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第3話

 この時は大学に合格した事が嬉しくて…兄貴に近づけた事が嬉しくて…こんな日が来るなんて思わなかったのに。


 胸にチクチクと突き刺す痛みが広がり、その写真を見ていられなくなった私は慌ててそれを元の場所に戻した。

 それから、本棚と垂直にある窓際にある兄貴の机にふらりと歩み寄った。学生の頃から使ってるその机は、私の机とは比べ物にならないほどキレイで、兄貴の性格がここでもうかがい知れた。


 ホント、私の机とは比べ物にもなんないわ。

 シールとか落書きとかが全然ないし。傷だってほとんどない…何、この滑らかな手触りは。


 机の表面を指でなぞり、私が滑らかな木の感触を確かめていた時。

 

 その机の本立てに並んである、一冊の本の背表紙に目が釘付けになった。

 一冊だけ妙に古ぼけた…と云うか、ボロボロのその本。



 何でこんな本を兄貴が持ってんだろう…。


 私は訝しげに思いながらその本を手にとって見た。

 国語辞典ぐらいの大きさのその本は、想像よりはるかに軽くて私はその意外さに驚いた。



 ゲッ、すっごい軽い!何でこんなに太いのにこんな軽いの?



 背表紙と同様、表紙もズタボロのその本をしげしげと見つめる。

 ファンタジー映画とかでよく見かける魔法の本のような、いい感じに古ぼけたその薄汚れた茶色の本は、

訳のわからない文字が書いてあり、やはりいい感じに怪しい雰囲気を醸し出していた。


 うわぁ~、いかにもって感じの本だなぁ。ホント、何で兄貴がこんな怪しい本なんか持ってんだろ。

どこで手に入れたんだろうなぁ。


 兄貴の持っている本はほとんど仕事で使う本ばかりだった。プロファイリングや過去にあった事件を扱ったノンフィクションもの、小説もたまには読むがそれはすべて推理小説やミステリーだった。これも、こんな古くっさくてボロいけど、何か事件や仕事に関係したものなんだろうか。


 私は何気なくその本の表紙を捲ってみた。

 2,3ページ捲った後、綺麗に色づけされた、羽を広げた天使のようなものが描かれた絵のページが出てきた。



 う…こりゃ絶対、事件とか仕事には関係ないな。

 しかし、これキレイな絵だよねぇ。

 表紙はめちゃくちゃオンボロなのに、この絵は何だか凄く新しい感じ。

 色も全然褪せてないし……本当にキレイ。



 星空に浮かぶ月を背に、一人の天使が羽を広げ空を飛んでるその絵は、よく見ると……


 あれ?これ、天使?

 羽が黒いじゃん…しかし、すっごい男前。


 黒髪を肩までのばし、切れ上がった鋭い目は…血のような赤い眼をしていた。

 全身黒ずくめのその人物は、天使と云うよりは……


 これ、悪魔…かな?

 き、綺麗だけど…何か怖くなってきたかも。


 オカルトやホラー関係全般が全くダメな私は、背中に悪寒を感じ慌ててその本を閉じた。

 こんな絵だけで怖くて震えて胸をドキドキさせてる自分に少し嫌気がさしてきて、私は深い溜め息を吐いた。


 こんなんで、私、警察官になれるのかな?

 後4ヶ月の実技研修が終わったら、晴れて本物の警察官になるって言うのに。


 そう、私は、この実技研修が終わったら都内のいずれかの警察署で警察官として働く事が決まっていた。

兄貴の影響をモロに受けていた私は、自分も警察官になって兄貴と一緒の職場で働きたいとずっと願っていた。

 だから、剣道も小さい頃から習って強くなったし、合気道もそれと同時に習ってみたりもした。高校の成績は中の上だったけど、頑張って勉強して、T大とまではいかないが、都内の有名私立大の法学部に合格し、ぎりぎりだったけど無事卒業も出来た。


 警視庁の採用試験もたぶん兄貴の七光りがあったおかげなんだと思うけど合格でき、兄貴と同じ職場…とはいかないが、兄貴に一歩でも近づけたと自分ではよくやったと褒めてやりたいほど今まで自分なりにがんばってきた。



けど……。



 もしかして、それが兄貴にとって邪魔だったのかな?

 いつも兄貴の後ろを金魚の糞のようにくっついていって、ウザかったのかも。

 おまけに実の妹に男として好かれて、気持ち悪かったかもしれない。

 だから、同じ職場で働くのヤになったのかな?

 私、そんなに嫌われちゃったかな……そしたら、私―――



「もう、ここにいるのイヤかも。生きていけないよぉ」



 思わず呟いたその一言と共に、ポロリと大粒の涙が頬を伝い、ボロボロの古ぼけた本の上へと落ちた。


 その本へ落ちた雫はじんわりとそこへ染み込み、その本へ濃い茶色のシミを作りだした。そのシミが三つ、五つと増え「うぅ…」と私が嗚咽を洩らし、本格的に泣き出そうとしたその時。


 両手で顔を覆ってた私は、何故か目の裏に眩い光を感じ、驚いて目を開けた。

 それを見てさらに驚愕した私だったが、あまりの眩しさに目は開けられず慌てて目を閉じた。



 ななな、何で本が光ってんの?

 て、めちゃくちゃ眩しいんですけどーーーっ!!!



 出ていた涙も引っ込むぐらい驚いた私は、両手で顔を庇い、その光から顔を背けた。

 それでもその本が気になった私は、覆ってた両手の指の隙間から薄目でその本の動きを見つめた。

 

 すると、身体がポカポカとなるぐらいの熱と光を放っているその本の表紙が勝手に捲りあがり、さっき私が見ていたあの、おっとこ前の悪魔のページで止まった。



 げげっ!何でそのページで止まる!こ、怖いじゃん!

 ほら、睨んでるよ~真っ赤な目で…て、えっ!?



 私が冷や汗タラリでおっとこ前の悪魔を見てると、その悪魔の目がニヤッと笑ったような気が…じゃなくて、ホントに笑ってるし~~!!



 うひゃ~だかぎゃ~だか訳のわからない悲鳴を上げた私は、大慌てて後ずさる。

 けれど足が縺れてその後ずさったまま、後ろへ物凄い音を立てて尻餅をついてしまった。けっこうな勢いで床にお尻を打ちつけたが、そんな痛さに構ってられないほど、私はパニックで頭がどうにかなりそうだった。


 そんな私に追い討ちをかけるように、何とその本からその悪魔の手がニョキッと出てきたのだ。


 スローモーションのような動きでその光景を呆然と見ていた私だったけど、その手が本に手をかけ中からあの悪魔が出てくる気配を感じてハッとなって我に返った。


 もう私は声にならない悲鳴を上げてその本に背中を向けると、這うようにしてその部屋を出ようと試みた。



 怖い、怖い、こわいよ~!

 誰か、助けて!殺される!食べられる!

 あ、兄貴、助けてーー!!



 恥も外聞もかなぐり捨てて、私は必死に兄貴に向って、届くはずの無い助けを求める声を心の中で叫び続けた。

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