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スキルホルダー  作者: 角地かよ。(旧:VIX)
第2章 日常と非日常
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第26話 忍び寄る影

「なんとか間に合ったな……」


 買い物袋をぶら下げて、俺は家路に就いていた。あの荷物持ち地獄から解放され、ギリギリ営業時間中だった魚屋で値下げしていた魚介類を買い、やっと商店街から出てきたところだ。

 時間に加えてストレスもかかり、もうヘトヘトである。


 しかし遅くなったとはいっても、悪いことばかりじゃなかった。閉店間際だったおかげか、魚屋のおっちゃんが商品をさらに安くしてくれたのだ。


 昔からの顔見知りで、一人暮らしの俺にすごく優しくしてくれるおっちゃんには、本当に頭が下がる。肉屋のおばさんや八百屋の兄さんも気遣ってくれるし、商店街にいる人達はみんな良い人ばかりだ。


「でも、流石に遅くなりすぎたか」


 安く買えたとはいえ、辺りはもう既に暗くなっていた。

 フェアルに「私もごはんとか作ってみたいからいろいろと教えて!」とか言われていたけど、もう晩飯の時間だから教える暇はない。また今度だな。



 怒っているであろうフェアルの機嫌を少しでも早く直すため、歩く速度を上げた時のことだった。


 道の向こうから、宙に浮かぶ小さな影が飛んでくるのが見えた。

 暗くなってきたとは言っても、まだ夕方だ。あいつの姿くらい判別できる。

 全く。噂をすればなんとやら、である。


 俺は周囲に誰もいないことを確認してから、遠くにいるその妖精に声をかけた。


「お~い、遅れてすまん。だがお迎えとは殊勝な心がけだな!」


 冗談めかして言ってみた。だが、フェアルは何も言い返さない。


 おかしいな。あいつの性格からすれば、そんな訳ないじゃん! って言ってさらに怒りそうなものだが。所詮まだ数日の付き合いだったってことか。

 ……なんか寂しいなこの言い方。


 だが段々近づいてくるフェアルの様子をよく確認してみると、何だか焦っているみたいだった。


「たっ、大変……だよ、リュウトっ!」

「どうした? 1人で料理に挑戦して黒コゲにでもしたか?」

「それどころじゃ、ないのっ!」

「え、おぅ」


 遅れたことに怒っているだとか料理に失敗しただとか、そういう類の話ではないらしい。息を切らせて、鬼気迫る形相だ。


「スキルホルダーが……また戦闘系のスキルホルダーが出現したの!」

「はぁ? また?」


 俺は呆れてしまった。


 戦闘自体は構わない。むしろ大歓迎なのだが、こいつは「下らないスキルの方が多い」と俺を落胆させたのだ。上げて落として上げられても、相手のことは信じられなくなる。 


 それにこう何度も現れれば、珍しさなんて感じない。正直、今焦っているフェアルが鬱陶しいくらいだ。


「ったく。これなら毎日戦うって言われた方がまだ気は楽だぜ」


 ただ、声の弾みは隠せなかった。

 どうやら俺は、ファンタジー展開ならばどんなご都合主義も許せる性格らしい。


「……ありえない、こんなに短いスパンで次があるなんて、統計学的にありえない……。コルトのところにはあの子だっているし、スキルの絶対数に加えて戦闘系の割合も多い。しかも、今回なんて──!」

「お、おい、大丈夫か?」


 しかしフェアルは、神妙な顔で独り言を漏らしている。何だか危ない雰囲気から呼び戻すと、突然頭を下げてきた。


「厄介なことになってきた。ごめん、リュウト」

「えっ。……ちょ、いきなり謝んなって。怖いわ」


 不吉な物言い。

 いつもと違う様子に、こっちが狼狽えてしまう。


 するとフェアルは剣呑な目付きで、「実は」と話し出した。


「そのスキルホルダーにはね、嫌な波動がくっついてたの」

「? どういうことだ?」

「波動を放つ者――妖精やスキルホルダー達が接触すると、互いに相手の波動がくっついて残るの。人間で言えば指紋みたいなものだね。で、今回の回収対象には、妖精と思われる波動がついてたの」

「スキルを回収してる他の妖精じゃないのか?」

「仲間だったらちゃんと連絡取れるし特定もできるから違う。それに、今回のスキルホルダーも力の制御ができてなくて暴走しそうだった。私達が、そんな人に回収以外の目的で関わるなんてありえない」


 そうだよな。接触しておいて回収しないなんて、妖精は自分の仕事をサボることになる。そこにメリットなんてあるはずがない。

 でもその波動の持ち主が妖精だってことは分かっている。一体どんな奴がそんな真似を?


 すると、フェアルが俺から視線を逸らした。


「……彼・彼女の正体は不明だけど……所属(・・)なら、予想がつく」

「え……? お前らは、妖精っていう一つのグループじゃないのか!?」


 所属なんていう言い方から考えると、派閥か何かで分かれている様が想像できるが……。


 フェアルは口を噤んだ。言いづらいことでもあるのか、逡巡した後、首を振った。


「今はまだ、不確定要素も多すぎる。その妖精の波動は隠蔽効果が施されてるみたいだし、スキルホルダーの波動もそいつに妨害されてて情報が掴めない」

「ジャミング、か」


 電力妨害(ノイズ・ジャミング)ならぬ波動妨害(ウェーブ・ジャミング)といったところか。波動の世界でも高度な情報戦が繰り広げられていたとはな。


 けど、気になる。

 ジャミングをするということは、妨害しなくてはならない()がいるということだ。

 相手がその判断を下しているとなると、それはつまり――


「――その妖精には、敵対の意思がある」


 それならば、所属という表現にも説明がつく。

 まさか妖精同士で対立関係になるとは想像してもいなかったが、この状況はそうとしか考えられない。


 驚きと疑問から、目の前にいる仲間の顔を覗き込む。彼女は目を伏せ、何かを躊躇っているようである。


「……とにかく今は急ごう。会ってみれば、何か分かるかもしれない」


 フェアルは早く確かめようと、すぐにスキルホルダーのところへ向かおうとする。

 何だか追求から逃れているようで、フェアルに多少の違和感が残りつつも、とりあえずついていくことにする。


 でも、何かを忘れているような気が……――!


「……ちょっと待った」


 思い出した。とても重要で、言い忘れてはいけないことだ。


 ゆっくりと俺に向き直ってこちらを見るフェアルに、俺は静かに右手を持ち上げて、真剣な眼差しで言った。


 戦うことと同じくらいに大切で、これからの生活に大きく関わってくるもの──




「──魚、傷むから家に持って帰っていい?」


「~~~っ! 早くれーぞーこにしまってきなさぁ~~いっ!」




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