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短めです。

 ――裏切られた。


 この場にいる誰もが思ったことだ。


「えっと、ごめんなさいアッシュ様。その方、どちら様……?」

「え、ええ、わたくしも初めてお会いしましたわ……」

「ああ、イルザとエリーゼにはまだ紹介して無かったな」


 青年が告げる。


「彼女は、僕の恋人のオーレリアさ」

「「はい?」」


 二人は素っ頓狂な声を上げた。


「一体どういうことなの……」

「アッシュ様! 説明してください!」


 女性二人が詰め寄ろうとすれば、隣から待ったがかけられる。


「そこのレディ達、悪いけど少し落ち着いて欲しいんだ」

「そうだ。ちょっと、待ってくれ……えっ、何これ……本当に何これ?」


 隣には、イルザとエリーゼ同様に困惑している男性が二人いた。


「オーレリア嬢……あの、俺たちとは……その」

「言い方は、少し悪いと思うんだが……僕たちとは遊びだったのか?」


 男性二人が恐る恐る聞けば、オーレリアは舌を出して笑った。


「カイン、ウィル……ごめんなさい、二人共。私は、アッシュを愛してしまったの……だから、あなた達とはお別れ。バイバイ」

「「そ、そんな……」」


 情けない顔で絶望していた。


「納得がいかないわ!」

「そうよ、私たちとのあの時間はウソだったの!?」


 憤る女性二人。

 それに対して、アッシュは申し訳無さそうな表情で答えた。


「ごめんよ、僕はオーレリアを愛してしまったのさ。君たちとは、もうこれっきりにしたいんだ」


 イルザとエリーゼは絶句する。


「ごめんよ、本当に」

「本当に、ごめんなさい」


 二人は深々と頭を下げて謝罪した。


 話があると呼び出され、行けば自分と争っていたライバルがいて、それと謎の異性二人も集まっていた。


 そして、唐突に全員に向けて切り出されたのは、別れの言葉であった。自分を選んでくれた訳ではなく、自分たちが名前も知らない相手――あろうことか他の異性二人が夢中になっていた相手を好きになったのだと言う。


 失恋である。

 この場の四人が同時に失恋したのだった。


 ♢


「もう、落ち着いただろうイルザ。お前には、他家に嫁いでもらう」


 異論は認めない、父は厳しい声音で言うのだった。


「はい、お父様」


 イルザは、それに粛々と従う。本来は、もう少し早くにそうなるはずであった。けれども、彼女がわがままを言ったのだ。


『私は、アッシュ様と結婚します!』


 見事に望みは砕け散った。彼女の気力は、とうに尽きている。


「ど、どうしたんだ……そんなにしおらしくなって……いや、大変結構なことなんだが……」


 父は咳払いすると、話を続けた。


「だが、正直言って相手には、あまり期待出来ない」

「なぜですか?」

「かなり問題がある人物らしい。女にかまけてばかりで碌に家業を手伝うこともしなかったとか……まあ、うん、お前と大差無いか」

「そうですね、私とお似合いですね」


 無機質な声音で相槌を打つ。


「なあ、頼むから自棄にはなってくれるなよ、イルザ?」


 不安に駆られ、父は何度も釘を刺した。


「ふふふ、大丈夫です、お父様……私は冷静です。それと元気ですよ?」

「いや、前よりだいぶ窶れたろうが……ああ、馬鹿な娘だ。だから、あれほど言ったのに」


 イルザを制すことが出来なかった自分を悔いる父。

 それを見てイルザは、深く反省していた。


「ごめんなさい、お父様。私、目が覚めました。間違っていたのは、私の方だったのですね」


 愚かだった。あの時の自分は若かったのだ。

 だから、もう失敗しない。


「お父様が、持ってきて下った縁談、無駄にはしません」


 イルザは身を固める決意をした。


 ♢


「や、やあ……?」

「せ、先日ぶりですね……」


 縁談の相手は、かなり気まずい相手であった。


「えっと、その……カインさんでよろしかったでしょうか?」

「う、うん、それで合っているけれど、君はイルザさんだね?」

「は、はい」


 両者、下を向きっぱなしで、まともに相手の顔を見れない。


 縁談の席を設けて会ってみれば、心臓が止まりそうになる。

 イルザの相手は何を隠そう、あの場で自分同様に失恋した異性二人組の片割れであるカインだったのだ。


「ほ、本日はお日柄も良く……」

「そういえば曇りでしたね、ははは」

「……」

「……」


 会話が続かなかった。


 辛い。前に一度会わなければ良かった。

 イルザは、胃が締め付けられる思いである。


 彼も同じく青い顔をしていた。心なしか、冷や汗を流している。

 紅茶のカップを持つ手が小刻みに震えていた。ついでに、小指が直立している。


 嫌な空気だ。何せ、恋のライバルと取り合っていた相手が、他の異性たちが取り合っていた相手と結ばれてしまったのだから。


 縁談の場に流れる異様までの緊張感は、ただ椅子に座っているだけでも精神力をごりごりと削り取っていく。


 一緒に立ち会ってくれている父が、はらはらと心配そうに見守っている。

 彼に、これ以上の負担はかけたくない。


 何か話題を……そう、必死に思考を巡らせようした時だった。


「あの……イルザさん? 聞いていいかな?」

「な、なんでひょう?」


 噛んだ。舌がもつれてしまった。

 カインは、そのことに気付かず、そのまま話を切り出す。


「ど、どうしてあの彼を好きになったんだい?」


 空気が凍った。



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