第16話 たたかうこどもたち
心労は多くなるだろうと嘆息した竜斗。
しかし、与孤島町内を走り、次第にスキルホルダーの元へ向かっていると、考えが別の方向に傾いていっていた。
「ブロードソードは既に実戦済み、クレイモアの破壊力は昂るものがあるが対人戦では文字通りオーバーキル、となれば小回りの利くダガー、安全性の高いスピアが最有力候補……いや相手によってはメイス系やハンマー系も考慮すべきだが試運転がまだだし──」
「……リュウト。もうそろそろスキルホルダーのところに着くんだけど……」
「高速移動術や超長距離跳躍、常識外れの筋力、耐久力に頼るところが多い俺のスキルでは独学でなければいけない部分が多いが、体術の面が大きいためCQCの知識を得てナックルダスターの運用の試みも──」
「ええい正気に戻れ!」
「いてっ」
ぽすっ、と軽い音と共に、竜斗の頭へフェアルがタックルをかます。ダメージはないものの、彼の意識を呼び戻すには充分だった。
「何だよ、せっかく戦闘シミュレーションと今後の予定を立ててたっていうのに」
「私の声にも反応できないほど熱中しないでよね! 回収対象は近いんだから」
「王女さんのことを思い浮かべて興奮してたやつには言われたくないな……」
不平に愚痴を溢しつつ、竜斗は周囲への警戒を始めた。戦いは開戦の瞬間が重要であるためだ。
が、心の病に蝕まれている彼の注意深さはそう長続きしない。
「……結局初手は何でいこう。相手を見ないことにはなぁ。取り敢えずアジリティに特化した武器での牽制をして、あまり重傷は負わせられないから決着の付け方にも工夫が要るか。あと地形を生かした戦闘方法は──」
「……はぁ」
先導するフェアルは、既に諦めのスタンスを取った。
背後の中二病患者は気にせず、スキルホルダーの波動を探して索敵を強化した。
「……! やばい!」
その瞬間だった。フェアルは急降下して地面に両手をつく。
「ん? どうし」
「『次元転移』!」
「たっ──?」
脳内の世界に夢中だった竜斗は、リアルで起きた世界の転移に、反応が遅れるのであった。
──────────
轟音が鳴り響く。
「!?」
視界いっぱいに広がった光から強引に引っ張り出されるように、竜斗は全身が震える感覚を覚える。
そして確認しようとするまでもなく、原因が露となった。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
目の前の道路に横たわる、一本の太く深い亀裂。易々と斬り裂かれたコンクリートからは煙が上がっていた。
「あっぶなかったぁ~……。元の世界に大事故を起こすところだったよ」
「俺も、危うく真っ二つにされるところだった……。助かったぜフェアル」
「今度からは簡単に気を抜かないでね」
「ああ。だが、なんつー威力だ……」
足元を見やって冷や汗を流しつつも、竜斗は身構えた。灰色の模造品とはいえ、一撃で町に甚大な被害を及ぼした、まだ見ぬ強者の姿を探す。
「あそこ。あれが、今回の相手」
フェアルが向いた先──亀裂の端の方には、小さな人影が佇んでいた。
遥か遠くにいるということもあるが、実際、彼は小柄であった。
「こっ、子供ぉ!?」
見るからに幼い、小学生らしき男の子。容姿に特別変わった点があるわけでもなく、至って普通だ。
しかし、竜斗がどこか様子がおかしいと思ったのは、男児の雰囲気だった。
「くそっ、何だよくそっ……。みんなオレをバカにしやがって……!」
顔を歪ませ、目を血走らせ、ぶつぶつと何かを呟いている。突然色を失った町のことなど気にも留めず、ただ怒りを持て余していた。
「……? なんか、キレてる?」
「うん。どうやら、日常生活の中で溜まったストレスが引き金となって、スキルが発動されたみたい。戦闘系のように問題を起こしやすいスキルは負の感情に敏感だからね」
暴走の根源にあるのは、スキルの波動だけではない。本人の心の奥底にある感情も起因するのである。
「ちっくしょお、全員で先生に言うとか何なんだよ……。ずるいだろ、もぉ……!」
「……でもあれ、微笑ましくなるくらいガキっぽい怒り方だな」
ありし日の自分達が思い出され、口元が緩んでしまう竜斗。
「つーか子供って。スキルは老若男女に散らばったって言ってたけど、ほんとにあんな小さい子が戦えるのか? 俺としても、子供をいたぶる趣味はないぜ?」
「まぁ気が乗らないのも分かるけど、甘く見てたら痛い目に遭うよっ!」
途端、男児の右手が紫色の光を集め始めた。
「!」
「もう許さねぇ……みんなっ、全部っ、ぶっ壊れちまえばいいんだぁぁあああっ!!」
光は太く長く形を成していき、瞬く間に見上げるほど高く伸びる。
叫び声と同時に右手が降り下ろされると、それは大きくしなりながら、竜斗達の方向へ。
「うおわぁっ!?」
咄嗟に横跳びで回避した。だが、地面の叩き割られた衝撃で竜斗は吹き飛ばされる。
受け身を取り怪我こそなかったものの、直撃したかもしれない攻撃の凄まじさにぞっとする。
「ご、豪快と言いますか……半端ねぇなこれ」
「『魔源裂鞭』。魔力を具現化して鞭のようにするスキルだよ。魔力が源となってるから、長さや大きさは本人次第、破壊力も通常の鞭とは段違いだね」
「にしたって強すぎるだろ!」
硬いコンクリートを一振りで斬り裂く時点で、鞭の次元は疾うに超えていた。
すると男児が目を細め、竜斗に焦点を合わせた。
「ん? な、なんだお前は!」
「え、気付いてなかったのかよ」
「どうせお前も、オレを仲間外れにするんだろ、バカにして笑うんだろ!」
「ちょっ、ちょ、え!?」
暴走したスキルホルダーはまともに考えることをしない。我を失った男児は激昂すると、でたらめに腕を振り回した。
「くっそぉおおぉおぉおおおぉ!!」
一拍遅れて、鞭は再び動き出す。今度は止まることなく、男児の周囲を無作為に薙ぎ払っていく。
「~っ!?」
草木を消し飛ばし、電柱を圧し折り、家を倒壊させる。
次々に行われる破壊活動に、絶句しながらも逃げ惑う竜斗。フェアルは遠くから声を張り上げた。
「は、早く武器を召喚して!」
「そうだっ、えぇっと……『武器召喚』、『スピア』!」
咄嗟にその名が口をつくと、竜斗の手中に白い光の粒が集う。男児の鞭よりかなり細く短いが、硬く強固に変化する。
程なくして現れたのは、簡素な素槍だった。
細身の柄に鋭い穂先がついただけの単純な作りだが、それ故に軽く扱いやすいものである。
鞭のリーチとは比べ物にならないが、ある程度の有利は得ようとした結果だ。
武器を手にし、竜斗の身体が軽くなる。
身体能力向上効果によって彼には余裕が生まれ、体勢を整えてから高く跳躍した。
「っと。ふぅ」
男児からさらに離れた家屋の屋根で、一息。
未だ暴れ続ける一筋の閃光を眺め、竜斗は怪訝の色を隠さない。
「改めて見たら、とんでもねぇスキルだな。どう戦えってんだ」
「元はあんなに激しいスキルじゃないんだよ」
「そうなのか?」
合流したフェアルが解説する。
「スキルホルダーの強さは保有者の才能によるところも大きいからね。女子供が強敵になったり、逆に大人の男性が雑魚になったりするの」
「雑魚って……。とにかく、見た目で判断しちゃいけないってのはよく分かった。ただ……」
その先を察し、フェアルも唸る。
2人の視線は自然と前方――苛烈を極める鞭の連撃に向けられた。
「……どうしよう。この威力は想定外だよ」
「よくあんなスキルが発動されて、大惨事にならなかったな」
「状況から見るに、小学校でケンカでもして、怒って飛び出してきたんじゃない? 鞭が出たのも真っ昼間の外で、だから奇跡的に被害0」
「幸運重なりすぎかっ! 戦闘系スキル回収って、毎回リスキーじゃねぇか……」
今後の生活を想像し、ハラハラが止まらなそうな竜斗であった。




