【番外編2】 その後の二人・中編
部屋を出るのは諦めたものの、ヴィルトがいないとやることもないので暇だった。
とりあえず、本棚へ向かう。
「あっ、これ懐かしいな」
私は1冊の読み古された絵本を手に取った。
幼いヴィルトを寝かしつけるとき、私はいつも物語を語っていた。
それは元の世界で聞いた童話が主だったのだけど、ネタが尽きてしまって。
こちらの世界の本を読んで聞かせようと思いつき、本屋に連れていってもらって選んだのがこの本だ。
金色の髪に金の瞳のお姫様と、黒づくめの騎士の押絵が素敵でつい手に取った。
この国ではとても有名で、1番よく読まれている話らしい。
私が今住んでいるウェザリオの建国のお話で、『金の姫と黒の騎士』という絵本。
手に入れたのはいいものの、当時の私は文字が読めなかった。
この世界に来た時、何故か私は言語を理解していた。
日本語ではないはずの彼らの言葉が、すんなりとわかり、私が話す言葉も何故か彼らに伝わった。
不思議な異世界だからと済ませていたけれど、文字だけはそうはいかなかった。
周りのメイド達に習っていたら、バティスト夫人がヴィルトと一緒に授業を受けたらいいと言ってくれて、それに便乗した。
私が一緒に授業を受けると、ヴィルトも真面目に勉強したりして、一石二鳥だと気づいた。
それからはずっとヴィルトと一緒に学んできた部分がある。
2人で何度もこの絵本を読んできた。
本のページは擦れて柔らかくなっていて、その感触が指に心地いい。
そっと表紙を開いてみる。
物語は、この国が昔悪政で荒れ果てていたところから始まる。
悪い王様は身内も皆殺してしまって、隠れて暮らしていた幼いお姫様は、王族の最後の1人になってしまう。
追っ手に襲われてもう終わりだと思った時、どこからか黒い騎士が現れて、お姫様を助けてくれるのだ。
謎の黒い騎士は、あなたのために新しい国をつくろうと、お姫様に忠誠を誓う。
黒い騎士に支えられて、お姫様はウェザリオという新しい国を創った。
『ウェザ』は、この国の言葉で風。『リオ』は始まりという意味らしい。
新しい風を吹き込むようにというお姫様の願いどおり、この国は今までとは違う、豊かな国へと変わって行った。
お姫様が大人になって、結婚して、子供が出来て、おばあさんになって。
最後の時まで、その側にはずっと、黒い騎士の姿があったという。
終わりは、めでたしめでたしで締められたお話。
「ん? なんかこの騎士って……ヤイチさんに似てる?」
気のせいかもしれないけど、読み返してそんなことを思った。
昔は気にしてはいなかったけれど、騎士の持っている剣も、この世界の剣よりも日本刀に近い気がする。
「ミサキ、帰ったぞ!」
考えていたら、ヴィルトが部屋に入ってきたので、絵本を閉じる。
ヴィルトの手には、私の服があった。
「準備も整ったし、久々に部屋から出ようか」
明らかにヴィルトは上機嫌だった。
何かたくらんでいるなと思ったけれど、この様子からすると、私を喜ばせようとしているように見えたから、わかったと従うことにした。
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なぜか屋敷は、ぱたぱたと皆忙しそうだった。
来客の予定でもあるのかもしれない。
近くにいた同僚を捕まえて聞こうとしたら、はぐらかされて逃げられてしまった。
まぁいいや。
あとで、他の子に聞こう。
気を取り直し、ヴィルトの後をついていく。
案内されたのは、屋敷にある一室。
扉を開けた先には、真っ白な純白のドレスがあった。
惜しみなく使われたフリルに、繊細で煌びやかなレース。
どうみてもそれは、ウエディングドレスだった。
「どうだ、気にいったか?」
期待に満ちた目で、ヴィルトが私の顔を覗き込んでくる。
「ミサキが部屋にいる間に、式の準備を進めてたんだ。これが出来上がるのにも時間がかかったし、それにこれも」
すっとヴィルトが私の左手をとって、元あった指輪に重ねるように、指輪をはめてくる。
「ちゃんとした婚約指輪だ。本当はずっと前から用意してたんだけど、ミサキが元の世界へ戻ったときに衝動的に捨てたから、探すのに時間が掛かったんだ」
馬鹿なことをしたというように、ヴィルトは言う。
ずっとこれを探していて、見つけるまで私を閉じこめておきたかったらしい。
「そんなことしなくても、逃げないのに」
「ミサキは心配事を見つけるのが得意だろ。何かと理由をつけて、俺から逃げようとするから、ちゃんとした契約の証が欲しかったんだ」
私の指にはめられた婚約指輪を、ヴィルトの指がなぞる。
薬指にはまっている、もう1つの玩具の指輪を貰った時の事を思い出す。
ヴィルトのそういうところは、子供のときから変わっていない。
「なんだよ。なんで笑ってるんだよ」
「いや、可愛いなって思って」
「ほかに何かいうことないのかよ」
ヴィルトはむすっと不満そうだ。
彼にしてみれば、私を驚かそうとここまで準備してくれていたんだろう。
「ありがとう、ヴィルト。嬉しい」
その言葉にヴィルトがようやく、満足気ににっと笑う。
「皆も聞いたよな?」
ヴィルトの言葉に答えるように、拍手の音がした。
誰もいないと思っていた部屋に、特に私と仲のいい使用人たちが姿を現す。
「おめでとう、ミサキ。いつかはこうなるとわかっていましたけどね!」
「本当くっつくならさっさとくっつけばいいと、ずっと思ってました」
「ヴィルト様を扱えるのは、ミサキだけですしね。ようやく覚悟を決めてくれたかって感じです」
皆が口々にそう言って、私とヴィルトを祝福しだす。
「な、なんで皆がここに?」
「証人になってもらうために決まってるだろ」
驚く私に、ヴィルトが言う。
皆最初からこの部屋に隠れて、スタンバイしていたようだ。
「さぁ、試着しましょう。ほら、ヴィルト様は外へ」
この世界で出来た親友のヘレンが、そう言ってヴィルトを外へ追い出してしまう。
「これはどういう事なの、ヘレン。そもそも、ヘレンがなんでここにいるの」
「久しぶりね、ミサキ」
出会った頃少女だったヘレンは、もうすっかり大人の女性になっていた。
文通はしていたけれど、会うのは前にヘレンの結婚式に参加した時以来だから、5年ぶりくらいだろうか。
ヘレンは出会ったとき15歳で、元々この屋敷のメイドだった。
歳が近いこともあって、すぐに仲良くなったのだけれど、ヘレンは20歳の時に針子としての才能を見込まれて貴族の養子になり、屋敷のメイドをやめた。
養子になった先で旦那様を見つけ、子供も出来て、
遠くの街で暮らしているはずだった。
「どういうこともなにも、そういうことでしょうよ。ここまで作るの大変だったのよ?」
ウェディングドレスを片手で触りながら、ヘレンは笑う。
そのウエディングドレスは、私が元の世界に行っていた1カ月そこらで出来るような品物ではなかった。
細かい刺繍に、凝ったデザイン。
ヘレンは針子として優秀だったけれど、これを作るには大分時間がかかったはずだ。
つまり、かなり前から準備されていたということになる。
試着してみたら、サイズはピッタリだった。
季節の変わり目にメイド服を新調したときに、データを取られていたらしい。
「私、いつの間にか周りを固められてたのね」
「何を言ってるの。皆あんたがヴィルト様と結婚するんだって、昔から疑ってなかったわよ。思ってなかったのは、ミサキだけ」
細かいところに直しをいれるのか、ドレスをいじりながら、呆れたようにヘレンが言う。
「ミサキ、いるかしら?」
おっとりとした声がして扉が開き、入ってきたのはバティスト夫人だった。
「あらあら。可愛い! きっとヴィルトも喜ぶわ!」
「奥様! あの、えっとこれは!」
突然のバティスト夫人の登場に、私は焦ったけれど、この場にいる誰もが平然としていた。
「奥様だなんて。お母さんって、もう呼んでもいいのよ? そもそも、私名前で呼んでほしいと何度もお願いしていましたのに」
メイドである以上、名前呼びはないだろうと、私はいつもバティスト夫人のことを奥様と呼んでいた。
それが不満らしく、夫人は可愛らしく口を尖らせる。
「えっと、あの……怒っていないのですか?」
「何のことです?」
「ヴィルトには、貴族のお嬢様を散々言っておきながら、私がその、ヴィルトと結婚しようとしていることをです」
「それなら問題はありませんわ」
恐る恐る尋ねた私に、バティスト夫人は明るい調子でそう言った。
「ミサキが自分の身分を気にしていることは、前々から知っていました。なのでミサキがその気になったら、身分の高い方にミサキを養子として引き取ってもらうよう話はつけるつもりでいましたのよ。幸い、自分からミサキを養子にと名乗り出てくださった方がいるので、もう心配する必要はありませんけどね」
身分については、最初から悩む必要がなかった……そういうことらしい。
突然のことに、頭の整理が追いつかない。
「奥様は、私がヴィルトと結婚してもいいと思っていたのですか?」
「どちらかといいますと、結婚してくれないと困ると思っていましたわ。あの子、ミサキの言うことしか聞きませんし。あなたが元の世界に戻ってしまって、ヴィルトは折角得た王の騎士の座を、あっさり捨てようとしたのですよ」
夫人は盛大な溜息をついた。
それに同調するように、他のメイドたちがうんうんと頷く。
私がいなくなった後、それはそれは大変だったらしい。
部屋は荒らされ、屋敷中はめちゃめちゃ。
王の騎士就任を祝いに来たお客の前で、騎士をやめると宣言する始末。
「ミサキがいなくなってから、ヴィルト様は部屋を破壊なされて。折角改装したのに、ここまで戻すの大変だったんですよ!」
「まだパーティの途中でしたのに、お客様たちにも迷惑がかかりました。王の騎士をやめるなんてとんでもない話です!」
ヘレンの側に控えていた、若いメイドたちがここぞとばかりに、力を込めて訴えてくる。
「えっと……それはごめんなさい」
ここまで被害が出ていたなんて、思ってもみなかった。
私が謝れば、まったくですよとその場にいた全員が頷く。
相当な苦労をかけてしまったらしく、皆お怒りモードだ。
「ここに帰ってきたのは、ヴィルトの側にいる決心が着いたってことよね?」
夫人が私に問いかけてくる。
その言葉で、私の決断がつくまで、何も言わずに見守っていてくれたんだとわかった。
「……はい。ふつつかな娘ですが、末永くよろしくお願いします」
「ふふっ、よく言えました。もうずっと前から、ミサキは私達の家族ですけどね」
泣きそうになった私を、バティスト夫人が抱きしめて、いい子というように背中を撫でてくれた。
11/07 ヘレンとの再会の記述を一部修正しました。
12/7 国の名前を変えました。12/10 絵本の名前と内容を少し修正しました。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。