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スキルホルダー  作者: 角地かよ。(旧:VIX)
第2章 日常と非日常
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第23話 ゲーセンにて

『K.O!』


 胴着を着た小柄な俺の分身が、筋骨隆々の大男をアッパーで吹き飛ばした瞬間、決着を告げる音声が響いた。

 スローモーションでドサリ、と親友の分身が倒れ伏すと、本体もまた敗北に打ちひしがれる。


「負けた……。この俺が、負けた……!? 違う! そんなはずはない! 俺はこの日のために何度も練習して――」

「現実を見よ、上条奏介。これが、俺と貴様との、絶望的なまでの差だ」


 丸椅子から崩れ落ちる奏介。地に両手をつき、項垂れる。

 対して俺は意気揚々と立ち上がり、奏介の肩に手を置いて、有らん限りの下卑た笑みを浮かべてみせた。


「――200円、な」

「くっそおおおおおおおおおおお!!」


 敗者は奪われるのみ。

 俺の電子闘争(格闘ゲーム)の領域に、安易に踏み込んだ結果だ。



 俺らは今、与孤島町唯一のゲームセンター『GAME OVER』に来ている。

 初めは店内で男女別行動を取り、俺と奏介は数々の筐体ゲームに勤しんでいたのだ。


 ちなみにこの班分け方法は、宮野に賭けがバレないよう奏介が仕向けたものである。策士だ。


「惜しいところまでいったんだけどなぁ……」

「奏介が空ダを使ってきた時は驚いたぜ」

「でも瞬時にあの対空技を打てるとは流石だな。キャラ的にも隙が少ないのかね?」

「ああ。火力は低いけど当たり判定だって広いし、ダウン回避で逃げられるからあんまり有名じゃないけど、画面端で投げ連もできる」

「マジか! 俺も試してみようかな」


 休憩・順番待ち用の椅子に座り、反省会。

 こうして互いに高め合うことで、オンライン対戦や、隣町などでたまに行われる格ゲーの大会で、好成績を狙っていけるのである。


 来る度思うが、やはりゲーセンでの格ゲーも良いものだ。


 近年は家庭用ゲームやスマホゲームに押され気味で、施設の存続が危ぶまれているところもあるが、ゲーセンにはゲーセンなりの良さがある。

 毎ゲーム有料だが、金を使うからこその緊張感。騒がしい空間だが、その立体的な音響が生む臨場感。これを抜きに優劣は語れない。


 まぁ何だかんだ言っても、俺は全てのゲームを平等に愛しているがな!


「帰宅部だからできること、だな」

「ああその通……って、心読んだ?」

「そんなご満悦そうな顔で両手広げてたらな」


 半分呆れながら苦笑いする奏介。流石は幼馴染といったところか、俺の心を読むのが上手い。

 逆もまた然りだ。


「さて。どうする? もう一戦いっとくか?」

「いや、そろそろ女子組と合流しようぜ。今回は、宮野ちゃんと仲良くなることも目的の一つなんだからさ!」


 決め顔で「友情は大切だ」とか付け加えているが、これ以上負け数を増やしたくないという裏の思惑が透けて見える。

 ニヤリと視線を送ってみると面白いようにそっぽを向いたので、確定的だろう。


「……それもそうだな」


 ただ表向きの理由には賛成なので、これ以上の深入りはせずに椅子から立ち上がった。


 ほっとした奏介を連れて、女子達を探し歩く。


 ゲーセンと言えども商店街にあるものなので、そう広くはない。すぐにUFOキャッチャーのエリアで3人組の女子高生を認めた。

 手に入れた景品を持って話していた鈴音がこちらに気付く。


「あ、シロ! そーちゃん! そっちは何してたの?」

「音ゲーを何回かと、本気の格ゲーを一度。結果は言うまでもなし」

「お、俺だって頑張ったんだからな! ゲーマーの竜斗を相手にしてはかなり善戦してたんだぞ!」

「えぇ~ほんと~?」


 言い訳じみて聞こえるが、実際奏介は強くなっていた。

 帰宅部でゲームに打ち込んでいる俺とサッカー部のこいつとでは根本に差があるので、これはすごいことである。


「私にはよく分からないのですが……」

「……私達は知らなくても良い世界ですよ、宮野先輩」


 格ゲーには縁のない、またはなさそうな人達の言葉が、なんだか心にくる。何故だろう。


「まぁ、なんだ。そっちはどうだった? UFOキャッチャーをやってたみたいだが」


 とりあえずで話を振ってみると、鈴音がずいと目の前にぬいぐるみを突き出してきた。


「これ!」

「愛華先輩と仲良くなった記念に、お揃いのキーホルダー取ったんだ」


 それは、リングのついたカラフルな熊のぬいぐるみだった。琴音と宮野もその色違いを持っている。


「へぇ。いいなそれ」

「俺も欲しい~!」

「ふっふっふ……そう言うと思って、君達の分も取っておいたのだよ!」

「おお、気が利くじゃねぇか鈴音」

「いやいやっ、発案者はらぶりんだよ!」


 停止する俺。


「……は? 誰?」

「ら、らぶりん……?」


 奏介も知らないようで、隣で首を傾げている。

 鈴音はあだ名をつけたがる性格だが、今までにそんなあだ名は聞いたことがない。


「はっ! ……ま、まさか……!」


 今までにない、と言えば、答えは一人しかいなかった。


「……その、まさかです」


 指先まで赤くなった手を小さく上げる、宮野。


「えぇええぇええ!?」

「うっそぉ!? あの宮野さんが、らぶりっ……ブフゥッ!」


 可笑しすぎて、最後まで言い切れずに噴き出してしまった奏介。

 全く同感だ。イメージに合わなすぎる……!


「ちょ、ちょっと! そんなに笑わないでくださいよ! 私だって恥ずかしいんですから!」


 奏介は人目も憚らずに、腹を抱えてげらげらと笑っている。俺も人のことは言えないが。

 でもこれは笑うしかないだろう。あんなに生真面目でお堅い宮野が、「らぶりん」だなんてさ……!


「ぬぅ~、私がつけたあだ名にケチつける気かぁ! 可愛いじゃんらぶりん!」

「でも、流石に愛華先輩の「愛」から「らぶ」ってのは安直すぎじゃ……」

「えぇっ! 琴音まで敵になるの!?」


 予想通り、名前の一部を英訳して使ったようだった。

 だが、これほど性格にそぐわないあだ名が世にあっただろうか。いや、ない(反語)。


「しっかし、嫌だったんならなんで宮野ちゃんもそれを承諾したんだよ?」


 ひとしきり笑い終えた奏介が、目尻に溜まった涙を拭いながら聞いた。


「別に私は認めたわけじゃありません。鈴音さんが無理矢理決めたんです」

「本人からも否定されたっ!?」

「だ、だって、私なんかには似合わないじゃないですか」


 あぁ、分かってたんだ。こんなこと言うのも酷いけど。


「うぅ、満場一致で否決なのぉ……?」


 自分が考えたあだ名を全否定され、鈴音がうずくまって悲しむ。

 ……これで終わってくれれば、俺も楽だったのになぁ。


「それでもッ! 私はッ! らぶりんと呼ぶことをッ! やめないッ!!」


 急に立ち上がって叫んだ。ほら、本人に嫌がられても聞かねぇもん。

 昔からこうやって我を貫き通すやつで、それが鈴音の長所でもあり短所でもある。あだ名に関しては短所だけど。

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