第37話 それが火種とは知らずに
「はっ──!?」
呼吸が止まった。
クラスメイトという身近な存在であり、物静かな性格の進藤理奈。そんな彼女がスキルを保有しているとは、竜斗には到底考えられなかった。
自然と彼の両目は、同じ列の前にいる理奈に向けられた。先程の体勢から微動だにせず、彼女は何事も無かったかのようにただ教室の外へ目を向けるのみ。
自宅で火事が起こったというのに、何故学校に来られているのだろうか。彼女の家族はどうしているのだろうか。突然起こった不可解な現象を不審に思わないのだろうか。何故いつも通り平然としているのだろうか──。
いくつもの疑問が湧いたが、今はそれらを解明できない、と意識の外に追いやる。
「学校に来たのも、彼女と接触して説明するためだったの。リュウトの方から、話す時間を作ってもらえるように頼んでくれない?」
「あ、ああ」
本人から聞きたい疑問もあったが、最も心がかりなのは、理奈が戦ってくれるかどうかだった。
女子、しかも争い事とは無縁そうな理奈。死の危険に身を晒せと頼んで、承諾してくれる光景など想像できなかった。
「では私達は、町内に反王女派の波動を持つ者がいないか探してきます。放課後にまたここへ戻ってきますので、彼女を引き止めておいてください。それでは、また後で」
コルトは、苦い表情の竜斗にそう告げると、フェアルと一緒に教室から出ていく。
机に突っ伏す竜斗は、その体勢のまま溜め息を吐いた。
学校の廊下を飛翔する2人の妖精。その一方の、緑色の髪を揺らす少女は、ひどく思い詰めていた。
(今回の件は、すごく驚いた。でもそれはリナ自身じゃない)
スキルホルダーに性別・年齢・性格などは関係なく、どんな人間でもなりうる。理奈がスキルを使っていても、妖精は不思議に思ったりしないのだ。
(驚いたのは、リュウトの方)
フェアルは別の件について考えていた。
(なんであいつは、前からリナのことを気にしてたんだろう。恋愛感情があって気にかけてたんなら、からかえるし別にいい。でも本人が言うように、本当に違和感を抱いてるだけだったなら──)
浮かんでいるのは、一つの仮説。
(リュウトは、ずっとスキルの波動を感じ取っていた──?)
暫し考えるが、思い直す。
(……いや、考えすぎだよね! 発動される前のスキルを特定するなんて前代未聞だし、そもそも人間に波動は感知できないよ)
自分の妄想を全力で否定したが、フェアルは腑に落ちていない様子で、校内の階段の途中で立ち止まった。
「…………」
「フェアル? どうしましたか?」
「あ、いや。何でもないよ」
浮かない様子の彼女に、コルトが階下から声をかける。
それに反応して再び飛び始めたが、釈然としない表情だった。
「し、進藤?」
竜斗はフェアル達と別れた後、すぐ理奈の元へ行き約束を取り付けようとしていた。
彼女とは会話自体した記憶がなかったため、こちらから話すのは竜斗にとって難易度が高めで、声がやや震えていた。
緊張の中、理奈はゆっくりと振り返った。
「……何?」
短く発せられた透き通るような声。竜斗を刺す凍りつくような視線。これらが、理奈をクールと言わしめる要素であった。
一瞬その雰囲気に気圧されそうになるも、竜斗はすぐに用件を口にした。
「突然で悪いんだけどさ、ちょっと重要な話があるから放課後に残ってくれないか? この教室に」
「……ええ」
少し間を置いてから、理奈は小さく頷いた。
予想以上に冷たい態度だったので、罵詈雑言を浴びせられた上に断られるかもしれないと危惧していたが、杞憂に終わった。
竜斗は「今はそれだけ」と早々に話を切り上げ、教室を出た。変な緊張感と周囲の視線から、早く解放されたかったのである。竜斗はぐったりと廊下の壁に寄りかかった。
理奈は話が終わるや否や、また外の風景を眺め出す。
クールな性格の彼女を説得するのは、いろんな意味で大変そうだと思う竜斗であった。




