第31話 宣戦布告
「反、王女派……?」
フェアルは頷く。
遂に判明した異なる所属を指すワード。竜斗はその意味を考えながら、彼らの言葉を待つ。
「多くの妖精が王女様に忠実に生きてきた中、数百年前、一部の有力な名持ち達は王女様の支配下にいることを嫌がって、反発し始めたの。それが、反王女派」
フェアルはゼクの羽を指差す。
「反王女派の妖精は明確な敵対意思を見せるためなのか、羽を真っ黒に染めてるの」
ゼクは漆黒の羽を広げ、静かに竜斗達を眺めていた。
「重要なのは、彼らこそが、スキルがばら撒かれてしまった原因であるということです」
「! そうなのか!?」
「初めは王女様の指示に対する軽い反抗程度だったのですが、次第に直接的な攻撃を加えるなどエスカレートしていき、終いには、守護されていたスキルの封印まで狙ってきたのです」
コルトは冷静に、しかし熱の籠った声で続ける。
「スキルを管理する権限の多くを王女様と名持ちの妖精で有し、また名持ちの大多数は反王女派に与していたため、襲撃の侵攻はあっという間でした……。名持ちに成り立ての私も歯が立たず、結果としてスキルが全世界に散らばってしまいました」
「私が、私が王女様を守れてたらっ……!」
心の底から悔やみ憤る妖精達に、竜斗も胸が締め付けられる。
「どうしてそんなことを……。妖精ってのは、王女さんと共に、世界やスキルを管理していくものじゃなかったのか?」
「それは……」
「その質問にはオレが答えてやろう」
沈黙を守っていたゼクが、強い存在感で会話に割り込んだ。
警戒心を高める3人に対し、語り出したゼクはどこまでも悠々としている。
「オレ達は、王女の保守的な考えに飽き飽きしてたんだよ。平和な世の中を希求する、だなんて夢物語にも程がある。高尚なマニフェストを掲げてはいるが、現実を見ろ。人間の世界、どこもかしこも争いばっかりじゃねぇか。平和なんて極一部。こんな有り様で、まともに仕事をしない王女についていく奴がいるかよ」
王女は、スキルがばら撒かれるよりもずっと以前からこの世の平穏を望んでいた。平和が永遠に続くことを目指して、妖精の先頭に立っていた。
しかし、力ある者は組織から分裂する。意向が、意見が、意志が、背いていく。
王女と名持ちもまた然りであった。
「……あんたねぇっ……ふざけんのも大概にしなさい!! 王女様がどれだけ苦労してるかも分からないくせに、偉そうな口利くんじゃないわよ!」
誰よりも王女を慕っているフェアルが、我慢できずに噛みつく。その形相から伝わる怒気は計り知れない。
だがゼクは飄々と聞き流し、苦い表情で耳を塞ぐ仕種までしてみせる。
「ちょっとあんた、聞いてんの!?」
「あーあーうるせぇなぁ……。――名無し如きが、喚くな」
視線が針のように、フェアル達に突き刺さる。
「っ……!」
それは、ゼク自身の波動を伴った「脅し」だった。
不可視の衝撃を直に感じられる妖精2人はその力の差に怯んだが、波動を感知できない人間の竜斗も、彼の威圧感に気圧されていた。
押し黙る王女派の面々。ゼクは満足そうに笑った。
「で、だ。そんな役立たずな王女に代わって指揮を執るため、オレ達は革命を起こす。目指すは、新たな世界の創造だ。平和ボケした王女派を退けて、変動的で刺激的な世界を創ってやるよ」
瞳が妖しく光る。
「スキルをばら撒かせたのはその偉大なる一歩だ。何も知らない人間が突如として異能力に目覚めたら、世界は狂い混乱する。戦闘系だったら、生活圏の破壊や人死だって出るだろうなぁ」
「あんた……そこまでして新しい世界を!?」
「当然の心理だろ。滞ったら変えりゃ良い。まさかオマエ、そんな思想はないとか言い出すんじゃねぇよな?」
何も答えないフェアルとコルト。
場を支配しているのは完全にゼクだった。
「そんなわけで、改めて宣戦布告をしよう。オレ達反王女派勢力は、オマエ達王女派勢力へ本格的に攻撃を開始する。コチラでも戦闘系スキルホルダーを用意する、文字通りの全面戦争だ」
「全面、戦争……」
「……スキルホルダー同士を戦わせるってことか」
竜斗が呟くと、ゼクはゆっくりと首を縦に振った。
「では、この男子生徒も貴方の差し金だったということですか?」
コルトが振り返った先には、壁にもたれかかって気を失っている少年の姿があった。
「そうだな。地球規模で見ても最初の反王女派スキルホルダーと言って違いねぇ」
しかしゼクは、彼を誇る感情など微塵も持ち合わせていなかった。
「ま、ソイツは単なる様子見。斥候にも満たない、ただの『駒』だったがな」
竜斗の眉がピクリと動いた。
「駒!? ちょっと言い方が酷すぎるんじゃないの!?」
「おいおい。たかが『氷魔術』だぜ? あんな下級魔法スキル、大事に取り扱う必要なんてねぇだろ。ちょっと褒めてやるだけで簡単に騙されてくれたぜ」
「お前……嘘の情報を教えたのか?」
「ああ。「オマエが持ってる力は特別だ」、「それを消そうとするヤツがいるから殺してしまえ」とかって言葉を、すぐに信じちまってよぉ」
下卑た高笑いをする。
認識の相違は、ゼクの策謀によりもたらされたものであったのだ。
「あんた……! 人間を、仲間を何だと思ってるのよ!?」
「でもそうだな。いくら捨て駒とはいえこうも易々と倒されるなんて、オマエ自体が強いってこともあるよなぁ」
ゼクは竜斗に注目した。
値踏みするかのようにじろじろと眺め回す敵妖精に、竜斗は勿論、フェアルとコルトも注意を払う。
やがて、大きく一つ頷いて、ゼクが結論に至った。
「よし。貰うか」
気兼ねなく、無感情に、腕をひょいと振るった。
「「――!!」」
刹那、2人の妖精が血相を変える。同時に竜斗の眼前に躍り出た。
「はぁぁああああっ!」
「っ――!」
両者とも気合いを込め、両手をかざす。バチィッ、と目に見えない何かが炸裂した。
「……え」
スキル効果もない一般人の竜斗には、それは一瞬の出来事だった。置いてきぼりを食らい、一拍空けて呆然と声を漏らした。
フェアルとコルトは息を荒げている。安堵したような、未だ落ち着けないような、複雑な表情である。
「な、何が起きたんだ?」
「……『記憶改竄』」
「え?」
憎々しげに呟いたフェアルの後を、コルトが頬に汗を流しながら続けた。
「相手の妖精……ゼクが、『記憶消去』の上位スキル、『記憶改竄』を竜斗にかけようとしたのです」
「なっ……!?」
竜斗の背筋を冷たいものが伝う。
記憶を消すだけでないと言えば、記憶を操作されてしまうことは明白だ。瞬きの間にそれが行使されていたかと思うと、ゼクの恐ろしさが身を凍らせる。
「おぉ。純粋な魔力の放出で打ち消して、波動でスキルの発動そのものを妨害したわけか。瞬時にその役割分担ができるとは、やるな」
「この子とは伊達に幼馴染やってないから」
台詞とは裏腹に、虫程度は殺せそうな鋭い眼力でフェアルはゼクを見据える。それに真っ向からぶつかり、彼はひゅうと口笛を吹いた。
「まぁいいさ。オレはこれ以上危害を加えるつもりはない。さらに踏み込んだら、オマエのハンマーでぶっ叩かれそうだしな」
(……!? こいつにハンマーなんて見せてねぇぞ……!?)
空気を無視して軽快に笑うゼク。それがまた、彼の底知れぬ実力を幻視させる。
「今日は元々挨拶のつもりで来たからな。これにて退散とするぜ」
背後に次元の穴を作り、ゼクは1歩下がった。
脅威が去ろうとし、少しだけ気が緩みかけた時。竜斗達に最後の緊張が走る。
「──だが、明日からは何が起きるか分からねぇ。常に命を落とす危険性があること、忘れるなよ――?」
ドスの利いた声が3人の意識を穿った。全身が硬直し、その場に縫い止められる感覚に陥る。
ゼクは全員を睨み付けたまま、空間の裂け目に身体を滑りこませて、『反世界』から去っていった。
残った者達はただ立ち尽くす。重苦しい沈黙が『反世界』を満たしていた。
「……仕掛けて、きましたね」
「……うん」
この世の平和を維持し、世界を守り抜く。
この世に混沌を招き、世界を作り変える。
スキル回収に隠された真実を前に、妖精達の対立を考える竜斗。
「王女派と、反王女派……」
彼は、どこまでも灰色な空を見上げた。




