第4話 スキル
一面、灰一色。
目覚めた俺が最初に感じたのが、そんな山の中の景色だった。
「は……? なんだ、これ……!?」
場所自体は変わっていなかった。祠があり、それを中心にぐるりと木が囲んでいるだけの空間。
だがその色が、全て灰色に染まっていたのだった。
「『次元転移』。その名の通り、次元の間を移動するスキルだよ」
俺は踵を返して、ここへと通じていた獣道を戻る。
灰色に閉ざされた森を抜けた先にある、荒斬山からの見慣れた景色も、やはり見慣れぬ灰色の町並になっていた。
「……じゃあ今俺達がいるのは、違う次元の――平行世界の与孤島町ってことなのか?」
「おぉ~っ、よくそんな言葉を知ってるね。確かに平行世界って言い方でほぼ正解だけど、ここはちょっと特別なの」
後をついてきた妖精が、町を眺める俺の横に並ぶ。
「名前は『反世界』。次元と次元の狭間に反物質で造り上げた、もう一つの与孤島町だよ」
「は、反物質!?」
おいおいそんなにロマン溢れる物質でできているのかよ!
目を輝かせた俺に気付いたのか、妖精は得意げな顔でぴんと人差し指を立てる。
「人間界で定義されてる反物質とは微妙に違いがあるんだけどね。座標が反転されてるだけで、厳密に言えば反物質とは異なるの。ま、『反世界』はニセモノの空間だから、どれだけ派手に戦っても大丈夫ってとこは押さえといて」
ふむ、つまりはご都合主義の結界みたいなところだな。便利なものだ。
……ん?
「え、ちょっと待て。「戦っても」って……今から戦闘があるってことか!? マジで!? すげええええ!」
「まぁそうなんだけど……~っ、あーもういちいち興奮しないでくれるかな!? めんどくさい性格だねリュウトは!」
「ほっとけ!」
仕方ないだろ! スキルって聞いてまさかとは思っていたが、実際にあるとなるとテンション上がっちまうわ!
「気分切り替えないと置いてくからねっ」
「あっ、ちょ、どこ行くんだよ!」
妖精はいきなり鳥居の方へ駆け出し(足が地面についていないからこの言い方はおかしいが)、石階段を下り始めた。思わず俺も追いかける。
「これから、スキルホルダーに接触するよ」
「早速!?」
「うん。だから走って走って!」
そうと分かれば本気を出そう。
俺達は荒斬神社を後にして、まだ見ぬスキルホルダーの元へと向かうのだった。
「……スキルってのはね、本来人間が持ってちゃいけないものなの」
足こそ止めなかったものの、唐突な衝撃の事実に俺は口が半開きになった。
「嘘、だろ……?」
「なんであんたがショック受けるのよ……。元々、妖精が地球上の仕事で使うために生み出されたのがスキルなんだから。まぁ、暇を持て余した神様のお遊びって一面もあるんだけど」
おふざけの能力も創られているわけか。何それ気になる。
「で、スキルは王女様を中心とした妖精が管理して守ってたんだけど、とある事情のせいでそのほとんどが世界中にばら撒かれちゃったのよ」
能力がばら撒かれるっていう表現に疑問を感じかけたが、なるほどスキルは魔力のような扱いか。
となるとこの世界のスキルは、レベルアップで習得、もしくは他人からの伝承はできない。「個」として存在している唯一無二の力なんだな。
まさかゲームの知識が現実で役に立つとは……これだから二次元は侮れん。
「スキルはそれぞれ1個ずつ、老若男女関係なしにいろんな人間へと飛んでいって、本人達も知らぬ間に保有しちゃってるわけ」
「じゃあ、他の人はまだスキルの存在に……」
頷く妖精。
「だから誰にも気付かれないうちに早くスキルを回収しようってのが、私達妖精と、リュウトのようにお手伝いを頼まれている者の使命なの」
「へぇ。大体は理解した」
お手伝いか。救世主とか勇者とかの方がカッコいいんだけど。
「スキルは持ってる自覚はないけど、何らかのはずみで発動されちゃう時があるから。……そうなったら、混乱が起きるのは想像にかたくないよね?」
「……むぅ」
「だから、君の元に舞い降りた。どう? スキル回収を手伝ってくれないかな?」
妖精の声音は、大分強張っていた。
フランクで陽気な性格っぽいこいつがここまで言うくらいだから、事態は深刻なのだと窺える。
(混乱ねぇ)
俺は内心昂るって感じだけど、世界の平和を守るっていうのも、まぁ結構カッコいいじゃねぇか。
しかもこの回収活動を手伝っていれば、否が応でもスキルに関わることができる! 夢みたいな生活ではなかろうか!?
「いいぜ。俺も微力ながら頑張らせていただきますわ!」
「ほんと!? ふふっ。頼む相手が君で良かった」
えぇと、それは俺が元中二病だからか? 簡単にノってくれる単細胞だと思ったからか?
どちらにせよ当たりなのが痛いところだ。
「お手伝いさんの仕事は主に戦うことだからね。そういうのに興味ある人じゃないと」
……ん?
「あの、えっと、今何と?」
「へ? だからスキルとかに興味が持てない人は大抵断るんだよ」
「いやそっちじゃない。その前」
非現実的な話だ。
けれど俺が心の奥底でずっと期待していた展開で、最も喜ばしい展開。
それは、果たして――
「あー。うん、リュウトには戦闘をしてもらうよ。だってスキルホルダーだもん」
――現実となった。
「言ってなかったっけ。リュウトもちゃんとスキル持ってるんだか――」
「生きてて良かったぁああああーーーッ!!」
「ひぇっ!?」
感涙とは、まさにこのことかッ!
「なぁ、どんなスキルなんだ!? 戦闘するってことはやっぱり武器や体術、魔法を使ったりするんだよな!? な!?」
「しつこっ! 嫌! うざい!」
む、心外な。
ここは、俺のとある幼馴染が崇拝している人物の一言を紹介せねば。
「『人間が動物と違う点は、たった1つである。知的好奇心があるかないかだけだ』……これはかの有名なエロゲーマーがパンチラにおける情熱を一般人に説く時に言い放った格言でな。俺はエロゲなんてしないが、この台詞だけは妙に脳裏に残って――」
「今その話関係なくない!?」
「つまりだな。知りたいものを知ろうとするのは、人間の本能だ!」
「この男自分のしつこさを人類のせいにしてる!」
ちなみにこの格言の直後、論争相手の一般人に「動物と同じ、性欲による行動じゃないか」と論破されたのだが。
それはともかくとして、俺は何を言われようとも、己の内に秘められしスキルの概要が知りたくてたまらないのだ。
「はぁ……。まぁ元から教えるつもりだったから良いけどさ」
「おおっ!」
「リュウトのスキル名は『武器召喚』。あらゆる武器をその手に召喚することができるスキルだよ」
何、だと……!?
「超カッコいいじゃねぇか!! あらゆる武器!? えっ強くね!? それなんてチート!?」
「えぇいうるさい!」
「いて」
後頭部に回し蹴りを喰らう俺。無論、そんな小さな足でダメージはなかった。
「そんなに気になるんだったら、もっと速く下山してみなさい。そしたら実戦と共に私から――」
「ぃよっしゃああああああああ!」
「速っ!? ちょっ、話ぐらい最後まで聞きなさ~いっ!」
頬に感じる風がより一層強くなる。
人並み以上の体力と異常に慣れたこの山道ならば、俺はかなりのスピードを出すことができるのだ!
俺のスキルは『武器召喚』。なら、実戦でどんな武器を召喚するかを今のうちに妄想しておかねばな!
最初はやはり手始めにアレを喚ぶか。まずは手頃なものから試さないといけないだろう。
(あああああ~っ、楽しみだ!)
きっと俺はこの瞬間、とても獰猛な笑みに切り替わっただろう。
「っしゃあ行くぜぇえええ、待ってろよスキルホルダァアアアーーー!」
「ちょ、まだ速くなるのー!?」
俺はアドレナリンをぶっ放しながら、さらにスピードを上げていくのだった。




