第1話 邂逅
ここは、与孤島町。
それなりに広大な土地を持ち、周囲を森に囲まれている、自然豊かでのどかな町である。
「……はっ、はっ、はっ、はっ……!」
町を東区、西区に分断する川が真っ直ぐに伸び、その北側の延長線上には大きな荒斬山が鎮座している。
「あと、5秒っ──」
ここは、そんな物騒な名前をつけられた山の中腹。
荒い息遣いが、暗闇の中の石階段を猛スピードで上がってくる。
「ゴールッ!」
最後の1段を踏み締めた長身痩躯の少年──白木竜斗は、力強くゴールを宣言した。
肩を激しく上下させ、脱力感に身を任せながらふらふらと歩く竜斗。
階段の終わりには鳥居が設置されていた。大部分が朽ち果て、鮮やかだったであろう朱色の塗装もほとんど剥げている。
彼はそれを潜り抜けた先にある、小ぢんまりとした広場で膝に手をついた。
「ふぅ……」
これは神社登り。ここ荒斬神社までの山道を駆け上がるという、週に数回のペースで行っている運動である。
1年前、毎日を健康に過ごせるようにと、竜斗が一人暮らしを始める時に両親が定めたのだ。
彼らはすぐに仕事で海外へ発った為、その真相を探ることもままならなかったが、渋々だった竜斗も次第に慣れていった。
とはいえ、疲れるものは疲れる。
乱れた呼吸を整え、額の汗を拭い、溜まった疲労を呼気にして吐き出す。疲労の残りが、足腰にずしりと重い感覚を響かせた。
そんな折、境内に吹く夜風。
運動後の余韻に浸る身体には少し冷たかったが、それが快い。
穏やかな気分になり、高い荒斬山からの景色でも眺めようかと、竜斗は面を上げた。
その刹那。
「なっ――!?」
閃光。
彼の瞳に、強い刺激が飛び込んできた。
何事かと狼狽えるも、原因はすぐ視界に映る。
突如山奥の夜闇を切り裂いたのは、天へと聳え立つ光の柱だった。
「なんだありゃ……!?」
その出所は竜斗の数十メートル前方で、柱の規模からするとかなり近くに感じる位置である。
尋常ではない異常な光景。それ故に、竜斗の好奇心は足を前に進めさせた。
彼の患っている、とある厄介な精神の病も相まって、その判断には微塵の躊躇いもなかった。
導かれるように歩いていく。
途中には森が横たわっており、奥へと影を纏った獣道が続いていた。
鬱蒼と生い茂る木々を掻き分け、竜斗は向こう側へと急ぐ。
束の間の獣道を抜けると、再び強い眩しさを感じた。
竜斗が出たのは狭い空き地で、森の中央にぽっかりと開けられた穴のような空間である。
柱は、丁度彼の目の前で立ち昇っていた。
「うっ、く……!」
あまりの光量に腕で顔を覆う。
間近で浴びてみると、恐ろしさを覚える程に強く激しい光だ。
足元の少年の事など気にせずに、光はその場で悠然と輝き続ける。神々しさと優雅さに満ちた現象だった。
しかし、圧倒的な存在感を放つそれが、急に収束を始める。
幅が糸のようにまで細くなっていき、途切れ、やがては消え失せた。
「なっ」
粒になってキラキラと舞う残光。辺りは仄かに明るく、特に柱の中央にあった物――祠は、未だに暗闇を寄せ付けなかった。
竜斗は警戒しながらも、祠に近付いて観察し出す。
光を放っている為分かりにくいが、木造でかなり古びており、疾うに朽ち果てていてもおかしくない状態である。
「ただの祠、だよなぁ」
屈んで覗き込み、そう溢す。
幼い頃から与孤島町に住んでいる竜斗には、荒斬神社に訪れる機会も何度かあり、この祠には見覚えがあった。
「えぇ……? 何が起きてんだ?」
昔の記憶と照らし合わせて考えるも、無論納得のいく説明は出来ない。だが疑問を抱えると共に、精神の病は彼に興奮をもたらしていたのだった。
竜斗が内心ワクワクしたまま推理していた、その時。
正面に飾られた2本の紙垂の間にある扉が、動く。
「――ぱっかーーーん!!」
「どわぁあっ!?」
何の前触れもなく、小さな扉は内から開け放たれた。――それに見合った大きさの、小人によって。
「なっ、は、え?」
尻餅をつき、水を求める魚のように口をパクパクさせる竜斗。
眼前に突然小人が飛び出してくれば、誰でも同じような反応をするだろう。
「へっへ~ん。驚いた?」
さらに彼女が、いわゆる『妖精』の姿をしていれば、尚更である。
草原を思わせる明るい緑のショートヘアー。
透き通るような白い肌の肢体に、それを覆うノースリーブのワンピース。
そして、背中から生える2対の透明な羽。
華奢で手の平サイズの小人、もとい妖精は、宙に浮きながら無邪気に笑っていた。
「いやぁ~良いリアクションをありがとう! ドッキリ大成功だよ! 君があまりにも興味津々でこっちにやって来たもんだから、ついやっちゃったよ。あははははっ!」
マイペースに喋り出した妖精は軽やかに飛び回る。上機嫌だ。
「でも私が現れたのは、驚かすためじゃないんだよね。実は任務があるのですよ~」
「…………」
その傍ら、呆気に取られているようにも見えるが、鬼気迫るものを感じさせる双眸で竜斗は固まる。
ふと、唇が震えた。
「……ふ……」
「ふ?」
次の瞬間、竜斗は豹変する。
「――ファンタジーの王道キターーーッ!!」
「ふぇ!?」
高らかに、天へと叫ぶ。
魂の声とも言うべき竜斗の本性が、形となって明らかになったのだった。
隠そうとすらせず笑みを浮かべる彼の両目は、爛々と煌めいていた。




