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スキルホルダー  作者: 角地かよ。(旧:VIX)
第2章 日常と非日常
33/40

第32話 恋の噂は往々にして勘違い

「…………」


 俺は自分の席で、頬杖を突いてボーッとしていた。


 疲れているだけならば、いつものように突っ伏して寝ている。だがこうやって呆けることになったのは、やはり昨日知った事実が原因だろう。


 漆黒の羽を持つ名持ち、ゼクの登場により、初めて発覚した妖精達の所属、王女派と反王女派。

 統一されていると思っていた妖精にも、複雑な事情があったらしい。


 王女に従うか叛くか。スキルを回収するかしないか。世界を護るか壊すか。

 相反する主張を掲げており、互いの激突は必至。これからは反王女派との戦いも増えると、フェアルから聞かされた。


 個人的な嗜好からすれば、昂る。

 組織対立、戦闘激化という、ヒートアップの兆しが見えるスキル回収活動に、心が躍るところは大きい。


 しかし……俺だけの問題ではなくなってきたのが重いな。

 最初から分かってはいたが、スキル回収の話は地球規模なのだ。俺が趣味で飛び込んで良かった案件では、本来ない。

 それがさらに、世界の存続を懸けた派閥の争いに発展していたときた。もう大手を振って楽しむわけにはいかなくなってしまったのだ。


 俺はただ元中二病として、クールでスマートにファンタジー能力を味わっていたかっただけなのに……。


「……はぁ」

「今朝は様子が変だね。どうしたの?」


 登校中から気にかけてくれていた鈴音が、ついに尋ねてきた。

 しかし答えられるはずもなく、俺は言葉を濁すことしかできない。


「ちょっと、なー……」


 ぼんやりと前を見ながら流す。こうすれば、疑問には思われるも、触れられたくないのだと察して問い質さなくなる。たまに見せる鈴音の良いところだ。


「そっかぁ……」


 やや残念そうである。鈴音には悪いが、このまま黙秘を貫かせて――


「物憂げな男白木竜斗! その視線の先には一体何が!?」

「へぁっ!?」


 突然背後から聞こえた奏介の声にビビる。思わず奇声を発してしまった。


「急に出てくんなアホっ。それに何だよ、今の発言」

「いやぁ~、昨日は宮野ちゃんの特ダネが掴めなくてね。スクープに飢えているのだよ」


 無駄にカッコよく眼鏡を光らせる。


 そういえば、昨日宮野が商店街に来ていた理由は不明で、奏介がそれを探っていたんだったか。失敗したんだな。

 いや待て。探偵並の諜報力を持つ奏介を撒くなんて、宮野何者だよ……。


「少しでも新情報が欲しくてねぇ。この際幼馴染のつまらん悩み事でもいいからさ」

「一発殴るぞお前」


 人の秘密を何だと思ってやがる。それに今回はマジなやつなんだぞ!


「もうそーちゃんっ。シロにだって真剣に考えることくらいあるはずだよ」

「さて、それでは前回はどんな悩み事だったでしょうか?」

「……ネトゲのイベント」

「正解」

「おい鈴音、俺の味方を2秒でやめるな」


 すぐに興味を失った目に。もうちょっとぐらい俺の仲間でいてくれよ。


「それは冗談として。お前は前を向いて何を眺めていたのかなーっと~」

「いや、それは別に関係ないぞ」

「……え?」

「え?」


 教室にある物は何も関連がないのに、奏介は前方を見て表情を固めた。

 予想外の反応で気になり、俺も視線を追う。


「進藤……?」


 その先には、教室の隅の席で本を読む銀髪少女、進藤理奈がいた。

 同じ列の席だったが、間に別のクラスメイトもいるので忘れていた。

 だが、それがどうしたと言うのか。


「まさか竜斗、お前……」

「?」



「進藤ちゃんが気になるのかっ!?」



 間。


「はぁああぁあ!?」

「えっ」


 驚く俺と鈴音。

 当たり前だ。何の脈絡もなく色恋沙汰に持っていったのだから!


「いやいやいや、どうしてそうなる!」

「だってお前、年頃の男子高校生が物憂げな表情で女子を眺めるだなんて、明らかに恋じゃないですかやだー!」

「だーから進藤を見てたわけじゃねぇっつーの!」

「ムキになるところが怪しいぞ! そうか~、お前はああいうタイプが好みなのか~。言ってくれればクール系ヒロインのギャルゲ貸してやるのに」


 ダメだ、スクープに飢えているせいで情報の真偽は問題としていない! 俺に強引に頷かせるつもりだ!


 目が軽くイっちゃっている奏介から逃げるように立ち上がると、鈴音にガシッと肩を掴まれた。

 って鈴音さん!? あなたバイブレーション機能付いてましたっけ!?


「ね、ねねねぇシロ。まま、ままままさか、ほほ本当にそそそうだったり、し、しないよね……?」

「しないしない! ほら見ろ奏介、鈴音までテンパってんじゃねぇか!」

「ええ!? シロ、天然でも茶髪は好きじゃないの……!?」

「どうしてそうなった!」


 鈴音の思考が完全に異世界トリップ。今お前の髪色の話はしてない!


 さらに面倒なことに、教室中から奇異の眼差しが集まっている。もうすぐ朝のHRが始まるため、ほぼクラスメイト全員である。

 だが幸い、進藤は無関心で振り向きもしない。当人にまで勘違いされたら困るから、これはありがたい。


「……ん?」


 どうしてか、進藤から目が離せない。

 目立つ銀色の頭をしているとはいえ、もう2年目で慣れたはず。他に気になる点もないのだが……。


「ややっ? 竜斗の視線があからさまに進藤ちゃんへと! これは確定的か!?」

「そんなぁ!? ……シロ、ちっちゃい娘の方が好きなのかなぁ……」


 しまった、うっかり見つめていたら2人の暴走が加速した。


 奏介は周囲にこのデマを広めようとしているし、鈴音は俯いて何やらぶつぶつと呟いている。

 というか奏介のタチが悪すぎる!


「おい白木! 進藤さん狙いってマジか?」

「何何、白木君の恋バナ~? ちょっと混ぜてよ~!」


 そうすけは なかまを よんだ! くらすめいとA くらすめいとBが あらわれた!


「いや、それはあいつの出任せで……」

「無理そうだけどねぇ。進藤さんでしょ?」

「あのコ冷たいしねー」


 そうすけは なかまを よんだ! くらすめいとC くらすめいとDが あらわれた!


「いやいや、だから何でもな――」

「上条から聞いたぞ! お前好きな人いたんだな!」

「白木君抜け駆けは感心しないぞ」


 そうすけは なか――


「我何ぞ主より話を訊かざる」

「What's happened? I want to talk with you about a person you love!」


 止まんねぇ! 野次馬の嵐が止まんねぇ!

 奏介の人脈どうなってんだ!? つーか後半は何人だよ!


「シ、シロ!」


 人海となりつつある俺の席周辺へ、先程のどんよりとした雰囲気から立ち直ったらしい鈴音が、意を決した顔で舞い戻った。


「おお、ちょうど良いところに。ちょっとこれどうにかしてくれ!」

「シロは、ポニテよりショートの方が好きなんだね!?」


 今度は何を言い出したんだお前ー!?


 よく見ると、手にはハサミが握られていた。鈴音はそれを自分の髪へと持っていく。

 イメチェンか!? 突然のイメチェンをここで敢行するのか!?


「ば、ばっさりいくよ! わわわ私、覚悟決めたからねっ!」

「待て待て何事!? ちょ、切るな切るな!」

「止めないで! 私考えるより行動するタイプだから!」

「知ってるけど!」


 それで毎回失敗するタイプだということも。


「とにかくやめとけって! お前は髪長い方が似合うんだから!」

「へ……?」


 第一、そんな生まれたての小鹿のような状態で切って、ろくな髪形になるはずがない。危ないし。


「お前の思考回路はよく分からんが、もう少し考え直して――」

「髪長い方が、似合う?」


 ぴたりと動きが止まる。


「え? あぁまあ、そうだけど」


 嘘ではないので頷く。

 すると、鈴音の身体と口元がプルプル震え出したかと思うと、突然俺の元へ飛び込んできた。


「うおっ」

「なーんだぁ~! そう思ってるなら先に言ってよ~!」

「いてっ、いてててっ!」


 バシバシと背中を叩く鈴音。バレー部の平手は半端なく痛い。

 予想以上に上機嫌になったなぁ。何にせよ、いつもの鈴音に戻ってくれれば助けてくれるはずだ。


「もう、シロったら照れるじゃん……。なら仕方ないっ! シロのためにポニテ継続してあげるね! えへへっ」


 へにゃっ、と幸せそうな笑みで、髪の尻尾の部分を指先でくるくると回している。

 うん、褒めた甲斐はあったかな。


「人には人の髪型とは言うけれど、シロが昔から私の傍にいてくれてたから分かることだよね。嬉しいっ!」

「……えっと、あれ? 鈴音さん?」

「いやぁ参ったなぁ~……あれ? てことは、私のこと、常日頃から意識して……!? な、何言ってんのさシロ! ちょっ、やめてよ~!」

「…………」


 鈴音の思考が『次元転移(ディメンションシフト)』した。

 デレデレニヤニヤと緩みまくった顔を両手で覆い、身体をくねらせては一人別次元へと飛んでいる。これは重症だ……。


 正体不明の病にかかった鈴音も心配だが、こちらとて状況は依然として変わらず、悪化の一途を辿っている。


「フフフ……。いい感じに噂が流れ始めているぞ~……!」


 そして、この中に俺を救出してくれる心優しい人間は――いない。


「はっはっはっは。青春してるねぇ」

「おぉいっ! 来てんならさっさとHR始めろぉぉおおおお!」


 担任の桜田先生ですら、俺の味方ではなかったのであった。

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