第36話 意外な人物
コルトと校舎の中へ入った竜斗は、廊下を歩いていた。
(とりあえず教室にいれば良いって言ってたけど……俺のクラスで何かが?)
竜斗は少し不安になったが、どうせすぐ分かると気持ちを切り替え、2-B教室のドアを開けた。
教室内の様子はいつもと変わらない。
仲の良い友達同士が集まって談笑していたり、読書に興じていたり、勉強をしている者もいる。特にこれといった変化はない。日常の光景だ。
クラスメイトに適当な挨拶をしながら、竜斗は自分の席へ向かう。
「……あ」
その時、同じ列にいる理奈が視界に入った。今日は、ただ静かに窓の外を眺めているだけである。
またも竜斗は気にかかってしまう。が、今はそれどころじゃないと無理矢理意識を逸らした。
席につき、鞄の中身を机に出そうとすると、机の中から少女の首が出てくる。
「うお」
にゅっ、と突如出現した小さな頭に竜斗は目を丸くしたが、すぐにその目を細める。
「……いい加減慣れてきたわ」
「ですよねー」
呆れたような竜斗の声を聞いてフェアルは苦笑いすると、這い出てきて机の上に座った。それに合わせてコルトも腰を下ろす。
竜斗も突っ伏して口元を隠し、目だけを露出させる体勢になった。
幸い周りの席には誰も座っていなかったので、この状態ならば小声でだが会話ができる。
「さて。3人揃ったことですし、リュウトに事の経緯を説明しましょうか」
フェアルは頷くと、徐に話し出した。
「リュウトは、昨日の夜中に何があったか知ってたりする?」
「え? 何がって……。あ、火事があったとは奏介から聞いたけど」
フェアルはコルトと目を合わせて頷く。
「実はあの火事、スキルホルダーによって引き起こされたものなの」
「なっ!?」
驚きのあまり、思わず立ち上がってしまった。
「……あ」
だが当然、周囲からは奇異の眼差しが向けられ、教室内には気まずい沈黙が降りた。
「……ゴホン」
恥ずかしさから赤面しつつも、竜斗は咳払いした。
数人が竜斗を横目にヒソヒソと話をする。古典の授業中に前科を持つ彼は、下手に動かず無視に徹する。
竜斗は着席すると、目も出さず完全に顔を伏せてしまった。
「ぷくくっ」
「笑うなっ! 次話せ次!」
体勢を元に戻して説明を催促すると、フェアルは笑いを堪えながらも話を続行させた。
「まぁ、当然だよね。スキルが使われて、事故も発生しちゃったんだもん」
「戦闘系スキルだったのですが、被害は本人の自宅のみで済みました」
「いやいやいや! なんでのほほんとしちゃってんの!? スキルが暴走したからそうなったんだろ? 俺何もしてなかったけど、そのスキルホルダーはどうなったんだ!?」
小声でだが、2人に捲し立てる竜斗。
彼の疑問は尤もなものだった。
戦闘系スキルホルダーを無力化させるための存在なのに、スキル発動時に自分は何もしていなかった。だが何故、妖精達は落ち着いているのだろうか。
それにはコルトが答える。
「今回は少し違います。そのスキルホルダーは暴走していなかったのです」
「え、そんな人が?」
「はい。スキルの波動に耐性がある人は暴走しにくいのです。リュウトなど、お手伝いをされている方々にはもれなく耐性があります。自らの力に自惚れると破壊衝動に駆られてしまいますがね」
「昨日の火事は、何かの拍子に最初の1回だけ発動されちゃったけど、その人の高い波動耐性のおかげで能力を鎮めることができたらしいんだ」
「だからその時、俺達が動かなくても被害が小さかったわけだな」
竜斗は疑問が氷解し、納得した様子を見せた。
「で、問題はここからなんだ」
「?」
フェアルとコルトが真剣な面持ちになる。
「暴走しないスキルホルダーっていうのは、スキルを使いこなせるってことと同じ意味なの。つまり自我を保ったまま、力を制御して戦える」
「ん? と、ということは……」
「そう。上手く頼めば、スキルを回収する戦いに参加してくれるかもしれないの」
「マジか!」
竜斗は、腕の中で密かに喜んだ。
スキルホルダー同士の戦闘は厳しく、絶対に勝てるという保証はない。加勢してくれる人がいるならば欲しいものだ。
コルトが担当している他校の少年もいるが、多いに越したことはない。そのスキルホルダーに期待が膨らむのも当然だった。
「火事も大したことなかったし、あの後スキルが使われそうな気配もなかったから、スキルは回収しないでおいたよ。もし協力してくれたら即戦力になるね」
「……勿論この世には、リュウトのような中二病や正義感の強い人ばかりではありません。断られる可能性があることも、頭に入れておいてください」
「う……! わ、分かってるよ」
現実的なコルトの言葉が、浮かれ気味だった竜斗の胸に突き刺さった。
「誰が相手だろうと、ちゃんと手伝ってくれるように説得するって。で、どんな人なんだ?」
すると、フェアルが「驚かないでね?」と前置きした。
竜斗が訳も分からぬままに頷くと、彼女はゆっくりとその名を明らかにする。
「──名前は、リナ。シンドウ・リナ。リュウトのクラスメイトだよ」




