第33話 選択
「断、罪っ!」
「す、すびばせんでした……」
他の休み時間含め、全力で俺から逃げ回っていた奏介を捕まえたこの昼休み。
飯を食う時間すら惜しんでボコボコにし、反省させた。現在、仁王立ちする俺の前で土下座中だ。
「お前が垂れ流した根も葉もない噂は、お前が責任を持って全て嘘でしたと撤回しろ」
「いやでも竜斗よ、人の噂は七十五日と言ってだな……」
「い・ち・に・ち・だッ!」
「はいぃっ! きょ、今日中にできるよう頑張ります……」
普段のこいつの奇行には宮野が対応してくれるが、今回は俺目当てだ。しかも宮野の慣れていない色恋沙汰だから、逆に奏介に丸め込まれそうで頼れない。
うむ、たまには俺がお灸を据えてやらんとな。
「あ~、腹減った……」
朝から無駄なカロリーを消費してしまっていた俺は、いつもより空腹が酷かった。
昼休みも残り少ない。購買のおにぎりがまだ残っているのか心配しながら、階段への道のりを歩いていた時のことだった。
「あ、リュウト」
「!?」
廊下の向こうから、家で留守番しているはずのフェアルがふよふよと飛んできたのだ。
新たなスキルホルダーの出現か? と思ったが焦っている様子でもない。
「お、お前何してんだよこんなところでっ」
周りに怪しまれないよう声を抑えて問いかけた。するとフェアルは、購買へ向かって歩き続ける俺の肩にすとんと腰かける。
「うふふ。ちょっとした潜入捜査をば!」
「はぁ?」
「私が家で大人しくパソコンしてるとでも思った? 残念! 人の交遊関係にも興味があるのでした!」
……何だか、とても嫌な予感が。
「……つ、つまり?」
「姿消して、ずっと傍でリュウトの痴態を見守ってましたっ!」
「何やってんだこいつは!!」
そういえばそうだった。スキルホルダーにも見られない条件で姿を消せる妖精相手では、プライバシーの欠片もない。
恐らくこれが初なんだろうけど、これじゃ気分的には常時監視されているようなものじゃないか!
しかも、俺がからかわれるというこの珍しい日にである。タイミング悪すぎだろ。
「ったく、今日に限って……!」
「リュウトってあーゆー娘が好みなんだねぇ。通りで妹属性が効かないわけだぁ」
「誤解しかない!」
「誤解? あぁ! 冷たく無言で放置されるんじゃなくて、実際に痛め付けられるのが好きな方のドMなんだね!」
「……はぁ」
対応するのも面倒だ。俺はこれ以上の弁解は諦めて、1階への階段を下りる。
そしてそこから少し歩けば、玄関に程近い場所にある購買に着いた。
「ごめんって~。そんなに無視しないでよ~」
「……これください」
「まいど~」
売れ残っていた昆布のおにぎりを買っている間も、フェアルは喋り続ける。
こいつ……人に聞かれてないからって喧しいぞ。
だが購買から離れたあたりで、ふとフェアルが口を閉じた。
雰囲気も変わり何事かと思っていると、ぴょんと肩から降りた。
「リュウトのストーカーをしてたのはね、ただのついでなの」
「ついで?」
「うん。実は、校内に反王女派の波動がないか調べてたんだ」
……そうだったのか。
「……場所を移すか」
俺は玄関から外へ出て、ぐるっと校舎を回った。
体育館裏。人気がないことで有名――この時点で全然見られないというわけではない――なここなら、そう人もいないのでスキルの話ができる。
体育館の非常口辺りで「あーん」をしていたカップルに軽く舌打ちを打つと、さらに奥の方へ行って壁にもたれかかった。
そして、フェアルが口を開く。
「結論から言うと、この高校に反王女派のスキルホルダーはいなかったよ。現時点ではね」
現時点では。まだ発動していないだけでこれから先判明する可能性もある、ということだろう。その点については承知済みだ。
「それは確かなんだな?」
「うん。校舎内を隈なく飛び回って、一人残らず近付いてみたから。あれだけの近距離でも分からないほど、反王女派の波動隠蔽は優れてない」
「そうか……」
とりあえずは安心した。
学校関係者にも敵が潜んでいたら、おちおち登校なんてしてられない。
「でもこれから大変になるなぁ」
「うっ……」
「今までは暴走した奴を止めるだけだったから、野性動物を相手にする感覚だったんだけど。あっちもまともに戦えるスキルホルダーを用意するわけだろ? さすがに心配だ」
まだ戦闘自体慣れているわけでもない。頭の中では百戦錬磨でも、身体がその通りついてくるかは別問題だ。
すると、フェアルが気まずそうに俯いていた。
「あぁいや、責めてるつもりじゃなくてだな……」
「改めて……ごめん。本当に最初はこっちの争いに巻き込むつもりはなかったの。完全に私的な戦いだから、これ以上巻き込んじゃダメだってのも、分かってたんだけど……」
「だ、だから気にすんなって」
「いや! これはリュウトの命に関わることだから、謝んなきゃいけないの!」
必死の形相だった。
意外にも、こういうところはしっかりしているというか、義理堅いやつなのかもしれない。
「分かったから顔上げろよ。元から見捨てるつもりなんてないぞ。そりゃもっと激しい戦いになるだろうけど、乗りかかった船だ。俺にも協力させてくれ」
フェアルがおずおずと頭を上げた。
「本心?」
「当然」
力強く頷いてやるも、フェアルの表情は晴れない。
居たたまれない風に視線を彷徨わせると、伏し目がちに言った。
「じゃあ、こっちで戦ってくれるって言うの……?」
「こっち?」
聞き返すも、フェアルは目を合わせようとしない。
一体どういう――あ。
「王女派に加担するって意味か」
こくんと頷かれた。
参戦において、所属する側の話をしていたらしい。
「……多分、妖精の力量差で見たらあっちの方が上。スキルを回収しなくて良い分、楽なのも反王女派だよ。最後は思想の一致によると思うけど、その点も実際のところ、リュウトはどうなの?」
フェアルの身体が強張っているのが分かった。
俺は今、重大な岐路に立たされているのだろう。
「……王女派と反王女派、どっちにつきたい……?」
周囲の木々が、気味悪くざわめいた。




