第35話 火元
深夜。人々が寝静まった頃。
「っ!?」
竜斗の部屋で眠っていたフェアルが、飛び起きた。
妖精という存在は、正確に言えば生物ではない。魔力の塊が魂を持ったもので、生命活動もしなければ臓器も細胞もないからだ。
食事はするのだが、それは味覚を作り出して食べ物の味を楽しんでいるだけなので、本来なら必要ない。
魔力体が感じる疲れというものは大抵時間で回復するため、睡眠もしなくて良い。
だがフェアルは、竜斗の人間らしい生活を真似して今までしてこなかった睡眠をとってみたところ、翌日の気分がとても優れるということを発見した。睡眠で身体を休められるのは妖精も同じだったのだ。
それ以来彼女は夜眠るようになり、今日も静かに寝息を立てていた。
だが必要不可欠ではない故に熟睡はしておらず、フェアルは寝ている状態でもそれに気付き、目を覚ました。
それに驚愕した彼女は、瞬時に開いていた部屋の窓から外に飛び出し、信じられないといった様子である方向に目をやった。
視線の先には、闇に包まれた与孤島町の一部をぼんやりと照らす、あるものがあった。
「……これは」
凝視しながら、顎に手を添えて考え事を始める。
数秒思案すると、フェアルは結論が出たのか踵を返して部屋の中へ戻っていった。
だが彼女は何か行動に移すでもなく、眠りにつく。
──フェアルが見つめていたもの。それは、町の遠くで静かに燃える、鮮やかな橙色の炎だった。
──────────
「火事ぃ?」
朝、竜斗達がいつも通り4人で登校していると、奏介がその話題を切り出した。
「ああ。東区でな。火はすぐ消し止められたらしいが」
「いや知らんな。何時ぐらい?」
「あー、3時ちょい前くらいかな」
奏介が朧気に言うと、3人は一様に呆れる。
「奏介君よく起きてたね……」
「またそーちゃんは夜更かししてっ! 普通はみんな寝てる時間だよ?」
「い、いいじゃねぇか俺が何時に寝たって! それよりも火事だよ。消防車のサイレンで起きなかったか?」
そう問うも、竜斗達は首を横に振る。
「あんなにうるさかったのに、何で起きないんだよ」
「俺は爆睡中だったからな。昨日も神社登りしてたし」
「またやってたの? あの面倒くさがりの竜斗君が?」
「お、おうっ。最近は運動しねぇと夜眠れなくなるんでなー」
戦闘に備えるため、という本音は飲み込んで嘘をつく。無関係な人は、幼馴染でも巻き込みたくはないのだ。
「それはもう体育会系男子の習性だよ……?」
「身体能力じゃあサッカー部である俺と大差ねぇんだよなぁ、ムカつくことに」
「シロも部活入ればいいのに~。宝の持ち腐れだって!」
竜斗はふっと笑ってから、無駄に溜めて言い放った。
「……めんどくせぇ!」
「「「言うと思った」」」
綺麗な三重奏であった。
神社登りの回数を増やしたのは、あくまで自分の趣味に合うスキル回収のためというだけだ。興味がない部活などにはとことんまで関わりたがらないのである。
「ほんっと、もったいない人だよね~」
「スキル回収に役立っているのですから良いではありませんか」
「……。はあぁっ!?」
「えぇっ!?」
竜斗は、鈴音に続いた声に向けて叫んだ。
だがそれは他の3人には聞こえなかったようで、いきなり声を荒げた彼を怪訝そうに見ていた。
「……ど、どうした?」
「あっ、いや……ちょっと用事を思い出してな! 先行ってるわ!」
奏介の言葉で我に帰った竜斗は、咄嗟に思い付いた言い訳をすると、その場から走り去った。
「……何があったのかな?」
「さぁ……?」
取り残された3人は、様子が急変した竜斗を呆然と見送るだけだった。
「……ふぅ。ここなら、誰にも見られねぇな」
竜斗はあの後走り続けて学校の手前の道角で横に折れると、人目につかない路地裏で立ち止まった。
両膝に手をついて荒くなった息を落ち着かせると、いつの間にか後ろでニコニコと微笑んでいた人物に話しかけた。
「どうしてこう妖精は、人を驚かせる登場の仕方をするのかねぇ……?」
「私は声だけですよ?」
「どっちにしろ驚くわ! あいつらにすっげぇ怪しまれたじゃねぇか!」
竜斗が振り返って怒りをぶつけている相手はコルト。主に回復役として彼の戦いをサポートしている妖精だ。
戦闘以外に会う機会はないが、3度も話していればそれなりに打ち解けるものである。
「で、何の用でここまで来てんだ? お前も波動の調査とかしてんのか?」
コルトの性格からしてただ遊びに来ただけではないとみた竜斗は、すぐ平静を取り戻して彼の目的を尋ねた。コルトも表情を引き締める。
「……かなり重要な用事ができましてね」
「! 反王女派の奴らか?」
早くも次の相手が現れたのかと身構えた竜斗だったが、コルトは否定する。
「いえ。敵ではありませんし、緊急事態でもないです。……しかし、早急に解決しなければならない問題だとは思っています」
「危険性がないんなら、とりあえずは安心か」
今の始業時間に混乱を招く出来事ではないと知り、ほっと胸を撫で下ろす竜斗。
「でもそうなると、何が起きたのか予想がつかねぇな。早く解決すべき問題なんだろ?」
「リュウトの通う学校のことですから、直に分かりますよ」
「……え?」
「さぁ行きましょうか」




