第3話 世界の裏側
「全ての始まりは、神様からなの」
ふわふわと宙に浮かぶ妖精は、厳かな雰囲気でそう切り出した。
「この世のあらゆる時間軸、次元、空間を創り出し、万物の礎を築いた存在……。妖精やこの星もその方達によって創られたものなんだよ」
「へぇ、神は実在してたんだな」
それに口ぶりからすると、多神教が当てはまるのか。
「そして一番最初に形成された生態系から、ヒトがここまで繁栄してきたってことね」
すると妖精は、突然祠の赤い屋根に降り立って仁王立ちした。
「しかーし! 発展の陰に妖精あり! 実はこの星は、私達が管理してきたのだっ!」
「管理ぃ? 妖精が?」
「そう! そもそも妖精とは、神様の代わりに地球上の仕事をするために生まれたんだから」
「あ~、つまり役割的には「天使」って言った方が近いのか」
いきなり自慢げになった目の前のこの娘には、あまりそんなイメージは湧かないけど。
だが具体的には何をやるんだろうか。
「管理ってのは、ざっくり言うと世界中の元素のバランスを調整して、自然やものの質量を操作する仕事だね。山や森、海を構築して流れを作る。こうやって地球は育ってきたのさ~」
「……想像以上に壮大なスケールでお送りされてました」
何? 質量とか自然とかって作るもんなの? そんなお手軽なパッチワークみたいなもんなの?
フワフワ飛んで遊び暮らしている種族だと思っていましたすみません。
「つーことは、人数も相当いるのか?」
「まぁね。いろんなところに散らばってて、世界人口と同じくらいはいるんじゃないかな」
「Oh……」
この地球のどこにそれほどの妖精がいたんだよ……。
すると妖精が、仰々しく咳払いをしてから語り出す。
「そして私達妖精には、リーダーとなるお方がいます。それが王女様!」
「リーダーか。すげぇ人なのか?」
「もっちろん! 高い魔力と類まれな頭脳を持ち、他の妖精全員に指示を出してるすごいお方なんだよ! おまけに美しいし人を惹きつける力もあって、実際は王国なんてないのに王女様って呼ばれてるのも、そのカリスマ性があってこそなんだ!」
「やけにテンション上がったな……」
妖精はまるで自分のことのように誇らしげに話すが、それだけ彼女を慕っているということだろう。きっと良い人なんだろうな、王女さん。
「神様からの評価も一番高いし、妖精社会のトップに君臨して数々の重要な任務に就いてらっしゃる、私達妖精の鑑なんだから! あぁ、おーじょさま~……!」
「おーい帰ってこーい」
あまりの心酔っぷりにどこか別の世界にトリップしそうだ。好きなのは分かったからしっかりしてくれ。
「要するに、直接的な仕事をしてたのは妖精だったってこと。神様はひたすら傍観に徹するんだ」
「ふーん」
まぁ、よくある設定ではあるな。
俺達が人知れず支配されていたって聞くと少し恐ろしい話だが、信じられなくはない。なんせこの手のストーリーは散々二次元で経験しているからな!
「さて、そろそろ本題に入っていくよ。神様は、時空や元素以外に『魔力』という力をお創りになったんだ」
その単語を聞き、俺は間髪入れずに反応。
「魔力!? 人や動物に秘められし不可視のエネルギーで、魔法や魔術を使う為の根源的な力となる、あの魔力か!?」
「……まだ魔法の存在すら説明してないのに把握してるのはビックリなんだけど……。まぁ合ってるよ」
ありきたりでベタ過ぎる感は否めないが、即座に口をついた魔力の解説が偶然にも当たったようだ。
フッ、やはり俺は世界の真理に近しい人間だったということか……!
「おっと。これでは中二病最盛期の頃に戻ってしまう」
いつの間にか、開いた手を顔の前にかざすあのカッコいいポーズを決めていた。落ち着け俺。
「……え~……と、良いかな?」
「あ、はい、どうぞ」
ジト目の視線に晒され、萎縮せざるを得ない俺。
妖精は空気を戻して、再び喋り始めた。
「君の言った通りの概要である魔力だけど、その使いどころというか、存在理由ってのがちゃんとあってね。神様がお創りになった、とある特殊能力のためのものなんだ」
「特殊、能力……」
その響きに、俺の口角は自然と上がっていた。
今も昔も渇望していた非現実の代名詞に、ワクワクしないはずがない。俺は期待して次の言葉を待つ。
「特殊能力の総称は――『スキル』。そしてそれを保有する人間のことを、『スキルホルダー』と呼ぶ」
「……!」
これまた、中二心をくすぐるネーミングセンスしやがって……!
意味もなく叫びたくなる衝動を抑え込む。変人っぽいけど気にしない。
「あれ? 保有する「人間」? じゃあスキルを持つ妖精はなんて呼ばれてんだ?」
「えっとぉ、その辺の事情はね~……」
話しにくい内容でもあるのか、困り顔でもごもごと言い出した妖精。
脳内でのスキルの妄想が暴走する前に、早く教えて欲しいものだがな。
と、その時だった。
「――!」
妖精が、突然息を呑んだ。
「ど、どうした?」
「うそ、こんな早く……!? いや、でもこれは……良いと言うべきか、悪いと言うべきか……」
明らかに何らかの異常を感じた時のリアクションだ。急に真面目な表情になり、少しだけ不安になる。
彼女は俯いてしばらくブツブツと呟くと、こちらを振り向いた。
「君、名前は?」
「え? 竜斗。白木竜斗だけど」
「リュウト。実は今マズいことが起きたから、先にスキルを使わせてもらうね」
「ちょ、おい」
すると妖精は祠の屋根からぴょんと飛び降り、屈みこんで地面にその小さな手をついた。
目を閉じ、かなり集中した様子だ。どことなく空気も変わった気がする。
「!」
と、妖精の身体から光が溢れ出る。
「──『次元転移』!」
「なっ──!」
記念すべき第1回目のスキルは、俺の意識を奪っていく不思議な光の奔流だった。




