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スキルホルダー  作者: 角地かよ。(旧:VIX)
第2章 日常と非日常
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第29話 強靭なる魔氷

 戦いの最中、突然空が小さく割れた。


「……まだ続いていますね。間に合いました」

「あ、コルト!」


 その次元の裂け目からは、治療スキル『中回復(ヒール)』を保有する妖精、コルトが姿を現した。

 戦闘を静観していたフェアルの傍に降り立つと、戦況を見て頬を綻ばせる。


「リュウトが押しているではありませんか」


 片腕という制限下のため、竜斗とてどうしても生んでしまう隙はあった。それを突こうとする少年の反応も速い。


 しかし、斬撃の隙を縫い、少年が氷塊で反撃しようとする素振りを見せた瞬間には、既に竜斗の()が出ていた。


「げっ!?」


 足払いを受け、隙の持ち主は入れ替わる。

 振り下ろされるクレイモア、バランスを崩した少年はそれを間一髪防ぐ。


「クククッ、よくぞ凌いでくれた。我も無用な殺生は好まん主義でな――!」


 芝居掛かった台詞を言いつつも、さらなる連撃を加えていく竜斗。

 余裕綽々の姿にも、今は感心するばかりのコルトであった。


「良い動きです。彼にはセンスがあったようですね」

「それだけじゃないよ。山登りをしてるから基礎体力もあるし、ゲームやマンガで培われた戦闘の知識もある。なかなかピッタリな人材だったね」


 この攻防はかなり長く続いている。

 盾は始終斬撃を耐え、蓄積されたダメージの量は限界に達していた。


「はあッ!」

「っ!!」


 バキン、と甲高い音がして、遂に氷の盾が完全に破壊された。


 焦った少年は退避を試みるが、竜斗がそんな大チャンスを見逃すわけがなかった。


 素早く剣を引き戻し、後ずさる少年のスピードより速く踏み込む。

 低い体勢から、接近した勢いを乗せて逆袈裟斬りをした。


「うぐぁっ!!」


 斜めに刻み込まれた斬痕は深く、血が噴出する。誰がどう見ても致命傷のそれは、この戦いに決着をつけるものだと思われた。


 しかしその場で崩れ落ちずに後退した少年は、激痛に耐えながらも身体に手をかざす。

 すると、みるみるうちに彼の胴体が氷に包まれていく。


「く、くはは! 凍らせちまえば、血は出ない。感覚もなくなるから痛みも感じない。どうだ、まだ俺は戦える……死なねぇぞ……!」

「ちっ、ハイスペックな能力ですこと……」


 脂汗を流しながらも、少年はニヒルに笑っていた。

 胴体には既に氷の鎧が装着されている。蹴りをガードした時とは違い、止血する役割もあるため完全に身体に張り付いている。


 使用した魔力の量は多く、少年は傷の痛みも相まって随分と疲弊している。ここまで自分を追い込んだ竜斗を、恐ろしい形相で睨み付けた。


「だが、この俺を思いっきり斬りつけやがったな……? ぜってー許さねぇ! ぶっ殺すッ!!」


 叫んだ瞬間、少年の全身から魔力が一気に溢れ出た。竜斗は感じ取れなかったが、妖精であるフェアルとコルトはそれを感知する。


「リュウト! あいつ、魔力がすごい増幅してるよ!」

「戦闘系スキルホルダーは、感情の激しさに比例して強くなります。気をつけてください!」

「分かってる。見るからに、リミッター解除的な展開だしな」


 竜斗は数歩下がってクレイモアを構え直した。今までとは違う気迫の敵に、警戒心を強める。


 少年は徐に片手を挙げた。竜斗の頭上に無数の氷柱が出現する。彼はそれに気付かない。


「リュウト、上!」


 フェアルの叫びに反応して竜斗が素早く上を見上げるのと、少年が手を振り下ろしたのは同時だった。


 氷柱が一斉に落下する。刃物と同等の鋭さで、一点へ向かって降り注ぐ。

 竜斗はほとんど反射的に剣で弾くが、何本かが対処しきれず身体を傷つけていく。


 続いて少年は氷の壁を生み出す。

 大きさや強度は先程のものと変わらないが、今度はそれを複数作り上げ、発射。


 上空から正面へ。攻撃方向が休む間もなく切り替わる。

 迫りくる氷の巨壁に一瞬たじろいだ竜斗は、回避を諦めて一点突破を狙う。


 体勢を低くして、クレイモアを両手で構える。左肩が痛むが、この状況では文句など言っていられない。


 氷の壁が目の前まで来ていた。竜斗は歯を食い縛り、壁の一部分に向けて全力で剣を振るった。


「はあぁっ!」


 衝突。強い衝撃が腕を襲うが、何とか人一人が通れるだけの氷は破壊された。

 残りの壁が、竜斗のすれすれを通り過ぎていく。思惑が上手くいき密かに安堵する。


 しかし、竜斗はそれだけで終わらない。

 クレイモアを右手に持ち直し、足元に散らばる氷の欠片を踏み砕いて走り出した。


(感情次第でこんなに強くなれるとか、戦闘系スキルチートすぎるだろ……。だから、短期決戦だ!)


 増大した魔力から放たれた氷の攻撃は、どちらも凄まじいものだった。氷の硬度に変化はなかったが、とにかく数が多い。壁は対処が可能だが、もう一度あの数の氷柱が落とされれば竜斗も無事では済まない。

 故に、これ以上強力な攻撃をさせる前に倒してしまおうと考えた。


 竜斗は今日一番の速度で少年に肉迫する。凡人の目には、姿が霞んで見えるだろう。


「な、速っ――」


 流石に近接格闘スキルの最高速度には敵わず、まともに防御の態勢を取れない。


(もらった――!)


 氷に覆われた脇腹に斬りかかる。竜斗は、鎧を断ち斬る力があると信じて疑わなかった。


「!?」

「……ヘッ」


 しかし。剣は氷の鎧に数センチ喰い込んだだけであった。


 これには竜斗も大きく目を見開いた。今の斬撃には、生身の人間が受ければ体が容易に分断されるほどの威力があったのだからだ。

 少年の激昂は、精製済みの鎧にも魔力強化を施していた。


 焦っていた少年も攻撃を耐えたことで余裕ができ、笑みと共に氷塊を片手に作り出していた。

 狙いは、驚愕で固まってしまった竜斗の腹。魔力と腕力で勢いを増して、殴る要領で発射した。


「かッ、は──!」


 鳩尾に思いきり氷塊を叩き込まれ、吹き飛ぶ竜斗。派手に地面を転がり、周囲に砂埃を巻き上げた。


「リュウトっ!」


 コルトが叫ぶ。フェアルも息を呑んだ。


 呼吸困難になった竜斗は四つん這いになって、必死に酸素を取り込もうとする。胃の中のものが逆流しそうになるのを抑えながら、自分を嘲笑う少年を睨みつけた。


(どんだけ硬くなってんだよあの鎧! 攻撃も激しくなってるから、長期戦も勝てそうにねぇ……。くそっ、やべぇぞ……!)

「けっけっけ。這いつくばって、無様だなぁ!」


 少年が余裕たっぷりに氷の破片を手で弄ぶ中、竜斗はまだ諦めずにいた。


(何か……クレイモアでの有効打はないか……?)


 追い込まれた竜斗の脳がフルスピードで回転を始める。そして、愛読書ともなった『武器大全集』の大剣の項を暗唱する。


(『大剣。両手剣。主に西洋の騎士が使用していた剣。細く切れ味に優れる日本の刀とは違い、太く頑丈で鋭さに欠ける。これは騎士同士の戦闘だと、堅牢な鎧に阻まれて相手を斬れないため、斬るよりは叩くという用途で用いられていたからである』……)


 ちらりと氷の防具を見やる。大剣の全力の一撃でも、少年に期待した衝撃は与えられていなかった。


(金属どころか氷にすらダメージが通せなかったんですがそれは!?)


 氷には魔力強化があったとはいえ、愚痴を言わずにはいられなかった。


(でも鎧相手には打撃が効果的なのは思い出した。後は威力だ。もっと、もっと強力な打撃の力を――)


 地面についた腕の調子を確かめると同時に、思い付いた。


「……もっと強力な、打撃?」


 やや間を置いて、竜斗は口角を上げた。


「……リュウト?」

「さぁてと。そろそろトドメを刺してやろうか」


 妖精2人が気付いた竜斗の様子に、少年は気付かない。悠々と手中の氷を巨大化させていく。


「『消滅』」


 小声で呟き、光の粒が散る。

 間髪入れず、散った光を取り戻すかのように、竜斗は唱えた。


「『武器召喚(サモンウェポン)』、『ハンマー』ッ!」

「なっ」


 光が集う。クレイモアよりも大きく、威圧感を放つ武器が象られていく。


「てめっ、何してやがる!」


 意表を突かれた少年は、慌てつつも充分に鈍器と化した氷を投擲。地に跪く竜斗へ一直線に飛ばす。


 しかしそれは、突如降り下ろされた何かに押し潰される。


「っ!?」


 大地が震え、轟音が響き渡る。

 竜斗は、立つと同時に両腕を引いた。氷塊を粉々にした漆黒の物体が、重々しく持ち上がる。


「打撃武器と言やぁ、これだろ」


 ドラム缶を思わせる巨躯が、黒く艶やかに輝く。

 大きな頭には不釣り合いな、かなり細身の柄が竜斗の肩に担がれる。


 ずしり、と見た目通りの重量を誇るその武器は、ハンマー。

 規格外のサイズの鉄槌だった。

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