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エピソード2〜コテハンデビューのきっかけ〜

いまではアイドルに"認知"されること、つまり名前や顔を覚えて貰えることって、割と当たり前のことになってきた。大接触時代というか、それだけ競争が激しくなってきておりダンピングを起こしているのかもしれない。


7〜8年前はもうちょっとハードルが高かったかもしれないけど、ボクが夢中になっていたのはアイドルのみならず、インターネットで冴えない男たちを相手にアイドルぶっている一般人の女の子だった。


中学生の頃から某匿名巨大掲示板群に埋没していたボクには、アルコール中毒者や、タバコ中毒者のごとくそれなしでは生きられない錯覚があった。現実生活に居場所を見出すことの出来ない日陰者にとってそこは聖域であったからだ。とはいいつつも、聖域も勿論、1つの社会であり、社会があれば明文化されなくともカーストは存在する訳で、極度の社会不安障害が疑われるこの男は、そんな匿名な場所ですら書き込んで他人とコミュニケーションを図るのは困難に感じられた。ようするに、ただ見ているだけといった使い方ばかりで、初めて書き込みをしたのは、見始めてから2年後のことだったのである。当時は心臓がバクバクして非常に緊張したことを今でもはっきりと覚えている。ボクにとって、世界とは見るものであって、自分自身が世界のプレイヤーであるという意識が全く持って根付いていなかった。それは世界が原因かもしれないし、親が原因なのかもしれないが、だからといってそれを言い訳にすることはこの世界では許されないことであった。


そんな、実は自分自身が世界のプレイヤーであることを認識し、練習を詰むことができる機能が、実をいうとこの匿名掲示板群には備わっていた。そして、恋愛の練習もここからスタートできた男がいたのである。


それは高校時代の部活の後輩♀であったMと音信不通になってから5ヶ月ばかり経過した、大学2年生の頃だった。この頃から、匿名掲示板群に存在する場所の中でも大学生が集まる、大学生活板(だいがくせいかついた)を良く覗くようになっていた。自分が所属する大学のスレッドも存在していたし、リア充よりもむしろ、そちら側の人間でない"非リア"が割と共感できる話題が多かったのが居着いた理由だったのかもしれない。そこでは、名前をつけて、固定ハンドルネーム、いわゆる"コテハン"として活動する人間の数が多く、そんな彼ら彼女らを観察したり、いじって遊ぶのが名無しの人間の楽しみ方の1つでもあったが、ボクはその手の遊びに対して最初は興味が無かった。


そんな折、自分が所属する、某漫画の舞台にも使われた大学の専用スレッドに、異物とも呼べる人物が混入した。


「渋谷でオフ会やりま〜す☆ ぁたしに焼き肉おごってくれる人募集中です☆」


ふざけていると思い、最初はからかいながらレスを飛ばして会話を直ぐに終了させたと記憶している。彼女は実をいうと大学生でなく、高校生だった。固定ハンドルネームをつけて、Jと名乗っていた。女性が固定ハンドルネームを付けると、俗に女固定とその界隈では呼ばれていた。。。




半年後、ボクはコテハンを付け、彼女Jについてのスレッドをしつこく立てては語る取り巻きと化していた。Mと連絡が取れなくなった絶望感を、インターネット空間の、目の前に現れた女性で埋めようとしていたのかもしれない。顔は掲示板上で晒していたので知っていた。アイドルヲタクがアイドルヲタクの頂点であるTO(トップヲタ)になりたいのと同様に、女固定のTOとして認知されるためだけに、自らを名無しでなく、固定としてデビューさせたのである。恋が脳内にドーパミンを分泌させた結果、みんなに見られる恥ずかしさよりもJと繋がりたいという思いが勝ってしまったのかもしれない。


しつこくアプローチし続けた結果。秋葉原のはずれにあるファミレスで会うことに成功した。その日、ボクはアイドルのイベントに秋葉原に来ていたのだけれども、待ち時間に大学生活板を眺めていると、Jも撮影会で小遣い稼ぎをしていたらしく、秋葉原にいるとの情報を得た、早速、メールアドレスも電話番号も知らないJに対して、掲示板に「会いたい」と書き込んでみると、すんなり、秋葉原はずれの、湯島方面のファミレスにいるから来るようにとレスが返ってきた。


「どうせ釣りでしょ」


ボクがそう書き込むと、


「良いから早く来いよ!行動力ないからモテないんだよ!」


語気を荒げた反応だった。騙されたと思って指定された場所に向かうと、店内に入って右手の1番手前、4人掛けのテーブル奥に、見たことある顔がいた。


「あら、あなたが主任?(ボクは当時、主任と名乗っていた)こんにちは」


「そうだよ、◯◯◯ですか?」


「そうよ、いいからここに座って、カレー食べてたけどもうお腹一杯だからあげるね、ぁたしお手洗いにいってくるからまってて」


そういいながら天井を見渡して、足首を意味ありげにクルクルと捻っていたのが見えた。なにか誘惑をされているように感じられた。


妙にキラキラしてみえた彼女は、撮影会ようにメイクをしていたようだった。実は中東系のハーフで顔は濃かったが、ベッピンさんだった。トイレから戻ってきて5分ぐらいすると、


「ぁたしそろそろいかなきゃ、また会おうね」


「わかった。じゃあまたね」


そういってお店を出ることになったので、ボクが彼女のカレー代金をレジで支払い、店を出て別れた。


帰宅後、パソコンの電源ボタンを押し、大学生活板を覗くと専用スレッドでJがボクに会ったことを、名無しのみんなに報告していた。


「主任、ぁたしの唾液入りカレーを食べて興奮してたよ。キモっ☆」


軽くいじられたが、これも愛情の裏返しと都合良く解釈しつつ、インターネットで出会った女性と、言えば会えるものなのだなと、妙に自信がついた気がした。そのとき他に接点のある女性がいなかったボクには、Jが世界に存在する唯一の女性に思われ、それ故に惚れた。もちろん彼女自身にも魅力は備わっていたが。


こうしてボクは、インターネットにおける恋愛市場のプレイヤーになった。インターネットでナンパするから、俗にネナン師と呼ばれる輩の一員になった訳である。

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