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スキルホルダー  作者: 角地かよ。(旧:VIX)
第2章 日常と非日常
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第17話 リーチ・ディスアドバンテージ

「でもやっぱり、あの子の『魔源裂鞭(エナジーウィップ)』は発動にムラがある。今も若干弱まってきてるみたい」


 ちょうど気付いた時には、呼吸を荒げた男児が小休止を挟んでいた。あの巨大な鞭も消えている。


「反動か……。チャンスは今しかない!」


 スピアの感触を確かめ、竜斗は屋根を踏み砕く。地上に下りるとすぐさま駆け出した。


 竜斗の足と言えど、広範囲に及んでいた鞭の領域を抜けるのは容易ではなく、多少の時間がかかってしまう。

 そしてその短い間で、男児の魔力は復活した。


「うわぁっ! やめろ、くんなぁああぁあぁあ!」


 身を庇うように手をかざすと、形成されていく鞭が大振りの横薙ぎを放ってくる。


(ちっ、間に合わなかったか)


 恐れもあったが、武器を持てばいける、と竜斗は槍を構えた。

 襲い来る途中で完成された鞭と、競り合わんと振るった槍の穂先が、衝突。


 一瞬の拮抗の後、鞭が巻き付いた。


「へっ!?」


 力の流れを止められた鞭の先端が槍身をぐるぐると巻き取り、ぐん、と強く引っ張る。

 スピアを離さなかった竜斗は、しなる鞭の遠心力に持っていかれた。


「リュウト!」

「う、お、おお、おっ!?」


 大きく半円を描いた鞭の終着点は、一軒の木造家屋だった。

 竜斗は壁を貫いて中に突っ込む。家を半ば倒壊させながら、鞭の支配から逃れた。


「いっ、てぇ……っ! けど、派手な割に、ダメージは少ないな……」


 言いつつも、身体には大小様々な傷がついていた。立ち上がるのも一苦労といった感じで、竜斗は顔を歪める。


 だが、実際竜斗の言葉通りである。家を半壊させる衝撃を受けても骨に異常はない。まだ武器を振るえる程度に元気なのは、一重にスキルの効果によるものだ。

 身体能力だけでなく、防御力も上がる戦闘系スキル。下手に槍を奪われて脆弱になるよりかは、生存確率は高かったのであった。


 槍を杖代わりに家から這い出ると、フェアルが崩れ落ちる瓦礫の中を縫って近付いてくる。


「だっ、だだだ大丈夫リュウト!? 生きてる!?」

「ああ……余裕余裕。なんなら楽しかったくらいだぜ」

「強がんないの! もう、無茶しないでよね?」

「分かってるって」


 おろおろする妖精の姿を見て逆に冷静になった竜斗は、状況を分析する。

 痛みはあるが耐えられないほどではなく、まだ戦える。問題は相手にあり、男児の鞭は健在であった。


「段々、魔力量が増えてる……?」

「え? 相手がか!?」

「持続時間が伸びてる上に、攻撃力だって初回とは比べ物にならない。敵はどんどん成長してるんだよ」

「それはつまり、次の反動で決着をつけないと……」


 終わりのない破壊を前に、竜斗は限界を迎える。そんな未来が想像された。


「2度目の戦闘で敗北とか、どんなクソゲーチュートリアルだっての」

「だから、反動までは攻めにいかないで――」


 鞭が振り下ろされた。半壊の家屋が止めを刺され、土煙が巻き上がる。


「――今はとにかく、逃げ続ける!」

「おう!」


 粉塵の中から飛び出して、竜斗は男児の周縁を回り始めた。


 鞭が竜斗を追いかける。

 一発一発の威力は衰えずに、絶え間なく『反世界(アンチワールド)』を壊していく。


 伸縮自在で不規則な動きをする鞭は、全方位から軌道の読みづらい乱打を続ける。

 竜斗の逃げ回る範囲も、次第に荒れ地と化していく。


「はっはっはっは! どうしたおチビ君、攻撃が当たらないのではないか!?」


 しかし彼は、脚力と体力に任せて鞭より疾く町を駆ける。槍も使わず、見切ってはただ避けていく。


 男児は苛立ちで鞭の扱いが雑になり、それがより竜斗の回避を楽にする。


「狙いが単調で分かり易過ぎる。鞭の特性を活かしきれていないな! ククッ。加えて、神社登りで鍛え上げられたこのスピードには誰も追い付けな――」


 瓦屋根の端に踏み出した竜斗の足が、ズルリと滑る。


「いっ?」


 跳び損ね、宙に浮いた竜斗は垂直落下。


「なぁああぁあぁああっ!?」

「ちょっ、何してんの~っ!?」


 ガサガサガサ、とその家の庭にあった木に突っ込み、まもなく地面に身体を打った。

 不意の出来事で、心身共にショックを受けた竜斗であった。


「っつぅ~……!」

「もうっ、調子に乗ってよそ見してるからだよ! それに、痛がってる暇もないよ!」


 数秒前に踏み外した屋根の瓦が弾け飛び、ほぼ同時に傍らの木も鈍い音を立てて折れる。


「落ちた落ちたぁ! うひひ。そこだな、もう逃げんなよぉおっ!」


 男児の狙いが定まった。

 鞭の攻撃はさらに苛烈さを増し、一度体勢を崩した竜斗は退避できず、いくらかを迎撃する。


「くっ」


 手を伝う衝撃に顔を歪める。一気に距離を離したくても、槍での防御が精一杯だった。


 小さな穂先で斬り払い続けるが、魔力の塊は怯まずに何度も叩き付けてくる。

 やがて刺突で鞭の先端を弾いた時、一瞬だけ竜斗の気力が途切れた。


 その隙を縫うように、鞭が、またも槍を絡め取る。


「! しまっ――」


 今度は強く握る間もなく手からすり抜ける。途端に、がくんと身体が重くなる感覚。

 竜斗の得物を奪った鞭は、見せ付けるかのように空高く持ち上げられた。


「やった、やったぞ! ざまぁみろっ」

「くそ……!」


 槍を捕らえたまま暴れ続ける鞭を睨みながら、竜斗はその場から離れた。家の敷地から道路へと転がり出る。


「へへっ……逃がさないぜぇ?」


 しかしそれは悪手で、調子の乗った男児はすぐさま竜斗へと照準を合わせた。


「潰れろぉおぉおおぉお!」


 全力で振るわれた右腕。連動した鞭が、最高速度で襲い掛かった。

 竜斗の息が止まる。


 圧倒的な質量を以て、『魔源裂鞭(エナジーウィップ)』の一撃が地面を砕いた。

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