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それは、彼らにとって一生記憶に残る結婚式になったのだと思う。
「えっ」
突然、参列者のうちの誰かが、驚きの声を漏らした。
数瞬遅れて、他の者たちもざわめき出す。
イルザとカインは、最初何が起きたのか分からなかったが、直にその様子に気付いた。
新郎のアッシュ。新婦のオーレリア。
現れたふたりの晴れ姿は、実に仰天するものであった。
何故かは分からないが、お互い、この日のために用意されたスーツとドレスをボロボロにしていた。
オーレリアは、事前に整えられているはずの長髪を鬼のように振り乱したまま。
アッシュは、その頬に手形のような赤腫れを張り付けていた。
そして、ふたりしてそっぽを向いている。なんとも剣呑な雰囲気だ。
「「ふん」」
相手に対して怒りを覚えているように見える。まるで喧嘩でもしたかのよう。
アッシュとオーレリアは、そのままのぞんざいな態度で神父の前に立つ。
新郎は、ポケットに手を突っ込んだまま。
新婦は、腕を組んだまま仁王立ち。
ガラが悪すぎる。何だこいつら、と思っているような顔を神父はしていたが、そこはベテランの神父。すぐさま表情を取り繕う。
「ごほん。では、これより式をとりおこなうこととしましょう──」
無心になって神父は滔々と言葉を読み上げるのだった。
「──健やかなる時も病める時も、あなたたちは夫婦であることを誓いますか?」
ふたりは、声を揃えて言う。
「「場合によります」」
「……はい?」
思わず、神父は素っ頓狂な声を上げた。なにせそれは、当初の予定とはまるっきり違う言葉であった。ふたりは決められた言葉を無視したのだ。
何が何やら分からず、神父は困惑する。
「えっ、あの、それはどういう……?」
「私は妻のオーレリアを彼女が浮気しない限り愛します」
「私は夫のアッシュを彼が浮気しない限り愛します」
唐突な宣誓に神父は開いた口が塞がらなかった。
教会内が騒然となる。
そして、すぐにふたりは睨み合う。
「君が最初に、浮気したんじゃないか!」
「いいえ、あなたが最初よ!」
「まだ言うか!」
「あなたこそ!」
一触即発の空気。
取っ組み合いになりそうなところを、すぐさま神父が間に割って入る。
「君たち、やめないか! 今は結婚式の真っ最中だ! ──ちょっ、まっ、おい! 止めろぉ! 頼むから止めてくれえええ!」
ふたりによって揉みくちゃにされる神父。だが、なんとか彼は傷だらけになりながらも仲裁に成功する。
「……後生だから、ふたりとも仲良くしてくれないか」
「「ふん」」
ふたりは鼻を鳴らすのだった。
その後すぐに、式は再開されたが、場の空気は当然のごとく最悪で、とてもではないが祝福など到底出来そうもない。
「ママー、僕これ知ってるよー。確か、マリッジブルーからくる夫婦間の軋轢ってやつだよね」
「そうよ。しっかりと網膜に焼き付けておきなさい。いい? ああなっては駄目よ」
起きてしまったものは仕方ないので、子連れの参列者は、子供への教訓として活かすことに決めたのだった。