10
ゆっくりと会場への扉が開け放たれた。
イルザとカインは、前にいる参列者たちの後へ続くことになる。
「行こうか」
「はい」
ふたりは、背筋を伸ばして堂々と歩く。
周囲に、今の自分たちの姿を見せつけるために、自信を持って。
彼らが指定された席の場所は、思ったより前の方であった。それは、運が悪いことにかなり目立つ位置だ。
振り返れば、後ろには、たくさんの参列者が席についている。
言うなれば、その人たちが、式が終わるまで常に自分たちの姿を見ているということでもある。
それを想像してイルザは背筋が凍る思いだった。
何とか冷静さを保ちながら席につけば、すぐにひそひそと潜めた声が聞こえてくる。
――「え、もしかして」、「あの……まさか」、「嘘!?」――
それを聞いて、イルザは身震いする。
背後から、しきりに浴びせられる幾つもの声が話題にしているのは、やはり自分たちのことについてなのだろう。
待合室で、自分たちの存在に気付かなかった者たちが、ここへ来て驚きの声を上げているのだ。
嫌な思い出がよみがえる。思い出したくなくとも、思い出してしまい、手先の震えが止まらない。
ここでは、挨拶回りの時のように誤魔化す事も出来ない。さすがに式が本格的に始まってしまえば、声も収まるだろうが、それまではこの精神的苦痛に耐え続けなければならないのだった。
辛い。
これは、あまりにも地獄だ。
思わず、イルザが絶望しかけたその時――
そっと。
突然、温かな何かが優しくイルザの手に触れた。
「えっ……?」
驚いて見てみれば、自分の手の上には、カインの手が置かれている。
「大丈夫、俺がついてるよ」
だから何とも無いさ、と小さく微笑む。
気丈に振る舞うカイン。
だが、その顔は見るからに青ざめていた。イルザ同様に彼の手も震えている。
彼もイルザと同じ心境でいる。
けれども、彼は折れる事なく頑張っているのだ。
それならば、イルザは思う。
――負けていられない。
イルザは優しく温かい彼の手を、しっかりと握り返した。
それを驚いた表情で見つめるカイン。
イルザも小さく微笑み、力強い声音で言うのだった。
「はい、頑張りましょう。二人で」
気がつけば、どちらの手の震えもすでに収まっていた。
もう、声も気にならない。
自然と何も怖いとは思わなくなったのだ。
おそらく自分の心がぽかぽかと温かいからだろう。そうに違いない。
だから、その温かさを感じている今なら、何だって出来てしまうような気がする。
イルザとカイン。ふたりは、夫婦として力を合わせる。
そして、まもなくして新郎新婦が現れ――式が始まるのだった。