第32話 恋の噂は往々にして勘違い
「…………」
俺は自分の席で、頬杖を突いてボーッとしていた。
疲れているだけならば、いつものように突っ伏して寝ている。だがこうやって呆けることになったのは、やはり昨日知った事実が原因だろう。
漆黒の羽を持つ名持ち、ゼクの登場により、初めて発覚した妖精達の所属、王女派と反王女派。
統一されていると思っていた妖精にも、複雑な事情があったらしい。
王女に従うか叛くか。スキルを回収するかしないか。世界を護るか壊すか。
相反する主張を掲げており、互いの激突は必至。これからは反王女派との戦いも増えると、フェアルから聞かされた。
個人的な嗜好からすれば、昂る。
組織対立、戦闘激化という、ヒートアップの兆しが見えるスキル回収活動に、心が躍るところは大きい。
しかし……俺だけの問題ではなくなってきたのが重いな。
最初から分かってはいたが、スキル回収の話は地球規模なのだ。俺が趣味で飛び込んで良かった案件では、本来ない。
それがさらに、世界の存続を懸けた派閥の争いに発展していたときた。もう大手を振って楽しむわけにはいかなくなってしまったのだ。
俺はただ元中二病として、クールでスマートにファンタジー能力を味わっていたかっただけなのに……。
「……はぁ」
「今朝は様子が変だね。どうしたの?」
登校中から気にかけてくれていた鈴音が、ついに尋ねてきた。
しかし答えられるはずもなく、俺は言葉を濁すことしかできない。
「ちょっと、なー……」
ぼんやりと前を見ながら流す。こうすれば、疑問には思われるも、触れられたくないのだと察して問い質さなくなる。たまに見せる鈴音の良いところだ。
「そっかぁ……」
やや残念そうである。鈴音には悪いが、このまま黙秘を貫かせて――
「物憂げな男白木竜斗! その視線の先には一体何が!?」
「へぁっ!?」
突然背後から聞こえた奏介の声にビビる。思わず奇声を発してしまった。
「急に出てくんなアホっ。それに何だよ、今の発言」
「いやぁ~、昨日は宮野ちゃんの特ダネが掴めなくてね。スクープに飢えているのだよ」
無駄にカッコよく眼鏡を光らせる。
そういえば、昨日宮野が商店街に来ていた理由は不明で、奏介がそれを探っていたんだったか。失敗したんだな。
いや待て。探偵並の諜報力を持つ奏介を撒くなんて、宮野何者だよ……。
「少しでも新情報が欲しくてねぇ。この際幼馴染のつまらん悩み事でもいいからさ」
「一発殴るぞお前」
人の秘密を何だと思ってやがる。それに今回はマジなやつなんだぞ!
「もうそーちゃんっ。シロにだって真剣に考えることくらいあるはずだよ」
「さて、それでは前回はどんな悩み事だったでしょうか?」
「……ネトゲのイベント」
「正解」
「おい鈴音、俺の味方を2秒でやめるな」
すぐに興味を失った目に。もうちょっとぐらい俺の仲間でいてくれよ。
「それは冗談として。お前は前を向いて何を眺めていたのかなーっと~」
「いや、それは別に関係ないぞ」
「……え?」
「え?」
教室にある物は何も関連がないのに、奏介は前方を見て表情を固めた。
予想外の反応で気になり、俺も視線を追う。
「進藤……?」
その先には、教室の隅の席で本を読む銀髪少女、進藤理奈がいた。
同じ列の席だったが、間に別のクラスメイトもいるので忘れていた。
だが、それがどうしたと言うのか。
「まさか竜斗、お前……」
「?」
「進藤ちゃんが気になるのかっ!?」
間。
「はぁああぁあ!?」
「えっ」
驚く俺と鈴音。
当たり前だ。何の脈絡もなく色恋沙汰に持っていったのだから!
「いやいやいや、どうしてそうなる!」
「だってお前、年頃の男子高校生が物憂げな表情で女子を眺めるだなんて、明らかに恋じゃないですかやだー!」
「だーから進藤を見てたわけじゃねぇっつーの!」
「ムキになるところが怪しいぞ! そうか~、お前はああいうタイプが好みなのか~。言ってくれればクール系ヒロインのギャルゲ貸してやるのに」
ダメだ、スクープに飢えているせいで情報の真偽は問題としていない! 俺に強引に頷かせるつもりだ!
目が軽くイっちゃっている奏介から逃げるように立ち上がると、鈴音にガシッと肩を掴まれた。
って鈴音さん!? あなたバイブレーション機能付いてましたっけ!?
「ね、ねねねぇシロ。まま、ままままさか、ほほ本当にそそそうだったり、し、しないよね……?」
「しないしない! ほら見ろ奏介、鈴音までテンパってんじゃねぇか!」
「ええ!? シロ、天然でも茶髪は好きじゃないの……!?」
「どうしてそうなった!」
鈴音の思考が完全に異世界トリップ。今お前の髪色の話はしてない!
さらに面倒なことに、教室中から奇異の眼差しが集まっている。もうすぐ朝のHRが始まるため、ほぼクラスメイト全員である。
だが幸い、進藤は無関心で振り向きもしない。当人にまで勘違いされたら困るから、これはありがたい。
「……ん?」
どうしてか、進藤から目が離せない。
目立つ銀色の頭をしているとはいえ、もう2年目で慣れたはず。他に気になる点もないのだが……。
「ややっ? 竜斗の視線があからさまに進藤ちゃんへと! これは確定的か!?」
「そんなぁ!? ……シロ、ちっちゃい娘の方が好きなのかなぁ……」
しまった、うっかり見つめていたら2人の暴走が加速した。
奏介は周囲にこのデマを広めようとしているし、鈴音は俯いて何やらぶつぶつと呟いている。
というか奏介のタチが悪すぎる!
「おい白木! 進藤さん狙いってマジか?」
「何何、白木君の恋バナ~? ちょっと混ぜてよ~!」
そうすけは なかまを よんだ! くらすめいとA くらすめいとBが あらわれた!
「いや、それはあいつの出任せで……」
「無理そうだけどねぇ。進藤さんでしょ?」
「あのコ冷たいしねー」
そうすけは なかまを よんだ! くらすめいとC くらすめいとDが あらわれた!
「いやいや、だから何でもな――」
「上条から聞いたぞ! お前好きな人いたんだな!」
「白木君抜け駆けは感心しないぞ」
そうすけは なか――
「我何ぞ主より話を訊かざる」
「What's happened? I want to talk with you about a person you love!」
止まんねぇ! 野次馬の嵐が止まんねぇ!
奏介の人脈どうなってんだ!? つーか後半は何人だよ!
「シ、シロ!」
人海となりつつある俺の席周辺へ、先程のどんよりとした雰囲気から立ち直ったらしい鈴音が、意を決した顔で舞い戻った。
「おお、ちょうど良いところに。ちょっとこれどうにかしてくれ!」
「シロは、ポニテよりショートの方が好きなんだね!?」
今度は何を言い出したんだお前ー!?
よく見ると、手にはハサミが握られていた。鈴音はそれを自分の髪へと持っていく。
イメチェンか!? 突然のイメチェンをここで敢行するのか!?
「ば、ばっさりいくよ! わわわ私、覚悟決めたからねっ!」
「待て待て何事!? ちょ、切るな切るな!」
「止めないで! 私考えるより行動するタイプだから!」
「知ってるけど!」
それで毎回失敗するタイプだということも。
「とにかくやめとけって! お前は髪長い方が似合うんだから!」
「へ……?」
第一、そんな生まれたての小鹿のような状態で切って、ろくな髪形になるはずがない。危ないし。
「お前の思考回路はよく分からんが、もう少し考え直して――」
「髪長い方が、似合う?」
ぴたりと動きが止まる。
「え? あぁまあ、そうだけど」
嘘ではないので頷く。
すると、鈴音の身体と口元がプルプル震え出したかと思うと、突然俺の元へ飛び込んできた。
「うおっ」
「なーんだぁ~! そう思ってるなら先に言ってよ~!」
「いてっ、いてててっ!」
バシバシと背中を叩く鈴音。バレー部の平手は半端なく痛い。
予想以上に上機嫌になったなぁ。何にせよ、いつもの鈴音に戻ってくれれば助けてくれるはずだ。
「もう、シロったら照れるじゃん……。なら仕方ないっ! シロのためにポニテ継続してあげるね! えへへっ」
へにゃっ、と幸せそうな笑みで、髪の尻尾の部分を指先でくるくると回している。
うん、褒めた甲斐はあったかな。
「人には人の髪型とは言うけれど、シロが昔から私の傍にいてくれてたから分かることだよね。嬉しいっ!」
「……えっと、あれ? 鈴音さん?」
「いやぁ参ったなぁ~……あれ? てことは、私のこと、常日頃から意識して……!? な、何言ってんのさシロ! ちょっ、やめてよ~!」
「…………」
鈴音の思考が『次元転移』した。
デレデレニヤニヤと緩みまくった顔を両手で覆い、身体をくねらせては一人別次元へと飛んでいる。これは重症だ……。
正体不明の病にかかった鈴音も心配だが、こちらとて状況は依然として変わらず、悪化の一途を辿っている。
「フフフ……。いい感じに噂が流れ始めているぞ~……!」
そして、この中に俺を救出してくれる心優しい人間は――いない。
「はっはっはっは。青春してるねぇ」
「おぉいっ! 来てんならさっさとHR始めろぉぉおおおお!」
担任の桜田先生ですら、俺の味方ではなかったのであった。




