16話目
夜が開け、エルミスが木窓を開けるとまぶしい日差しが部屋に差し込み、その光はクーネの顔を照らし出した。
「う・・・ん、ジグ・・・ラッドさ・・・ま?」
「起きたかクーネ?」
「あ、れ・・・、ネィル?それにエルミス・・・?私ジグラッドの部屋に行ったんじゃ・・・?」
朦朧とした意識の中、覚醒させようと頭を振り、部屋を見渡そうとした時に
「お目覚めになりましたか、クーネ様!昨晩はバルギス様とエルミス様の恩人と知らずに大変失礼なことをいたしました!」
「え・・・?あぁ。えっと、あなたは・・・?あれ、もしかして魔王軍諜報部隊の・・・。」
「ご存知でしたか!さすがはクーネ様です!諜報部隊の中で変装を得意とし、潜入、暗殺を主な生業としていたゲルグムと申します!」
徐々にハッキリしてきた意識の中で、目の前にいる男、整った顔立ちに黒い肌、そして細長い耳、ゲルグムと名乗ったダークエルフのことを思い出してみる。
先の魔王と勇者の決戦時は、その活動ゆえに僻地にいたため決戦に駆けつけられず、結果生き残った魔王軍の一人であった。
話を聞いてみると、バルギスが敗れほぼ壊滅状態となった魔王軍の生き残りは、この世界でひっそりと暮らす者、または力をつけ勇者を倒す、あるいは尽きぬ悲願の達成に燃える者など様々であった。
そんな中、ゲルグムは敵討ちに勇者を倒すことを考えるものの、到底実力は及ぶものではないと言うことを自覚していたため、まずは評判を落とそうとジグラッドに成りすまし悪事を働こうとしていたらしい。
手始めにルマー村、そしてそこに向かう途中にある町村や都市を標的とした。ブロディに到着したゲルグムはどんな騒ぎを起こそうかと考えていたところに、ルマー村から来たと言うクーネが部屋を訪れてきたので、この娘を人前で殺害しようと考え、ついでに時間潰しとして遊ぼうとしてた、との事だった。
話を聞き終えたクーネは「ふーん?」と怒りのこもった目でゲルグムを見下ろし、立ち上がろうとしたがそれをネィルが止める。
「まぁ待てクーネよ。今回の件は私にも非がある。ジグラッドを見たときにゲルグムが化けた偽者とすぐわかったのだが、それと同時に目的が知りたくなってな。あえて泳がせていたのだ。
しかし、ちゃんと大事にならぬようにしていたのだが、思った以上に早く事が進んでしまっていてな。助けるのがギリギリになってしまった。すまん。」
「クーネさんの浮かれ具合を楽しんでたくせに・・・。」
エルミスが突っ込むが、ネィルは聞こえてない振りをし、ゲルグムとともに頭を下げた。
天井を見上げ、目を閉じしばらく黙っていたクーネだが
「あーもう!許してあげればいいんでしょ!ネィル、貸し一つね!」
「ならばその貸しをすぐに消してやろう。ゲルグムの能力は知っているのであろう?当ても無くジグラッドの事を探すよりは、こやつを利用して情報を集めさせれば便利だとは思わぬか?」
昨日集めた情報通り、ジグラッドは諸国漫遊の旅に出ている。クーネとしては情報が一番集まるであろう、この世界の中央に位置する大都市『ダイカランド』まで出向き、情報を集めつつジグラッドを探そうとしていた。
だが、諜報分野に長けたゲルグムが情報を集め報告してくれるのならば、ダイカランドに着くころには情報が揃っているかもしれない。それどころか、運がよければダイカランドに着く前に会えるかもしれない。
過度の期待は出来ないが、早く会える確率を上げるために手を尽くすのは悪いことではない。
「そう、ね。ならゲルグムの力を貸してもらおうかな。ただし約束して欲しいの、今のこの世界で殺生は控えて。元魔王軍の人にこんな事言うのは酷かもしれないけど・・・。」
「いいえ、バルギス様から話は伺っております。確かにジグラッドは許せませんが、今のこの世界を楽しんでみたいという事ならば恩と謝罪の意味も込めてクーネ様に従います!」
「もう一つ、『様』はやめて。ネィルからどう聞いてるか分からないけど私はただの村娘、なんだから。」
その一言に思わず噴出すネィルとエルミスだが、クーネに睨まれ二人はそっぽを向く。気を取り直してゲルグムのほうへ向き直り「お願いね?」と一言。
「心得ました!ではクーネ殿、早速情報を集めにいってまいります!バルギス様とエルミス様も、また会えるときを楽しみにしております。」
一礼すると足早に部屋を出て行くゲルグム。
「さて、我らは食事に行くが、クーネはもう少しゆっくりしているが良い。ゲルグムの瞳に見つめられてはまだ少し体がだるいだろう?ついでに何か軽い食べ物を貰ってきてやる。」
「うん、ありがとう。なんかまだ眩暈もするし体調がよくないみたい。もう少し横になっていたいからお願いしちゃうね。」
ネィルは頷きエルミスと部屋を出ようとした時、背後で物音が聞こえ、エルミスが振り返ってみるとジグラッドへの贈り物を抱きしめているクーネの姿。そして微かに、しかしはっきりとエルミスの耳に聞こえた言葉は
「ジグラッド、様・・・、早く、会いたい・・・・。」
だった。
ジグラッドが泊まっている、と言うことになっている宿は朝から繁盛している・・・様に見えた。
勇者様を一目見ようと朝から人々が集まっているのだが、ほとんどが見物人で食堂で食事をしている人は数人しかいなかった為、ネィルたちはすぐに食事へとありつける。
向かい合って食事を取っている二人だが、表情が少々暗いエルミスにネィルが問いかけてみた。
「何か考え事か?」
「あの、ネィルさん、先ほどのクーネさんなのですが・・・。」
「さすがに分かるか。まぁお前が考えている通りだろうよ。あの瞬間は間違いなくクーネそのものだ。」
ジグラッドへの贈り物を抱きしめ呟いてる姿は、かつて村を救ってくれた勇者様に憧れ、思いを寄せる娘の姿。少なくともあの時のしぐさや表情には、乗り移っているはずのセイジの存在が確認できない気がしていたのだ。
「大丈夫、なのでしょうか?」
「知らんな。しばらくは様子を見るしかあるまい。」
「・・・冷たいんですね。」
ネィルを睨むが、本人はまったく気にせず食事を済ませ、主人に部屋で食べられるような軽い食事を注文していた。その姿に睨んでいた目も緩み、食事を済ませネィルへ先に戻ることを伝えると部屋へと向かった。
エルミスが部屋に戻ると、クーネはベッドで横になっていたのだが、目が合うと手招きをされ何事だろうと近づくと、さらに顔を寄せて欲しいと頼まれた。不思議に思いつつも近づけるとクーネも顔を寄せ耳元で、
「あ、あのね、エルミス・・・、教えて・・・。」
泣きそうな声に驚き、続きを囁かれ、「大丈夫ですよ。」とクーネの頭を撫でる。
しばらくすると扉が開きネィルが食事を持って現れ
「クーネよ、食事を持ってきたが・・・。」
「ネィルさん、静かに・・・。」
口に人差し指を当てネィルを見る。その様子に「すまん。」と小声で答え、食事をテーブルの上へそっと置き、ベッドを眺めると、エルミスの手を握った状態で眠っているクーネ。
「ネィルさん、もし問題ないのなら4,5日ほどここに滞在しませんか?」
「それは構わぬが・・・。まさかクーネに何かあったのか!?」
「静かにしてください。クーネさんが起きてしまいます。」
慌てて口を塞ぐネィルに、「いろいろありますから」と一言だけ伝え、それを聞いたネィルは原因を理解するとエルミスに任せ部屋を出て行った。
それから4日後、その日も天気がよく、木窓を開けると目も開けられないくらい眩しい朝日が部屋を埋める。その明るさにエルミスが目覚めると、朝日をバックにクーネが立っており、
「おはよう、エルミス、そしてごめんね。ありがとう。」
「おはようございます、クーネさん。元気になられたようで何よりです。」
お互いに微笑みあい朝の挨拶をする。そんな様子をまだ寝ぼけた表情でネィルは眺め、そして若干不機嫌な感情を込めてクーネたちに問いかける。
「それで、今日は出発するのだな?」
「うん、もう大丈夫、だと思う。ごめんね、ネィル。」
謝られたネィルは「ふん」とそっぽを向いてしまった。
クーネは精神的にかなり参っていたのだが、事情を知ったエルミスは優しく諭し、落ち着くまでは休もうと提案され回復を待ったのだ。
「まったく、そんな理由で寝込むとは!だらしないぞ、クーにぇ!?」
最後まで言い切る直前にエルミスに両手で顔を挟まれ、無理やり顔を見合わせられ
「ネィルさん!ちょっとデリカシーに欠けると思います!ネィルさんだって・・・。」
「いいよ、エルミス。しょうがないよ。」
エルミスの肩に手を置き、首を横に振るクーネ。そしてネィルを見下ろしつつ
「しょうがないからさエルミス、ネィルにその日が来るまでずっとこのままでいさせてあげよう?」
「そうですね、しょうがない、ですね。いつ来るかはわかりませんけど・・・。しょうがない、ですよね、ネィルさん?」
微笑む二人だがネィルは本能的に何かを察し、この時ばかりは二人に逆らわないほうがいいと、黙って頷いた。