第17話 リーチ・ディスアドバンテージ
「でもやっぱり、あの子の『魔源裂鞭』は発動にムラがある。今も若干弱まってきてるみたい」
ちょうど気付いた時には、呼吸を荒げた男児が小休止を挟んでいた。あの巨大な鞭も消えている。
「反動か……。チャンスは今しかない!」
スピアの感触を確かめ、竜斗は屋根を踏み砕く。地上に下りるとすぐさま駆け出した。
竜斗の足と言えど、広範囲に及んでいた鞭の領域を抜けるのは容易ではなく、多少の時間がかかってしまう。
そしてその短い間で、男児の魔力は復活した。
「うわぁっ! やめろ、くんなぁああぁあぁあ!」
身を庇うように手をかざすと、形成されていく鞭が大振りの横薙ぎを放ってくる。
(ちっ、間に合わなかったか)
恐れもあったが、武器を持てばいける、と竜斗は槍を構えた。
襲い来る途中で完成された鞭と、競り合わんと振るった槍の穂先が、衝突。
一瞬の拮抗の後、鞭が巻き付いた。
「へっ!?」
力の流れを止められた鞭の先端が槍身をぐるぐると巻き取り、ぐん、と強く引っ張る。
スピアを離さなかった竜斗は、しなる鞭の遠心力に持っていかれた。
「リュウト!」
「う、お、おお、おっ!?」
大きく半円を描いた鞭の終着点は、一軒の木造家屋だった。
竜斗は壁を貫いて中に突っ込む。家を半ば倒壊させながら、鞭の支配から逃れた。
「いっ、てぇ……っ! けど、派手な割に、ダメージは少ないな……」
言いつつも、身体には大小様々な傷がついていた。立ち上がるのも一苦労といった感じで、竜斗は顔を歪める。
だが、実際竜斗の言葉通りである。家を半壊させる衝撃を受けても骨に異常はない。まだ武器を振るえる程度に元気なのは、一重にスキルの効果によるものだ。
身体能力だけでなく、防御力も上がる戦闘系スキル。下手に槍を奪われて脆弱になるよりかは、生存確率は高かったのであった。
槍を杖代わりに家から這い出ると、フェアルが崩れ落ちる瓦礫の中を縫って近付いてくる。
「だっ、だだだ大丈夫リュウト!? 生きてる!?」
「ああ……余裕余裕。なんなら楽しかったくらいだぜ」
「強がんないの! もう、無茶しないでよね?」
「分かってるって」
おろおろする妖精の姿を見て逆に冷静になった竜斗は、状況を分析する。
痛みはあるが耐えられないほどではなく、まだ戦える。問題は相手にあり、男児の鞭は健在であった。
「段々、魔力量が増えてる……?」
「え? 相手がか!?」
「持続時間が伸びてる上に、攻撃力だって初回とは比べ物にならない。敵はどんどん成長してるんだよ」
「それはつまり、次の反動で決着をつけないと……」
終わりのない破壊を前に、竜斗は限界を迎える。そんな未来が想像された。
「2度目の戦闘で敗北とか、どんなクソゲーチュートリアルだっての」
「だから、反動までは攻めにいかないで――」
鞭が振り下ろされた。半壊の家屋が止めを刺され、土煙が巻き上がる。
「――今はとにかく、逃げ続ける!」
「おう!」
粉塵の中から飛び出して、竜斗は男児の周縁を回り始めた。
鞭が竜斗を追いかける。
一発一発の威力は衰えずに、絶え間なく『反世界』を壊していく。
伸縮自在で不規則な動きをする鞭は、全方位から軌道の読みづらい乱打を続ける。
竜斗の逃げ回る範囲も、次第に荒れ地と化していく。
「はっはっはっは! どうしたおチビ君、攻撃が当たらないのではないか!?」
しかし彼は、脚力と体力に任せて鞭より疾く町を駆ける。槍も使わず、見切ってはただ避けていく。
男児は苛立ちで鞭の扱いが雑になり、それがより竜斗の回避を楽にする。
「狙いが単調で分かり易過ぎる。鞭の特性を活かしきれていないな! ククッ。加えて、神社登りで鍛え上げられたこのスピードには誰も追い付けな――」
瓦屋根の端に踏み出した竜斗の足が、ズルリと滑る。
「いっ?」
跳び損ね、宙に浮いた竜斗は垂直落下。
「なぁああぁあぁああっ!?」
「ちょっ、何してんの~っ!?」
ガサガサガサ、とその家の庭にあった木に突っ込み、まもなく地面に身体を打った。
不意の出来事で、心身共にショックを受けた竜斗であった。
「っつぅ~……!」
「もうっ、調子に乗ってよそ見してるからだよ! それに、痛がってる暇もないよ!」
数秒前に踏み外した屋根の瓦が弾け飛び、ほぼ同時に傍らの木も鈍い音を立てて折れる。
「落ちた落ちたぁ! うひひ。そこだな、もう逃げんなよぉおっ!」
男児の狙いが定まった。
鞭の攻撃はさらに苛烈さを増し、一度体勢を崩した竜斗は退避できず、いくらかを迎撃する。
「くっ」
手を伝う衝撃に顔を歪める。一気に距離を離したくても、槍での防御が精一杯だった。
小さな穂先で斬り払い続けるが、魔力の塊は怯まずに何度も叩き付けてくる。
やがて刺突で鞭の先端を弾いた時、一瞬だけ竜斗の気力が途切れた。
その隙を縫うように、鞭が、またも槍を絡め取る。
「! しまっ――」
今度は強く握る間もなく手からすり抜ける。途端に、がくんと身体が重くなる感覚。
竜斗の得物を奪った鞭は、見せ付けるかのように空高く持ち上げられた。
「やった、やったぞ! ざまぁみろっ」
「くそ……!」
槍を捕らえたまま暴れ続ける鞭を睨みながら、竜斗はその場から離れた。家の敷地から道路へと転がり出る。
「へへっ……逃がさないぜぇ?」
しかしそれは悪手で、調子の乗った男児はすぐさま竜斗へと照準を合わせた。
「潰れろぉおぉおおぉお!」
全力で振るわれた右腕。連動した鞭が、最高速度で襲い掛かった。
竜斗の息が止まる。
圧倒的な質量を以て、『魔源裂鞭』の一撃が地面を砕いた。




