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「やあ、よく来たね、イルザ!」
やや若い貴族の男性が、諸手を上げてふたりを歓迎する。
「こんにちは、ケイルエット様」
「はは、『様』はよしてくれよ。小さいときのように、親愛を込めて『ケイルエット君』と呼んでくれて結構」
「いえ、今はちょっと……」
「だろうね。君も今では立派な奥様だ。それで、そちらの方が?」
「はい、彼女の夫になりました。カインと言う者です」
「おお、君が! 噂はかねがね聞いているよ」
ケイルエットはカインに握手を求める。
「きょ、恐縮です」
「まあ、それなりにやらかしたそうだが、やはり男はそうではなくては。同性として誇らしいよ。君は勇者だ、間違いない。はっはっはっ」
ケイルエットは陽気に笑う。
しかし、すぐに笑みを引っ込めると、イルザに向けて心配の表情を浮かべた。
「それで大丈夫なのかい、イルザ? 婚姻前に、悪い男に当たってしまったと聞いて、とても心配だったんだ」
「いえ、ケイルエット様。それについては、私は大丈夫ですから、お気遣いなく。ただの若気の至りというものでしたから」
「そうかい? 聞いた話では確か相手の誕生日の時に街のケーキ屋で──」
「──あっ、熱ぃ!」
そこで突如、カイルが勢いよく立ち上がるのだった。
「申し訳ないです、服に紅茶をこぼしてしまいました……」
「カイル君、大丈夫かい!? 今、タオルか何か拭く物を持ってくるから待っていてくれ」
そして、その後、イルザの黒歴史についてしつこく尋ねてきたが、何とか話題転換をはかってうやむやにしてしまう。
彼は、イルザの従兄であり、幼少期を彼女と共に過ごしたことがあると言う。
親戚の中でもそれなりに親しい人間であったため、かなり手強かったのだった。
ふたりの帰り際、ケイルエットは最後に何度も念を押してきた。
「イルザ、何か困ったことがあれば、私に言うんだよ。良いね?」
「ありがとうございます」
「カイン君も従妹を頼むよ? どうか幸せにしてやってくれ」
「もちろんです」
彼は、ふたりが馬車に乗り、その背中がまったく見えなくなるまで涙を流してずっと手を振り続けるのだった。
「──イルザあああ、結婚おめでとおおお! カイン君ううう、可愛いイルザを泣かせたら君も泣かすから覚悟しとけよおおお!」
♢
馬車の中で、ふたりは言葉を交わす。
「やけど、本当に大丈夫だったのですか?」
「何度も言うけど平気さ。そこまで大したものじゃない」
「でも……」
「いや、体より心の傷の方が……」
「はい、まあ、確かに……」
それでもイルザは、心配そうに声をかけるのだった。
「無茶はしないでくださいね」
「分かってるさ。ありがとう。君もね」
「はい」
♢
「お、お久しぶりです、シャローテさん」
「あらあら、久しぶりね。店に来たのはいつぶりかしら? あ、ねえ、そう言えば、聞いたわよイルザ。あなた、自分が好きな男に興味を持ってもらおうと社交界の場で――」
「――ああっと! 何故かごろりとした角砂糖がそのまま目にぃ! 目にぃぃっ!」
「きゃああああ!」
「カインさん、お湯! お湯! 洗い流してください、早くっ」
しかし、とっさになったカインは、何かと体を張ることが多かった。
必死ゆえ何故かは、本人にも分からないらしい。