第5話 対峙
『反世界』は、昼夜を問わず一定の明るさを保っている。
空に浮かぶ灰色の光源から光が降り注ぎ、ほどよく明るい状態にしているのだ。
故に、荒斬山から全力で下りてくるカラフルな人影も、よく目立っていた。
「ふぅっ。商店、街、まで、来たぞっ!」
川の両側に様々な店が立ち並ぶ通りへ到着し、呼吸を荒げた竜斗は走る速度を落とす。
『よこしま商店街』。
これが、与孤島町の中心とも言える商店街の名である。
荒斬山を伝った水はすべて、ちょうど石階段の出発点辺りで収束する。そこから町を切り裂く形で流れるのが与孤島川で、その始め数十メートルという距離を、商店街が挟んでいる。
ここには衣類や食料の小売店、飲食店、娯楽施設などジャンル豊かな店が軒を連ね、町民の生活の基盤を支えているのだ。
東と西、両区の川沿いはいつでも活気に満ちているものだが、当然、造られた町には他の生き物の気配などない。
「おぉう、ちょっと、不気味だな」
息を整えつつ、小走りで商店街を進んでいく竜斗。
彼の背中を追い越し、妖精は先へと飛び急ぐ。
「こっち! 町の真ん中あたりにいるよ!」
流石に疲弊していた竜斗だったが、その声に引きづられるようにして追いかける。
周囲の景観が、華やかな建物の集まりから、のどかで自然豊かな町並みに移り変わってきた頃。
「近付いてきた……」
「!」
竜斗は代わり映えしないモノクロの視界の中に、違う色彩を認めた気がした。
「あそこかっ?」
思わず目を凝らす。
2人は川に掛けられてある橋のうちの一つまで駆け寄り、その欄干に申し訳程度に身を潜めた。
こっそり様子を窺っていると、西区方面から乱れたスーツ姿の男性が、ふらふらと覚束ない足取りで歩いてきた。
「……なんじゃありゃあ」
彼の人物の形相は、酷い有り様だった。
焦点の合っていない眼球を忙しなく動かし、口は半開きで唾液を垂れ流しにしている。耳を澄ませば呻き声も聞こえてきた。
「何? スキルホルダーってみんなあんな風に気持ち悪くなるの?」
「まっさかぁ。今回が特殊なだけだよ。あの人のスキルは『戦闘中毒』で、異様なほどに戦いを求めるようになる能力だよ」
「俺にはゾンビにしか見えねぇ……」
一般人とはかけ離れた風貌のサラリーマンに、同情すら抱く竜斗。
「あれも暴走してなかったらもう少しまともなんだけどね」
「暴走? それは、スキルを制御できてないってことか?」
「正解。リュウトが相手にするのは戦闘系スキルっていう分類のスキルホルダー達なんだけど、大体はスキルの持つ「気」……いわゆる波動にあてられちゃって、暴走するの」
波動と聞いた竜斗は意味もなくウズウズするが、妖精は気付かずに話し続ける。
「暴走を止めないと、波動に阻まれて私達もスキルが回収できない。だから、同じ戦闘系スキルを保有する、暴走してないスキルホルダーに倒してもらうわけ」
「なるほど、了解了解……!」
竜斗はニヤリと笑む。
事情も大方飲み込んだ彼の興味は、すぐに目の前の戦闘に移っていたのだった。
「異能力者との戦闘は俺に任せろ!」
「ちょ、何してんの!?」
人が突然勇ましく立ち上がれば、当然周りにいる者の視界に収まる。
「何っ!?」
例に漏れずサラリーマンも目を丸くして、謎の少年の登場に怯む。
姿を隠していた甲斐があったとばかりに、竜斗の笑みはさらに深まった。
「ククク、ひれ伏せ蛮人よ。この俺が貴様を成敗してくれる! さぁ妖精。俺にスキルの発動方法を教え――」
敵前で余裕綽々の態度を取った、その時。
「人だぁひゃっはぁああぁあぁああっ!」
「は!?」
サラリーマンが一瞬で我に返り、襲い来る。
「だから言ったのにぃい! 相手は『戦闘中毒』! そこに人間がいたら、何よりもまず先に戦いを求めてくるに決まってんでしょーっ!?」
妖精が頭を抱えるも、時既に遅し。
彼女がスキル発動のハウツーを伝授する暇など、なかった。
「嘘だろぉおおぉお!?」
打って変わって悲痛な表情を浮かべる竜斗だが、サラリーマンに容赦しようとする気はない。
振りかぶられた拳は、常人の遥か上をいく速度で標的の顔面を捉え──
「させるかッ!」
──ずに、軽く添えられた竜斗の右手の甲に、するりと力を流された。
「「!?」」
反撃は続く。
体勢を崩したサラリーマンの脇腹へと吸い込まれていく、右膝。
「ッらぁ!」
意識外からの衝撃に加え、人体の柔らかい部分への一撃は、相手を身悶えさせるに充分過ぎた。
「ぐふ……!」
「す、すごい……」
スキル未発動者が、スキルホルダーに一泡吹かせる。
前例のない事態に、妖精はただ感嘆するばかりだ。
「フッ、舐めるなよ……」
(まさか……本当に!?)
その威厳に満ちた響きに、彼女は竜斗を歴戦の闘士であるかのように錯覚する。
(俺が──)
件の人物はサラリーマンから距離を取りつつ、微笑む。
あれほどまでに卓越した技能の正体。それは、
「──俺がどれだけ戦闘モノのシチュエーションを妄想してきたと思っているッ!?」
彼の性癖による、趣味の延長線上だった。




