硝子のなかのドール
わたしは莉奈のことが好きなのだと思う。
「ねぇ、香織」
「な、何?」
声を聞くと背中が震える。
「今日、元気ない?」
目が合うとどきどきする。
「そんなこと、ないよ」
まさか、あなたのことを考えてました、なんて言えない。
莉奈は、透明な硝子で覆われている。誰も触れない。誰にも渡らない。当然わたし自身も、また然り。
「やっぱり男の子っていうのは、彼女の手作り弁当が食べたいものかな?」
ね、香織。莉奈がわたしを追い越して、恥ずかしそうに振り返る。彼女の長い髪が揺れる。
「それはもう。食べたいでしょ」
そうだよね。呟いて何か考えている莉奈は、とてもかわいい。
「莉奈と樋口君って、本当に美男美女のカップルだよね」
高校の誰もが思っている、一般論を口にする。
「そうかなぁ」
そうなのだ。莉奈には、樋口君というかっこいい彼氏がいる。
「莉奈、樋口君にお弁当、作ってあげなよ」
莉奈は首がガクンとなるくらい、思いきり頷いた。
「香織にお願いがあるの」
「え、どうしようかな」
「お願いします」
焦らしているけど、本当は莉奈の願いならなんでも聞く。
「しょうがないなぁ。いいよ。なんでも言いなさい。香織は優しいからね」
「あのね、料理を教えて欲しいの」
かわいい。ただ思ってしまった。危うく、莉奈に抱き着いてしまうところだった。
でも、それは無理。莉奈は硝子ケースの中だから。わたしの腕は冷たい硝子を打つだけ。
「いいよ。そんなの楽勝だよ」
ありがとうと輝いた瞳で言い、莉奈は笑った。わたしも笑った。樋口君が知らない莉奈を、わたしは知ってる。
太陽が傾く。あと一時間すれば、辺りは真っ暗になるだろう。沈みかけの太陽の光は、昼のそれ以上に力強い。わたしの莉奈への想いと、樋口君のそれ。天秤に載せたら、傾くのはどちらだろう。
「眩しいね」
莉奈が言った。
隣を歩く莉奈を見たら、わたしは動けなくなってしまった。あまりに、眩しくて。
美しい。
美しいだなんて、恥ずかしい言葉だけれど。でも、美しい。
ぼーっと眺めていたら、莉奈を包む硝子の向こうに一羽、色とりどりの揚羽蝶が忍び込んだ。そして、髪飾りのように頭に止まり、莉奈を彩った。
わたしの手が血に染まったっていい。硝子をぶち破り、自らのものにしてしまいたいくらい、莉奈は美しい。
また、揚羽蝶もひどく美しく、ひどく憎らしかった。




