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新婚生活というものはバタバタとしていて、とてもではないが、のんびりしている余裕などない。
結婚後には、すぐさま挨拶まわりに追われることになる。
「お招きいただき感謝します、エーデルワット伯爵」
「いやあ、これはこれは。カイン殿、よく来てくれた。そちらの女性は、君の奥さんかな?」
「はじめまして、妻のイルザと申します」
「おお、これはまた何とも美しい奥さんだ。めでたいな。それに――やったじゃないか、カイン君。とても羨ましいよ」
豪快に笑いながら、カインの背中をバシバシと叩く中年男性。彼は、カインの遠縁に当たる。
ふたりは、苦笑い気味の愛想笑いを浮かべた。
このようなやりとりは、これまでの挨拶まわりで何度も交わしてきたのだった。
「そういえば、君たちは何かと有名だったが……」
「その節は、ご迷惑をおかけしました。でも、もう過去の話ですので」
「そうですね。今は前だけを見て生きています」
「ほう。立派なことだ。見ない間に大人になったな。感心感心」
このやりとりも飽きるほどした。
しかし、露骨に顔に出すわけにはいかない。もう、自分たちは立派な大人の一員なのだ。
言動には責任が伴う。公の場では、感情に任せて行動してはならない。そのことを重々承知の上で生きていかなければないのだった。
「しかし、本当に見違えたなカイン君。何だったかな、噂では確かこの間までは、ひとりの女性をライバルと取り合って、王都の水道橋の上で愛を叫びながら――」
「──あっ、いけません、カインさん」
そこへ突然、タイミング良くイルザが言葉を遮るのだった。
「何か、忘れてはいませんか?」
「あっ、そういえば! すみません、エーデルワット伯爵。忘れていました。どうぞ、これを」
「ん? ああ、これはどうも。……ほう、上等なワインだ」
ワインを眺めて感嘆の声を漏らしているところに、すかさずカインがその贈り物が、一体どのようなものなのか詳しく説明する。
「なるほど、それほどのものなのか……何だか、すまないな」
「いえいえ、今後もどうか変わらぬお付き合いをお願いします」
「ああ、もちろんだとも。で、何の話だったかな?」
「さあ、何でしたか?」
もはや、手慣れたものである。
そして、つつがなくカインの遠縁への挨拶は終わり、明日はイルザの親戚を訪ねなければならない。
「……今日は、助かったよ。ありがとう」
「いえ……どういたしまして。それで、その……明日は、私の昔の話題から話を逸らすお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、いくらでも協力させてもらうよ」
「ありがとうございます、カインさん」
「いや、いいんだイルザさん。こちらこそ助かってるよ」
お互いの精神衛生を保つためにも、協力は必須であった。