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 翌朝になってもカリンは起きなかった。意識があるのか心配になるくらい深い眠りだ。息はあるし、胸も上下に規則的に動いているから大丈夫なんだろうけど。

 あたしもカリンのとなりで夢もみないで爆睡してたみたい。ねぼけた頭で、一瞬、このひとだれ? って思って、それからすぐに一連の出来事を思い出した。ため息がこぼれた。

 まだカリンが起きないのを横目で確認して、とりあえず部屋を出て階段を降りる。両親はすでに店に出ていて、台所にも茶の間にもだれもいない。グラスにオレンジジュースを注いでひといきに飲み干し、食パンをトースターにセットする。その間に顔を洗う。

 トースターがチン、と鳴った。バターといちごジャムを塗りたくってもそもそと咀嚼する。ちっともおいしくない。

 と、また携帯が鳴った。隼人からだ。

「もしもし」

「もしもし。何だその声。おまえ寝てたろ。今何時だと思ってんの」

 笑いをかみ殺したような声。

「うちにマルちゃんが来てる。作戦会議しようぜ。さっさと準備して来い」

 一方的に言って電話が切れた。なんなのエラそうに、とあたしはひとりでぶうたれる。

 着がえようと二階にもどると、カリンが起きていた。ふあああ、と猫のようにのびをしている。あたしと目があって、カリンは、くん、と首をかしげた。

「ねえ、あなた誰? 隼人はどこ?」

 起きて一発目に言うせりふがそれなの?

「あたしは、なずな。ここはあたしの家。隼人はここにはいない」

「どうして? わたし、隼人の妻なのよ?」

 この世の終わりが来たみたいに瞳をくもらせるカリン。

「ねえ、隼人に会わせて。胸がくるしいの」

 あたしにすがりつく。目のふちにみるみる涙がたまって、今にもこぼれ落ちそう。

 弱ったな。これじゃ、まるであたしが泣かせてるみたいじゃない。あたしはぽんっとカリンの肩をたたいた。

「わかったわかった。今から隼人んとこ行くからついておいで。っと、でも、そのカッコで外出るのはあんまりだよね……」

 Tシャツもジーンズもつんつるてん。あきらかにサイズの合わない服をむりやり着ているのだ。

 あたしはしばし考え、となりの空き部屋にカリンを引っぱりこんだ。ここはお姉ちゃんが使っていた部屋で、机とか本棚とか、ほぼそのままになっている。もしかしたら、服も何着かは置いていったかも。箪笥をさぐると案の定。靴も何足かある。お姉ちゃんも背が高いほうだったし、あたしの服よりはサイズが合うだろう。ためしに、マキシ丈のノースリーブ・ワンピをカリンに着せたらぴったりだった。ていうか似合いすぎる。あたしには無理。短足チビにはマキシは無理。ノースリも、たくましい二の腕がコンニチハするから無理! と、ひとりでブルーになってたら、カリンがあたしをせっついた。

「ねえ、はやく隼人のところへ行こう?」

 まったく、いまいましいバイオロイドめ。


 隼人の家は沢木商店というちいさな店だ。駄菓子とかアイスとか、ちょっとした文具とか日用品とかを売っている。隼人のおばあちゃんがひとりで切り盛りしているんだ。こぢんまりしたレジのすぐ後ろが上がり縁になっていて、その奥が居間になってる。おばあちゃんは、お客がいないときはずっとそこでテレビを見ている。客が来ても気づかないときも多々ある。

 隼人は、父方の祖母にあたるこのおばあちゃんとふたり暮らしだ。隼人の両親は学生結婚だったけどうまくいかず、お母さんは赤ん坊の隼人を置いて出て行った。お父さんは自分の母親に隼人をあずけ、大学に通った。卒業して就職しても隼人を引き取ることはなく、そのまま今に至る。小さいころは休みのたびに会いに来てたらしいけど、だんだん足が遠のき、今ではまったく姿を見せない。それでも、養育費だけは毎月振り込まれるらしいから、忘れてしまったわけじゃないんだろう。

 田舎町だし、近所だし、うちは定食屋だし、大人たちが口さがなくうわさするので、あたしは隼人の事情を早くから知っていた。隼人もあたしに冗談めかしてうそぶくことがあった。

 五年生のときかな。隼人んちの、レジ奥の居間でいっしょにテレビを見ていたときのこと。二十歳そこらの芸能人カップルができ婚したっていうニュースが流れていた。

「せいぜいがんばれよー。おれの親みたいになるなよー」

 そんなふうに茶化して、隼人はわらった。あたしはわらえなかった。ひざをかかえて、日に焼けて茶色くなったたたみの目を、ただ見つめていた。

 こんな時。隼人が、泣きたいのにわらってる、そんな時。あたしはどうしていいかわからなくなる。胸が痛くてぎゅっとなって、だけど隼人はもっと痛いんだって思って、へいきなふりしてる隼人の横顔を見ないようにすることぐらいしか、できなくなる。


 沢木商店の、いまどき自動じゃない引き戸のドアをあけると、なつかしいにおいがあたしをつつんだ。子どものための駄菓子屋さんだけが持っているにおい。きっと、瓶入りで売られてるするめとか、粉のジュースとか、三十円のスナックとか、奥にひっそりと陳列されてる、ろうそくや牛乳石鹸やママレモンとかが放ってるんだ。

 レジにはおばあちゃんはいない。奥の座敷に、こんにちはと声をかけると、「遅いぞ」とぶっきらぼうな声が返ってくる。とたんに、今まであたしの後ろにおびえるようにかくれていたカリンが、「隼人っ!」と黄色い歓声をあげた。

「あれ? もう目、覚めちゃった?」

 のそのそと怪しい未来人――マルちゃんがレジのほうへ這い出してくる。手にはラムネの瓶。

「いや、これは美味いね。この店も宝の山だ。しかし、しかしだ。残念ながらぼくにはこの時代のものを砂粒ひとつでさえ持ち帰ることはできない。記録をとることすら許されていないんだ。ああ、なんて勿体ない! 歴史学者やマニアたちがよだれを流して欲しがるだろうに!」

 なげくマルちゃん。タイムトラベルにはきびしい制約があるのかな、とあたしはちらっと思った。ま、いいけど、さ。

「隼人!」

 カリンがせつなげな叫びをあげてマルちゃんを押しのける。

「ちょっとカリン!」

 あたしも彼女を追いかけてそのまま靴を脱いで上がりこんだ。カリンはあっけにとられている隼人に飛びつき、猫のようにあまえている。

「あ、あのー……」

 真っ赤になって鼻の下を伸ばしている隼人。ふん、また鼻血吹いて倒れればいいのに。

「ちょっとカリン。離れなさいよ。いい? 隼人はまだ十五歳なの。この時代のこの国じゃ、十八歳未満がべたべたいちゃつくのは法律違反なの! いちゃ禁なの!」

 あることないこと言ってやったら、えー、とカリンはほっぺをふくらませた。こういうぶりぶりの仕草もさまになる。ていうか、これもプログラムされてるの? それとも隼人の好み?

「ねえ、なずなはなんでそんなに怒ってるの? ひょっとして、なずなも隼人の妻なの?」

 ぶっ、と隼人が飲んでいたラムネを噴いた。かあっと全身が火照ったあたしは、つい怒鳴ってしまう。

「そんなわけないじゃない!」

「じゃあ、なずなは隼人の、なに?」

「なにって、えっと、おさななじみ、かな……?」

 たしかにあたしが怒る筋合いなんてひとつもない。カリンは無邪気に、「おさななじみってなに?」なんて聞いてくる。

「えっと、小さいころからつるんでる、きょうだいみたいな……関係?」

「なずなと隼人は、きょうだいなの?」

「ち、ちがうちがう! ……ただの、ともだち、だよ……」

 言っていてなぜか悲しくなってきた。うん。ただの、ともだち。

 お互いの家に入り浸って遊んでいたのは小学生のころまで。うちの両親が隼人のことを気にかけているのと、クラスが同じなのとで、相変わらず会えば軽口は叩く仲だけど……、それだけ。

 そっかあ、とカリンはわらった。

「なあんだ。なずなも隼人の妻だったら楽しいのに!」

 屈託ないほほえみ。あたしは、思わず、はい? と聞き返してしまった。隼人もぽかんと口をあけている。楽しい、って。ジェラシーという感情はプログラムされてないのかな。

「愛玩用、というか、愛人用バイオロイドだからね」

 いつの間にか背後にいたマルちゃんがつぶやいた。

 あたしと隼人は沈みこんでしまった。愛人の嫉妬なんて邪魔でしかない。だから最初から織り込まれていない。そういえば、生殖能力もないって言ってた。だけど行為は可能だ、とも。

 やるせない空気がせまい六畳間に満ちていく。カリンたちは、あくまで、人間の都合のいいようにつくられた「もの」なのだ。

 隼人が立ち上がって、つっかけをはいて店へ出た。冷蔵庫のとびらが開く音、子銭の擦れる音、チン、とレジの開く音。

 ぼうっとしてたら、いきなり、首すじにひやっこいものが触れた。きゃっ、と飛び上がるあたし。隼人がいたずらっぽくわらった。

「そんな顔すんな。まあ飲め」

 ラムネをあたしのほっぺたに押し当てる。ありがと、とちいさくつぶやいた。

 ビー玉をぽんと押し込むと泡があふれてこぼれ落ちそうになって、あわててすする。

 隼人はもう一本のラムネをカリンにあげた。大きな瞳を見開いて、ラムネのびんを裏返したりさかさまにしたり、飽きることなくながめている。うまれたばかりだから、目に映るなにもかもが、新鮮なんだろう。

 おばあちゃんは今、町内会の集まりに行っていて隼人が店番を頼まれているらしい。隼人は表のドアを閉めて「臨時休業」の張り紙をしてにんまりわらった。悪いヤツ。


 ようやっと、ちゃぶ台を囲んで本題にはいる。マルちゃんが、こほん、と咳払いをした。

「そもそも、なぜ、2105年、きみたちから見たらはるか未来だ――からタマゴが来たのか。それは時空震のせいだ」

 時空震? 聞いたことのないことばだ。

「きみたちがきょとんとするのも無理はない。この現象は、時空間航行が可能となった、その代償としてあらわれたものだ。きみたちの時代ではまだ時を超える技術が確立されていないので基本時空震は起こり得ない。起こっていたとしても観測するすべがない。そもそも時空に亀裂が生じるという概念がない」

「すいません。ちょっとわかんない」

 隼人が手をあげる。授業みたい。

「うむ。ようするにだ。タイムマシンを想像してくれ。あれは自由に過去に行ったり未来に行ったりできるだろう? 人間があまりにも考えなしに行ったり来たりしたもんだから、そのたびに時間軸が不自然に歪んで、その歪みが時震、時が震えるって書いて時震ね、を引き起こすようになってしまったわけだ」

「はあ……。んで、その、時が震えると、どうなんの?」

「目には見えないから特別な機器を使わなければ計測はできないのだが、まあ、いきなり落とし穴があらわれると仮定してくれ。その穴に落ちると何万年後の未来に行きつく。または二十年前の過去。どの年代、どの地域に飛ばされるかは落ちてみるまでわからない。穴でなく、びりびりに裂けることもある。ちょうどほら、それみたいな」

 マルちゃんはふすまを指差した。縦に大きな傷がある。隼人がむかしやんちゃして破ったのを、おばあちゃんが横着してそのままにしているのだ。

「規模はさまざまだ。大きな時空震になると、学校や施設ごと違う時代に飛ばされることもある。小さなものだと、小石が一個、いつのまにか消えていたという程度だ」

「じゃあ、あたしが拾ったタマゴは、その『時空震』に飲みこまれてここへ来たっていうこと?」

「そういうこと」

 マルちゃんはちゃぶ台に広げてあるお菓子をつまんだ。

「むむ。美味い」

「んで、タマゴがどこの時代に行っちゃったか測定して、マルちゃんが派遣されたんだ? で、海に落ちてたタマゴは、どういうわけかスタンバイ状態になってた、ってわけ?」

「まあ、そうだ。隼人くんはなかなか察しがいい。タマゴの下部にダイヤルがあってだな、本来は、それを決まった回数回さないとスタンバイ状態にならない。購入者にしか教えられない暗号のようなものだ」

「金庫みてえ」

「それで、最初にみた人の理想をインプットするんでしょ? 最初にタマゴ見つけたのあたしだよ。どうしてあたしじゃなくて隼人なの?」

「それは簡単。このタマゴが女性で、きみの性的指向が男性だったから反応しなかった。隼人くんの性的指向は女性だった。かりになずなちゃんがレズビアンだったらなずなちゃんの理想の女性像がつくられていた可能性がある」

「……はあ」

「ねえ隼人ぉ。つまんない。はやくふたりであそぼ?」

 長話に飽きたカリンが隼人にしなだれかかっている。ぎろっとにらみつけてやる。

「いきさつはわかった。一刻もはやく、あれを未来に連れて帰ってくれない?」

「なずなちゃん、そんな怖い顔しないで。ごめんよ。君たちにはほんっとうに申し訳ないが、一か月ほど、カリンをあずかってくれないか?」

「はあああ?」

 あたしは、がん、とちゃぶ台をこぶしで叩いた。

「さっき説明したろ、時空震。ぼくらの時代では、時空震の発生を抑えるため、時空間航行が厳しく制限されているんだ。時空のひずみが最小限で収まるようなタイミングを計算で導き出して、そのわずかなチャンスを狙って飛ぶしかない。そして、その、直近のチャンスは、八月の最終週のどこかだ。詳しい日時は、まだ直前にならないとわからない。まあ、お迎えが来たら知らせる。八月最後の週は遠出をしないように」

「って、勝手に話すすめないでよ。夏休みいっぱい面倒見ろってこと? 冗談じゃないわよアンタの時代のものでしょアンタが面倒みるのが筋でしょ?」

 ぶち切れ寸前ですごむあたしに、マルちゃんは冷や汗をかきながら弁解した。

「オンラバは持ち主をどこまでも慕うようにプログラムされている。飼い主以外にはなつかない犬のようなものだ」

 隼人にべったりくっついているカリンが、マルちゃんをにらみつけている。毛を逆立てて威嚇している猫みたい。マルちゃんが、未来に自分を連れ帰る・イコール・隼人から引き離す存在ってこと、本能(ていうかプログラム?)的にわかってるのかも。でも。

「だからって、隼人にあずかれって? あのね、隼人は未成年なの! いくら隼人を慕うようにプログラムされてるからって、ありえない! 絶対ないって信じてるけど! 信じてるけど、隼人だって男子だし、もし、もし間違いなんて起こったら……」

 鼻の奥が熱い。のどの奥から何かがこみあげてくる。

「なずな、泣いてんの?」

 隼人の声が戸惑ってる。あたしはとっさに背を向けた。

「なんで、おまえが泣くの?」

「泣いてない。泣いてないし、あんたには関係ない」

 アルマジロのように背中を固く丸めて震えるあたしの頭の上に、やわらかな手のひらが乗った。そっと顔をあげると、吸い込まれそうに美しいアーモンド・アイがあたしを見つめている。

「なずな。泣かないで」

 たどたどしい手つきで、よしよし、とあたしの頭をなでる。

「……カリン」

 そうだ。カリンは何も悪くない。未来で適切な処置を受けて、ほんとうの自分の人生を生きる権利がある。タマゴをひろったのはあたし。カリンが生まれたきっかけをつくったのはあたし。あたしにも責任はある。カリンを真っ当な未来へ送り出す責任。

 カリンの手をそっと握った。やわらかくて、あたたかい。あたしたちと同じ血が通っている。

 息をすうっと吸って、あたしはマルちゃんのほうに向きなおった。

「あたしがカリンを預かります。なんとか家族を言いくるめて、夏休みの間だけ泊めてもらう。うち、定食屋で自分たちの食事はアバウトだから、なんとかカリンのぶんもまかなえると思う。カリンは生まれたばっかりで知らないことたくさんあるし、同じ女子のあたしがそばにいたほうが、いろいろ都合がいいと思う」

 しばし沈黙がながれた。マルちゃんはあたしに、ありがとう、とほほえんだ。それからカリンにちらと視線をやって、ふうん、と言った。あごに手をやって、何やら考え込んでいる。隼人は、ちょっとだけ拗ねた子どもみたいにあたしをにらんだ。

 あたしは頭の中で両親にカリンのことをどう説明するか考えていた。うちの親は情に厚いし、困っているひとをほうっておけないところがある。実際、あたしが小さいころは、そういう「わけあり」のひとを短期間雇ったり住まわせたりしていたのを覚えている。どうにか丸め込めるかもしれない。友達には……きっと見つかるだろうし、何と言ってごまかすか、またあとで考えることにする。


 あたしとカリンは手をつないで帰った。カリンは泣きすぎて目が真っ赤だ。隼人と離れたくなくて駄々をこねたのだ。隼人んちのばあちゃんがとにかく鬼のように怖いんだよ、と言い聞かせてどうにか引き離した。おばあちゃん、ごめんね。

 飼い主以外にはなつかない犬。そうマルちゃんは言った。カリンの場合、『飼い主』にあたるのは隼人なわけで、なのに今、彼女はあたしにおとなしく手をひかれている。なんか妙だな。

 ぐうう、って。あたしの思考を引き裂くように、まぬけな音がひびく。カリンのおなかの音。

 そういえばこのひと、昨日は寝てばかりで何も食べてない。お昼もお菓子をつまんだだけ。家に着いたら何かつくってあげよう、そう思っているとあたしの携帯が短く鳴った。隼人からのメッセージだ。

「見くびんなよ」

 とある。どきりと心臓が鳴る。ふたたび携帯が鳴る。さっきの続きのメッセージ。

「俺、好きなやつ以外とは、絶対に、間違いなんて起こさないから」

 さっきの、隼人の拗ねた顔が脳裏にうかんだ。

 隼人から、「好きなやつ」なんて単語、初めて聞いた。心臓がどくどくと暴れ出す。

 好きなひとがいるの? だれ?

 動揺をふりはらうようにあたしは頭をぶんぶん振った。きっと単なる強がりだ。かっこつけだ。カリンに迫られて、鼻の下伸ばして、まんざらでもなさそうな顔してたくせに。

 どうしたの? とカリンに顔をのぞきこまれて、あたしはあわてて携帯をかくす。ひみつ、と小さくつぶやいた。そう、ひみつ。


「それで、この子とはどこで知り合ったわけ? 年も違うし、まったく接点ないじゃない」

 お母さんのもっともすぎる質問。うたがい深げなまなざしが突き刺さって痛い。

 野宮カリン十八歳、フリーター。家族にはわけあって勘当されている。北海道出身。……というのが急ごしらえのカリンのプロフィールだ。

 お客のはけた汐見亭、表には準備中の札がかかっている。お父さんはカウンターで新聞を広げながらあたしたちの会話に耳をそばだてている。

「えっと、えっとえっと、ぶ、文通で」

 とっさについた嘘に、お母さんは目をかがやかせた。

「まあ、ペンパルなの? いまどきめずらしい。お母さんもしてたわあ、文通。懐かしい。ふうん、それで、ふたりは手紙で友情をはぐくんで、カリンちゃんはなずなに人知れず悩みをつづってきたのね……」

 文通のことはちょっとむかしの漫画で読んだ。知らないひとと、手紙のやりとりをして交友をふかめることらしい。SNSやネットとかで知り合ったなんて言ったら絶対信用しなかっただろうに、この反応はなに? お母さん、文通をめぐる甘酸っぱい思い出でもあるのかな。

「突然押しかけて申し訳ありません。でも、どうしてもなずなさんに会ってみたくて」

 カリンは、家に着く前にあたしが仕込んでおいたセリフを滞りなく吐いた。なかなかうまい。

「だけど一か月もいるって……、あなた、仕事は?」

 カリンの脇腹をひじでこづく。カリンは思い出したように背すじをしゃっきりと伸ばした。

「あ、あのっ。よろしければ、お店のお手伝いをさせてくださいっ。何でもしますっ」

 深々と、おじぎ。よし、合格。

「接客業はしたことないらしいんだけど、彼女、まじめだから大丈夫だと思う。ね、お父さん、いいでしょ?」

「うーん。ま、今年はえりかも帰省しないらしいし、誰かさんはちっとも手伝わんからな。夏は海水浴客でただでさえ混むってのに困ってたんだ。働いてもらえるなら助かる。素性は知らんが、悪い娘じゃなさそうだし、いいだろう」

 お父さんは広げた新聞紙をちょっとだけ下げてカリンをちらりと見ると、きまり悪そうにこほんと咳払いして、よろしくな、と言った。少し耳たぶが赤い。カリンがあまりにもきれいだから直視できないんだ。ほんっとお父さんったら、いい年して。……って、それは置いておいて。ひとまずは、カリンを家に置いてもらえることになった。


 こうして、あたしたちの、あわただしい夏休みがはじまった。


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