第25話 男はつらいよ(ペナルティが)
よこしま商店街にあるこの服屋は、都会のレベルには負けるがそこそこオシャレな衣服を取り揃えている。そのため、わざわざ電車に乗って隣町に行かなくても、多くの人は満足できるのだ。
オシャレと流行に敏感な女子達は行っているようだが、普段着などは大抵ここで事足りる。それほど、この店は品揃えが良いのだ。
で、どうしてこんな説明をしているのかと言うと──
「荷物持ちをさせられているからだよッ!」
「うおっ! どうした竜斗」
今俺と奏介は、その服屋の店内で大量の衣服を抱え、楽しそうに買い物している女子3人衆の背中を、数歩後ろから眺めていた。
どうしてこうなった。いや、理由は分かっているんだけど、現実を認めたくないんだよ。うん。
まさか、宮野にカーレースの才能があっただなんてな。
最初からおかしいと思う点はあったんだよ。
『爆走C』では、スタート時にロケットダッシュの操作ができる。だがこれは特殊かつ難解なシステムで、高度なテクニックを必要とするものだ。
故に、ロケットダッシュの成否によってビギナーとエキスパートの区別がつく。
それなのに、初見の宮野を含めた「5台のスポーツカーが同時に飛び出していった」なんてことはありえないんだ。
『爆走C』のロケットダッシュは難しい。上級者でも失敗する時がある。それなのに琴音の説明1回だけでできたやつがいるということは、そいつは天才だということだ。
スタート後も、宮野の才能は開花しっ放しだった。
クネクネと曲がる峠道を、一度もダートに入ることなくドリフトで走り抜け、俺が車を寄せても、絶妙なハンドルさばきで逆に崖へ落とされたり……とにかくもうすごかった。
なんとか俺は2位につけたものの、大きく差をつけて宮野がダントツの1位だった。
本人は初経験で初勝利という嬉しさのみに浸り、純粋な気持ちで喜んでいたが、俺ら4人はただただ戦慄していたのだった。
そして追い打ちをかけるように、「じょっ、女子チームの勝ちだね!」と鈴音が叫んできたのが、今この服屋にいる原因である。
「今日は宮野の分もだから、いつもの1.5倍の荷物持ちだぜ……辛すぎる」
「全く、誰だよ宮野ちゃんの荷物も持ってあげるって言ったのは!」
「……ツッコミ待ちだな? 物理的なツッコミ待ちってことで良いんだな?」
「インステップの素振りはやめて! 俺のボールがゴールしちゃう!」
荷物持ちの最大の不満は、買い物の時間が長すぎることだ。
衣類だから重量はそこまでじゃないにしても、ずっと持たされるから腕が疲れる。自由時間が大幅に削られる点も、嫌な理由の一つだ。
どこかで座って待っていようとしても、常に傍にいないと不便だとか何とか言ってくる。本当にどうしようもない。
「お前は金あっていいよな。こっちは今回の賭けで増えると思ってたのに……。おかげで財布が軽いぜ」
「俺だってプライド崩壊したわ! まさか、初見のやつに負けるなんて……」
自分が楽に買い物できるので機嫌を取り戻しているが、鈴音もかなりプライドを傷付けられていた。
何度もプレイして腕を磨いてきたというのに、操作方法を教わったばかりのゲームすら未経験の人間に敗北を喫すれば、自信も失くすというものだ。
やっぱり宮野がいる時に賭けをするんじゃなかったと嘆いていると、前方から俺らを呼ぶ声が聞こえてきた。また新しい服でも見つけたんだろう。
まったく……。毎回思うが、大の男子高校生2人をげんなりさせるほど大量の服を買う金が、あの女子高生達のどこにあるってんだ。大月家の財産は、いつになっても不明である。
「はいはい……今度は何だよ?」
不機嫌を露骨に顔に出して、奏介と歩いていく。だが気だるげな俺の様子などお構いなしに、琴音が白いコートを預けてきた。
「竜斗君! 今日は新学期セールをやってたみたいで、全品30%オフだって! すごいよね!」
「ソーデスネー……」
普段なら一人暮らしをしている身なので俺も喜んでいただろうが、今の俺に服を買う余裕などない。買い物は荷物持ちが終わった後で済ませるし。
「おおっ! これらぶりんに似合いそう!」
「は、派手過ぎじゃないですか……?」
「いいのいいの。こーゆー時こそハメを外さないとっ!」
装飾によって無駄にキラキラした黒のワンピースが、また俺の腕に積まれていく。
真面目な宮野も、やはり女の子といったところか。買い物中は俺に手を差し伸べてくれそうにない。
店の窓から外を見ると、もう辺りは暗くなってきていた。奏介も、器用に立ったまま舟を漕ぎ始めている。
晩飯遅れたらフェアル怒りそうだなーとか思っていると、鈴音が近寄ってきた。
「遅くまで荷物持ちごくろーさまです~!」
「……うっせ、お前だってレースは負けてたくせに。ズルいよなぁ」
「えへへ。条件出してきたのはそっちだもーん」
「奏介がな。つーかさ、そっちの要求が重すぎる気がするんだが……」
今までも何度か厳しい条件はあったが、今回ほどではなかった。月の頭なのに今月いっぱい荷物持ち強制とか、鬼畜としか思えん。こういう時だけここぞとばかりに遊びに誘ってくるので油断ならないのだ。
「まぁまぁ安心して。今日はらぶりんとの買い物でいっぱいお金使うつもりだから、すぐに何度もお出かけできるほど手元に残らないと思うの」
「おっ、じゃあ……!」
希望が見えてきた。これはもしや!?
「うん! だから、月末に2人っきりで遊ぼうねっ!」
「……え」
今日一番かもしれない、満面の笑み。俺の顔は引きつる。
その笑顔が意味するところとは、「お前にだけ苦労をかけてやる覚悟しろよ」といった感じだろう。
救いかと思って差し伸べられた手は、俺のことを容赦なく引っぱたいたのであった。
鈴音は一方的に言い放つと、琴音と宮野のところに駆けていって買い物を再開させる。
「……はぁ……」
「ん? どうした竜斗」
琴音と宮野に舟を転覆させられ、さらに荷物を積み上げて戻ってきた奏介。今しがた俺に起きたことを知らずに首を傾げた。
「鈴音とタイマン張る予定を組まされた」
「はぁ?」
どうしてか難を逃れたこいつが妬ましい。というか恨めしい。
2人きり自体珍しいからな。いつ以来だろうか。それにどういう心境で……。
まぁ、考えたって仕方がないけど。鈴音の行動基準は年月を経る度に分からなくなっていくからな。
そんなことよりも目の前の事案だ。女子の買い物は予想通り終わる気配がしない。
せっかくの特売日なんだから、魚屋が閉まる前には終わってくれよ……!




