱になりながら設定で来ないようにしてしまおうか?などと考えもしたが、すぐにそれは生命に対する冒涜だなとギリギリ踏みとどまった。
「エルミスの種族は寿命の関係で間隔長いとかずるいなー。いいもん、またエルミスに甘えるから・・・ってそうだ。」
クーネはリュックの中をごそごそかき回し、小さな箱を取り出すとエルミスの前に差し出し、
「これ、お礼のプレゼント。あの時は本当にありがとう。もしネィルとの二人旅だったら、どうなっていたことか。」
「え、いいえ、いいんですよ!気にしないで下さい。それに・・・。」
エルミスも荷物を入れた袋から目の前にある箱と同じ箱を取り出し、それをクーネの前へと差し出す。
「それを言われるなら、お礼をいうのは私のほうです。回復の見込みのない私を治してくれて、しかもネィルさん・・・いえ、お父様に会わせてくれたクーネさんにはどれだけ感謝しても全然足りないほどです。」
「それこそ気にしないでほしいな。何度も言うけど原因は私なんだから。ネィルはあんな風に言ってくれてるけど、むしろ恨んでくれても良いくらいなんだよ?」
お互いの目の前に同じ箱を置かれた状態で見詰め合う二人。しかしどちらからとも無く口元が緩み、同時に笑いあってしまった。
「あはは、もう気にしない事にしましょう?お互いに助けて助けられた。それで良いんですよ。」
「うふふ、エルミスがそう言うなら私ももうこの話はしないことにするわ。でもまさか、同じところで買ったものがそれぞれのプレゼントになるなんて。」
「本当ですね。もうお互いに中身が分かっちゃっていますし、身に付けていきませんか?」
クーネは頷くと目の前の箱を持ち開けてみる。中に入っていたのは青い宝石が埋め込まれたペンダントだった。
エルミスも目の前の箱を持ち開けてみる。中に入っていたのは赤い宝石が埋め込まれたペンダントだった。
二人がそれぞれ首に下げると、太陽の光を反射させペンダントが輝きを放つ。
「お似合いですよ」
「似合ってるよ。」
同時に褒めあい再び笑いあってしまった。
その様子が一人の男性の目に止まり、その男性はクーネの姿を見ると「えっ!?」と言葉を漏らし駆け寄ってきた。
「いきなり失礼!もしかして、クーネ?ルマー村にいたクーネなのかい!?」
「え!あなたは・・・。」
「僕だよ!カッツだよ、3年前一緒だったカッツだよ!」
カッツと名乗った男性の名前と姿を記憶の中から探し出すと、確かにいた。確かにいたのだが、それと同時に他の記憶も見つけクーネの表情が冷たいものになっていった。
「カッツ・・・?あぁ、思い出したわ。お久しぶりカッツ。3年前、私を捨ててどっかに行ったと思ったらここにきてたのね。もう会う事も無いと思っていたわ。」
その言葉に、再会を喜んでいたカッツの表情が一気に暗くなる。そして一生懸命話しかけるのだが、まったく聞く耳を持ってない様子のクーネが、あまりにもらしくないと思ったエルミス。
「あの、クーネさん、この方は?」
「そうね、とりあえず教えてあげるわ。この人はカッツ・シェコー。3年前までルマー村にいた、私の元彼氏よ。そして村が襲われたときに私を見捨てて逃げた最低な人。」
「だからそれは誤解だって!話を聞いてよ、クーネ!」
なおも話しかけてくるカッツを横目に席を立ち、「帰ろう?」とエルミスを伴い酒場を出る。諦めずに後を追うカッツだったが、
「ついて来ないで!これ以上付きまとうなら衛兵呼ぶから!」
「クーネ・・・。」
はっきりと拒絶され肩を落とすカッツは、その様子を気に留めることもなく立ち去る、クーネの後姿を眺めるのみだった。