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――台風二十一号が勢力を拡大しながら接近しています。
テレビのキャスターが神妙な顔で繰り返している。
夏休みも残すところあと一週間。マルちゃんが言ってた、未来からのお迎えのタイミングも迫っている。でもまだ実感はない。カリンはもう、あたしの家族にすっかりうちとけていた。
「恋って、なに?」というカリンの問いにも、まだ、答えてあげられないでいる。
家族とカリン以外だれもいない、閑散とした店のなか。もの珍しげにテレビにうつる天気図を見つめるカリン。
「明日の昼ごろ、最接近するらしいな。今日から大雨に警戒、だと」
厨房からカウンターに顔を出したお父さんが、ため息まじりにつぶやいた。
「きょうは誰も来ないだろう。明日も臨時休業だな」
お前らも今日はあがっていいぞと言われ、あたしとカリンは部屋にもどった。カリンは台風の話を聞いてうきうきしていた。
「せっかくのお休みだし、隼人の家にあそびに行きたい。また、あのみずいろのシュワシュワがのみたい」
ラムネのことだ。外は出歩かないほうがいいよって言ったけど、聞く耳もたず。生まれてから、せいぜい夕立に降られて濡れたことがあるぐらいで、台風なんて未経験だし、どんなものか想像もつかないんだろう。
と、そのとき、あたしの携帯が鳴った。友達のマナからだった。
「もしもし、ひさしぶり。うん。……うん。毎日店の手伝いでクタクタだよー……」
カリンはあたしからすっと離れた。いたずらっぽくわらって、あたしに小さく手を振る。部屋のドアを開けて出ようとしている。
「カリン? ちょっと待っ……え? あ、ううん、何でもない」
カリンのやつ、ひとりで隼人のとこに行く気だ。冗談じゃない。絶対ふたりきりにさせない。というかそれ以前に、カリンをひとりで出歩かせたことがないから、何かやらかさないか心配だ。見た目は十八だけど、中身は子どもみたいなもんだし……。
気は焦るばかりなのに、マナはなかなか話をやめてくれない。やっと終わって切ったら、こんどはお母さんから手伝いを頼まれた。台風に備えて、植木を家に入れたり、物干し竿を仕舞ったり。ひと仕事終えて、すぐに沢木商店へ向かう。
空は黒い雲で覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。からだにまとわりつく風が妙に生ぬるい。道路では、どこから運ばれて来たのか、バケツやペットボトルが風にあおられてごろごろ転がっていた。
嵐が近づいている。
沢木商店は開いていた。こんにちは、と引き戸をあける。天候のせいか、いつもより中が薄暗いような気がした。テレビの音がひびいている。しばらくして、奥の座敷から、のっそりとおばあちゃんが出てきた。
「ああ、なずなちゃんか。ごめんな、気づかなかった」
「おばあちゃん。あの、隼人は」
「表で会わんかったか? ついさっき、へそ曲げて飛び出していった」
ふん、と鼻をならすおばあちゃん。出て行った? カリンは来てないの?
「心配いらん。本格的に雨風がひどくなる前に戻ってくるだろうよ」
「……あの。じゃあ、背が高くて、綺麗な女の人、こなかった? あたしの友達なの」
急におばあちゃんの表情がけわしくなる。むんずと、あたしの肩をつかむ。指が食い込みそう。
「あれはなずなちゃんの知り合いか。どこから来た女だ? あれは何者だ?」
その剣幕に、あたしは思わず後ずさった。
「北海道……。アメリカで暮らしてたこともあるって……」
じぶんで作ったカリンのプロフィールをたどたどしくなぞる。すると、おばあちゃんは安堵したようにほうっと息を吐いた。
「そうか。他人の空似か。いや、まさかそんなはずはないって思ってたんだ。若すぎるしな。でも、あまりにそっくりだったもんだから、つい感情的になってしまって……」
「そっくりって、だれに……?」
おばあちゃんはあたしをちらと見て、ふう、とため息をついた。そして、吐き捨てるように言った。
「隼人の、母親だ」
強い風が吹いていた。あたしの、肩まである髪があおられて、口の中にはいってくる。
隼人はどこに行ったんだろう。カリンは。
胸のなかにいやな予感が渦巻いている。何度も隼人の携帯にかけたけど、出ない。商店街を駆ける。いない。コンビニをのぞく。いない。
店に来たカリンをひと目見たおばあちゃんは、思わず怒鳴った。何しに来た? と。恥知らず、と。ひどく驚いておびえているカリンの顔を見て、おばあちゃんは我に返った。この娘は隼人の母親じゃない。どうみてもまだ十代、せいぜい二十代前半くらいの小娘じゃないか、って。
おばあちゃんの狼狽ぶりに、ただ事じゃないと思った隼人はその場で詰め寄った。どういうことだ、と。
カリン――自分の潜在意識にある、理想の女性像の具現化――が、自分を捨てた母親そっくりだったと知って。隼人は家を飛び出した。カリンは隼人のあとを追って行った。
おばあちゃんはすぐに戻ってくるって言ったけど。だけど。
図書館、学校、友達の家――、隼人が行きそうなところをつぎつぎに思い浮かべて、あたしは首を振った。きっと誰にも会いたくないはず。ひとりになれる場所って言ったら、――あそこだ。
学校へ続く道をそれて細道に入る。かなり急な坂だ。息を切らして登る。左手に生い茂る木々の隙間にふるい石段が見える。隼人は昔から、この神社の石段に腰かけてゲームをしたり漫画を読んだりしていた。
鬱蒼とした木々の葉が重なり合い、風にあおられてざわめいている。夢中で石段を駆けあがる。頬にぽとりとつめたいものが落ちる。雨だ。あたしは傘を開いた。
てっぺんまで登ると、神社の小さなお社の、上り縁のところに隼人が座っているのが見えた。ひとりだ。かかえた両膝に顔をうずめて、その広い肩は小刻みにふるえている。
近づくことができない。あたしは、自分のショートパンツのすそをぎゅっと握りしめた。いきなりびゅうっと強い風が吹いて、傘がひるがえり、骨が折れた。もう使えない。大きな雨粒があたしの頬をなぐりつける。
隼人が顔をあげた。目が合った。
「来んなよ」
赤く充血した目でにらみつけられて、あたしは何も言えない。勢いを増した雨が神社の森の木々を叩く。服も髪もみるみるうちに濡れていく。
「帰れよ」
「……嫌」
「帰れったら。風邪ひくぞ」
「帰らない。隼人といっしょじゃなきゃ、帰らない」
ぜったいにひとりにしておけないって思った。全身を硬く強張らせて、バリアを張って、ひとりで泣いてる、そんな隼人を。ひとりになんてできない。
隼人はため息をついた。勝手にしろよ、とつぶやく。あたしは隼人のとなりに、しずかに腰を下ろした。
「……おばあちゃんに、聞いたの」
そうか、と、かすれた声が返ってくる。
遠く、木々の向こうにジオラマのような街並みが見渡せる。その先に広がる海は鉛色をしていた。おもちゃのようなあたしたちの町は、今、黒いぶあつい雲に飲みこまれようとしている。
「カリンが」
隼人が重い口をひらいた。
「あいつ、俺のこと追いかけてきて。そんで俺、おまえの顔なんて見たくないって、言った。カリン、泣いてた」
隼人の肌も、くちびるも、色をうしなっている。あたしは隼人の手に自分の手をかさねた。あたしの体温を、わけてあげたかった。
「おれ、自分が気持ち悪いんだよ。潜在意識とやらにある、理想のオンナってのが、自分を捨てた母親そっくりだったとか。キモいだろ? 顔も覚えてないのに。憎んでたのに」
「……隼人」
「小学生のころ、会いに行ったろ、俺。手紙に書いてある住所に行って、どきどきしながら、アパートのチャイム鳴らして。そしたら、知らないオトコが出てきた」
あたしの手を、ぎゅっ、と強い力で握り返してくる。
「親父とは全然違うタイプの、ガタイのいい男。ってか、親父だって女と暮らしてる。子どももいるかもしれない。知りたくもない。あいつらの中で、俺のことは、なかったことになってるんだ。何なんだよ、俺って。オトコがいるなら、俺に手紙なんて書くなよ。母親面して会いたいとか言うなよ。俺なんか、生まなきゃよかったんだ」
ごう、と風がうずを巻いて、森が揺れた。激しい雨が社を叩く。強風にあおられて柱がきしむ。
「あたしは」
濡れた髪からしずくが落ちる。隼人の大きな瞳が、試すように、あたしを見つめている。
「あたしは。隼人がうまれて来てくれて、よかった。会えてよかった。だってあたしは」
その時。
フラッシュをたいたように、一瞬空が閃き、すぐに地が割れるような轟音がひびいた。反射的に悲鳴をあげて、ぎゅっと目を閉じる。雷だ。近くに落ちたのかもしれない。激しい雨の音、二度目の落雷。きゃあっと叫んで耳をふさぐ。
怖い。
「なずな。落ち着け。大丈夫だって」
耳元で低い声がした。ゆっくり目を開けると、あたしは隼人の腕の中にいた。うすいTシャツ一枚へだてて、熱い体温がじんわりと伝わってくる。とくとくと鼓動が聞こえる。隼人の心臓の音か、自分の心臓の音か、わからない。
一瞬で、燃えるようにからだが熱くなる。
「……あの。そんなにしがみつかれても。ちょっと痛い」
「あっ。ご、ごめんっ。あたし、こわくて、つい」
あわててからだを離そうとしたら、強く腕を引かれて、ふたたびあたしは、すっぽりと広い胸の中に収まってしまう。
「べつにいいよ。こうしてれば? おまえが雷キライなの、知ってるし」
稲光。すぐ近くにある隼人の顔が照らされる。むすっとふくれて、だけど、血の気がもどったのか、頬は赤い。
「なずな。ごめんな。おまえ、ずぶ濡れじゃん。俺なんかのために」
「俺なんかとか、言わないでよ。腹立つ。なんか、じゃないもん。隼人は、隼人は」
もう言ってしまえ。告げてしまえ。始まりがいつなのかわからない、気づいたら自分のからだじゅうをかけめぐっていた思い。頭の中にいるもうひとりのあたしが、あたしをせっついて。でも、裏腹に、あたしは大事なことに思い当たった。
「ねえ。カリンは? カリンはどこに行ったの?」
家に電話したけどカリンは戻っていなかった。お母さんに、危ないから早く帰りなさいと怒られたけど無視して電話を切る。隼人はあたしの手をひいて石段を下りた。だいじょうぶか、すべるなよ、と何度も隼人は怒鳴る。雨風はどんどん強くなっていく。あたしたちはずぶ濡れになりながら坂道を下って町道まで出た。
どこを探す? カリンはこの町の地理をよく知らない。行ったことがあるのは、沢木商店、近所のスーパー、それから、海。
海? まさか。海はあぶない。強風で荒れているはず。
汐見亭、あたしの家――の前で隼人はつないだ手を離した。
「なずな。カリンはおれが探すから、おまえは帰れ」
「嫌だ。あたしも探す」
「だめだ。危ないし、これ以上濡れたら風邪ひくぞ。カリンにひどいこと言ったのは俺だ。俺の責任だ」
「でも。心配だよ。家でひとりで待ってるなんてできない」
隼人はすがるあたしをつき離して、いきなりダッシュした。慌てて追いかけるけど、さすがに元陸上部、隼人の姿はどんどん遠ざかっていく。
海岸線沿いの県道まで来た。松の防砂林が風にあおられている。あたしはまっすぐに林の中を突っ切っていく。
「隼人―っ。カリンーっ」
妙な確信があたしを満たしていた。きっとカリンは浜だ。だってカリンは海から来た女の子だ。きっと、自分が帰る場所もまた、海だと思っている。
林を抜ける。と、途端にまばゆいひかりがまぶたを刺した。
ゆっくりと目を開けると、なんと、目の前にひろがる海は凪いでいる。ぶあつい雲が割れて、そこからひかりが差し込んでいるのだ。だけどそれは、太陽のひかりではなかった。雲の隙間から降りてくる、巨大な銀色の円盤。ひかりは円盤から放たれている。
やさしい波の音だけがあたりにひびいている。いつもと変わらない潮騒。波打ち際に、背の高い男の子のシルエットがある。隼人だ。あたしは駆け寄った。
「隼人。あれ、なに? UFO?」
「なずな。ばか。お前、帰れって言ったろ?」
おふたりさん、と背後から声がして振り返る。マルちゃんだ。あっと声をあげそうになる。いつものもっさりとした装いじゃない。銀色の短髪に、左耳にピアス。光沢のある、ぱりっとした群青色のスーツ。デザインは今の紳士服のと似てるけど、素材が。なんだかぴっちりしている。眼鏡はかけてない。それから、
「カリン!」
カリンはさっとマルちゃんの後ろに身をかくした。マルちゃんの着ているのと同じ素材の、白いぱりっとしたミニのワンピースを身にまとっている。マルちゃんは目を細めて巨大な円盤を見上げた。
「お迎えが来たのさ」
「そんな……。ねえ、今じゃなきゃだめなの? 来週、花火大会なんだよ。一緒に浴衣着て行こうと思ってたのに」
「おやおや、なずなちゃん。最初から言ってたじゃないか。八月最後の週のどこか、って。それに、カリンに、早く未来に帰ってほしかったんじゃなかったのかい?」
それはそうだけど、と口ごもっていると、マルちゃんが追い打ちをかけてきた。
「カリンは早く2120年へ行きたいそうだ。隼人くんに嫌われて、もう生きている意味がないと、わたしに泣きついてきた。何があったかは知らないが、こちらとしては都合がいい。離れたくないと泣き叫ぶオンラバを無理やり持ち主から引き離すのは、正直胸が痛いからね」
あたしは視線をカリンに移した。カリンは、ぎゅっと口を引き結んで、顔を固くこわばらせている。
「カリン。ねえ、カリン。本当に、未来へ行くの? 隼人と離れるんだよ。会えなくなるんだよ。……あたしとも」
カリンの端正な眉がぴくりと動いた。隼人が口を開く。
「カリン、ごめん。悪かった。今日のは、八つ当たりだ。カリンは確かに俺の母親と見た目はそっくりかもしれないけど、別人だもんな。カリンは、カリンだよ。俺が馬鹿だったんだ」
円盤から降りそそぐ白いひかりがカリンの黒髪に天使の輪をつくる。カリンはちいさく首をかしげて、ふわりと、どこかさびしげに、ほほえんだ。
「アオノさんに聞いたの。あたし、隼人に嫌われて苦しくて苦しくて、でも、その苦しいって気持ちや、隼人が好きっていう気持ちは、あたしのものじゃないんだって。だれかがあたしの頭の中に、勝手に植えつけた気持ちなんだって」
マルちゃんは口の端をかすかに持ち上げた。あたしと、隼人を、交互に見つめる。
「ずっとカリンのことは監視していたんだ。これを使って通信もしていた。根気よく説明をつづけて、自分自身がどういう存在であるか、わかってもらった」
左耳のピアスを撫でる。あっ、と声をあげそうになった。カリンの耳にあるものと同じだ。ただのアクセサリーじゃなかったんだ。
「悪いね。もうそろそろ、時間だ」
ねえ、とあたしはマルちゃんに問いかけた。
「未来へ行って、カリンからオンラバとしてのプログラムを解除して。そしたら、カリン、どうなっちゃうの? あたしや隼人のこと、忘れちゃうの?」
マルちゃんはうなずく。
「残念だけどね。カリンは、一旦、まっさらな存在になる。スタートラインに立つんだ。誰の意志にもよらないオリジナルな存在として、自分の人生を、はじめるんだ」
マルちゃんがカリンの背中をぽんと押した。
わずかばかりの、最後の、別れの時間。
カリンは隼人を抱きしめた。それから、あたしのことも。カリンの髪から、あたしと同じシャンプーのにおいがする。
「ねえ、なずな。あたしが隼人を好きな気持ちは偽物なんだって。だから教えて。本物はなに? 好きって、どういうこと?」
カリンのやわらかいからだに腕をまわす。あたしより背が高いのに、てんで小さな子供みたいな、カリン。タマゴからうまれた、ふしぎな友達。
「好きって、たぶん、ひとりひとりちがうの。本物も、偽物も、間違いも正解もないの」
顔をあげてカリンの目を見つめる。澄んだ湖のような、吸い込まれそうに美しい瞳。
「あたしの『好き』は」
ことりと胸の奥が鳴る。神社で、隼人のとなりで、あたしの全身を満たしていた気持ち。分かち合いたくて、できなくて、もどかしくて、だけどそばにいたい。そんなシンプルな気持ち。
あたしはふたたび口をひらいた。
「あたしの『好き』は、そのひとの、さびしさに寄り添うこと。ひとはみんなひとりだから。みんな、さびしさを持ってるの。だから誰かを好きになるの」
「あたしもさびしいよ、なずな。隼人」
カリンがあたしからからだを離した。
「隼人が好き。なずなも好き。だからさびしいよ」
カリンは泣いていた。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、だけど、あたしたちを見て、懸命に笑顔をつくってみせる。あたしは見惚れた。
綺麗。カリンは、ほんとうに、綺麗な女の子。
「行こうか」
マルちゃんがカリンの背中を押して、それからあたしのほうに向きなおった。
「ありがとう。きみたちには感謝している。とくに――、なずなちゃん。カリンが君を慕っていたのは、驚異だった。とてもめずらしいことなんだ。プログラムされた人間以外の存在に、親愛の情を示すなんて。もしかしたらー―」
マルちゃんがあたしの目を見つめる。二秒ぐらい沈黙して、それから、
「いや、だとしても、どうにもできない。忘れてくれ」
と首をふる。わけがわからない。だけどこの時、なぜか、どうしようもない深いさびしさがせりあがってきたの。大丈夫か、と隼人に肩をたたかれる。うん、と力なく答える。
円盤がくるくると回転して、砂浜にスポットライトのようなひかりを落とした。マルちゃんがカリンの肩を抱いて、ライトの真下に立つ。ふたりのからだが浮いて、そのまま、すうっと円盤に吸い込まれていく。
さよなら、と声がした次の瞬間、円盤は、ふっ、と姿を消した。ほんとうに、まばたきしているぐらいの短い時間。
空はふたたび黒い雲に覆われ、風がうねり、波が暴れはじめる。
「いけない。なずな、戻ろう」
隼人があたしの手をひいた。濡れた砂を踏み散らして駆ける。さっきまでの非現実的な光景は、嵐が見せたまぼろしで、家にもどればカリンがあたしの布団で無防備に寝ているんじゃないかとあたしは思った。そして、目をさまして、眠たげにまぶたをこすりながら、「隼人は?」って、聞くんだ。きっとそうだ。
だけどもちろんこれは夢でもまぼろしでもない。カリンはあたしたちのことを、もうすぐ、わすれてしまう。わすれてしまうの。
こうして百年先の未来へ、カリンは帰っていった。
嵐は去り、夏休みは終わり、いつも通りの凪いだ日常がもどった。
開け放した窓から風が吹きこむ。あたしの机の上で、いつかカリンにもらった白い巻貝が、ころんと揺れていた。