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【6】臆病者の後悔と、それからの選択

 異世界へ行ったときと同じ時間に戻れると思っていたのに、元の世界では私がいなくなって約3カ月の月日がすぎていた。

 突然失踪した私を、従兄弟のチサト兄は心配してくれていたようで、かなりやつれた姿になっていた。


「お願いだから、もうどこにもいかないでくれ。僕はミサキが好きだ。ミサキが僕を好きなのが、家族としてでもいいから。側にいて」

 そうすがり付いてきたチサト兄に、私は何も返せなかった。


 それからのチサト兄は、私を大切にして甘やかしてくれた。

 彼女ともすでに別れていたし、まるで恋人のように私を扱ってくれた。

 まるで、あの世界に行く前の私が望んだような世界げんじつがそこにあった。


 今の私ならわかる。

 チサト兄は、私と同じ臆病者だった。

 私がチサト兄を好きだといってくれるのは、『依存』であって『恋』ではないんじゃないか。


 そう疑って、動けなくなって。

 私を自分から遠ざけた。


 たとえそれがどんな形だろうと、好きなら好きと言えばよかったのに、相手に拒絶されるのが怖かっただけだ。

 あの時の私なら、今のこの状態が幸せだったのかもしれない。

 チサト兄は私を好きだと認めて、大切にしてくれている。

 けれど、今の私が望む幸せは違うのだと、チサト兄に優しくされるたびに思い知らされた。


 今の私が好きなのは、チサト兄じゃなくて、ヴィルトだ。

 触れられてドキドキするのも、キスをしたいと思うのも、ヴィルトだけだ。

 今更遅いけれど、この世界に戻ってきて気づかされた。


 学校の屋上。

 ここに吹く風は、塔と少し似てる気がした。

 けれど深い森も、湖も、城もそこにはない。

 胸にはもう時計はなく、唯一あるのは玩具の指輪だけだった。



「ヴィルト、会いたいよ……」

 指輪をはめて呟く。

 何もかも夢の中の出来事だったように思えて、気が狂いそうだった。


「ようやく俺の事呼んだな」

 低く響くヴィルトの声。

 とうとう、幻聴まで聞こえたようだ。


 たとえ幻でも、姿が見たい。

 そう思って振り返った。


 艶やかな金の髪、湖の底のような深い青の目。

 彫りの深い顔立ちに、幼い頃から代わらない悪戯っぽい笑み。

 この世界に戻って1カ月も経っていない。

 けれど、もうずっと会えないと思っていたから、嬉しくてヴィルトに抱きついた。


 ぬくもりと、ヴィルトの香り。

 ぎゅっと抱きしめられて、これが私の見ている幻ではなく、本物のヴィルトなんだと気づく。


「なんでここにいるの?」

「決まってるだろ。ミサキを迎えにきた」


 どうやってとか、どうしてとか。

 私なんかを追いかけてこなくてよかったのにとか。

 そんな言葉が頭に浮かんだけれど、嬉しいという気持ちには勝てなくて。

 ヴィルトの胸の中で、嗚咽をあげて私は泣いた。


「何だよ。泣くくらい寂しかったなら、最初から俺の側を離れるな」

「うん、ゴメン」

 口調は荒いけれど、私の髪をなでてくれるヴィルトの仕草は優しかった。


 ヴィルトはどうやら、ヤイチさんの助けを借りて私の世界にやってきたようだった。

 その胸には、懐中時計が下がっている。

 私の懐中時計なのかと思ったけれど、模様が違うし大きさも違った。


「これは俺の時計だ。こっちの世界では俺がトキビトなんだよ。ヤイチさんが時計を貰ったっていう、残酷で優しい神様とやらに会って、時計を奪い取ってきた」

 にっとヴィルトは笑った。


「もっとはやくミサキを俺のものにして、閉じ込めておけばよかったって、毎日思いながら過ごしてた。ミサキがいない世界に意味はないから、ミサキのいる世界に連れていけってアイツを呼び出したんだ」

 ヴィルトがアイツというのは、私が時計をもらったあの怪しいお兄さんの事だろう。


「呼び出せるものなの?」

「よくわかんねーけど、呼び出せたんだからいいんだよ。たぶんミサキの時計を一度飲み込んだのも、影響してるかもだけどな」

 そう言って、ヴィルトは肩を竦めた。


「なぁ重要なのは、そこじゃねぇだろ。俺がどれだけ、ミサキを想っているかわかった? これでも、依存だのなんだの、姉弟みたいなものだからって言うつもりはねぇよな? そんなのとっくの昔に悩み終わって、それでも好きだからここにいるんだけど」

 ヴィルトが顔を近づけてくる。

 耳元で囁かれれば、力が抜けていく。


 ちゅっと軽くキスをされ、それが深くなっていく。

 私はそれを受け入れた。


「こういうこと、姉弟とか、母親代わりのやつとしたいと思わねぇ。いいかげん、わかれよ」

 ヴィルトの目には私を求める欲望のような光があって。

 見つめられてしまえば、錯覚だと思いたがっていたヴィルトの私への恋心が、揺るぎないものなんだと教えられた。


「俺はミサキが好きだ。一生側にいてやるから、俺の妻になれ」

 少し離れて、ヴィルトが私を真っ直ぐ見つめてそう言った。

 答えはもうわかってるけどな、というような傲慢な態度。

 けど、悔しいことに、私の答えは決まっていた。


「返事は今はいいよ。あっちで聞くから」

「それって、私が嫌だって言っても聞く気はないっていうのと同じじゃないの」

「嫌っていうつもりもないくせに」

 心を見透かされたようで、顔が真っ赤になってしまう。

 ヴィルトはそれを見て、満足そうな顔になった。


「そうそう、帰る前に行きたいことがあるんだ。案内してくれるよな?」

「いいけど、どこ?」

「この世界の、ミサキの未練がある所にだ」

 にっとヴィルトは笑い、私は顔を引きつらせる。


「チサト兄とか行ったか? そいつにミサキは俺のモノだから、貰ってくって挨拶しに行ってやるよ」

 ――ヴィルトが何故チサト兄のことを?

 チサト兄のことを教えた覚えてはないし、2人を会わせるなんて、できるわけがない。

 絶対に修羅場になるのが見えている。

 


「ど、どうしてチサト兄のことを?」

「ヤイチさんから聞いた。酔って色々話してたみたいだな。未練になるくらいにそいつの事を想っていたんだと思うと腹も立つが、浮気には数えないでやる。俺と会う前の話だし、元彼というわけでもなさそうだしな」

 心広いだろ?とヴィルトは言うけれど、その声にはわかりやすいくらい嫉妬が滲んでいた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 他に行きたいところはないのと尋ねたら、私が育った街を歩いてみたいとヴィルトは言った。

 なので二人でデートして、それから両親の墓に行った。

 これもヴィルトのリクエストだった。


「お父さん、お母さん。ミサキは責任をもって、俺が幸せにします」

 二人の墓の前で、そんな事をいうものだから泣いてしまった。

「ミサキ、泣き虫になったな」

「これは……ヴィルトのせいなんだから」

「そっかミサキが泣くのも、俺のせいならいいや」

 ごしごしと乱暴に服の裾で私の涙を拭うヴィルトは、嬉しそうだった。


「ヴィルトと両親に挨拶したし、デートもできたし。もう未練はないよ。あっちの世界に帰ろうか!」

「帰る前に、チサト兄のところに寄るって言っただろ?」

 明るく切り上げようとしたけれど、ヴィルトはちゃんと覚えていたらしい。

 うまく誤魔化されてはくれなかった。



●●●●●●●●●●●●


 観念して家に行けば、チサト兄が出迎えてくれる。

「おかえりなさい! ミサキ……そっちの人は?」

 チサト兄は、私の後ろにいるヴィルトを見て、驚いたようだった。


「えっと、この人は……私の恋人です」

 友達ですと無難に紹介しようか悩んだけれど、後が怖いので素直に言う。

 チサト兄が固まった。



 三人で、リビングの椅子に座る。

 酸素がなくなったんじゃないかと思うほどに、息苦しい空間がそこにあった。


「ミサキ、恋人ってどういうことなのかな。行方不明になっている間に、お世話になった人ってことでいい?」

 チサト兄の声は、冷静だけど怒っている。

 私が自棄になって、適当な男の家に上がりこんだんだとでも思っているんだろう。

 まぁ、間違ってはいないような気はするけれども。


「えっと話せば長い話になるし、信じてもらえないとは思うんだけど……」

 私はチサト兄に一部始終を説明した。

 口を挟まずにチサト兄は聞いてくれたが、その顔は到底信じてくれたようには見えなかった。


「つまりミサキはこの数カ月間異世界に行っていて、そこで出会った彼と恋仲になったってことでいいのかな?」

「そうだ」

 ずっと黙っていたヴィルトが、チサト兄の言葉に相槌を打って、私の肩を抱き寄せる。


「ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ」

 ずっと溜まっていた鬱憤うっぷんをぶつけるようにそう言って、ヴィルトはチサト兄に対して不敵に笑った。

 チサト兄が立ち上がって、ヴィルトを一発殴る。


「ヴィルト!」

「ってぇ! 思い切り殴りやがって」

 椅子ごと後ろに吹っ飛んだヴィルトは、頬をなでながら立ち上がる。

 支えた私の腰をぐいっと掴んで引き寄せた。


「まぁ、ミサキを奪って行くんだから、これくらいはやらせてやんねーとな」 

 何をするつもりだと思っていたら、ヴィルトがいきなり私にキスをしてきた。

 チサト兄の前で何をするんだと怒りに震えていたら、この世界に戻ってきたときのように、耳元で秒針の音がした。


 けど前とは違う。

 胸の痛みはなく、じわじわと温かいもので満たされていく。

 私の胸の奥底にある時計が――過去の時を指し示したまま止まっていた時間ときが、今を刻みだしたのがわかった。


「チサト兄、今までありがとう。大好きだったよ」

 笑顔と一緒に口にした感謝の言葉は、チサト兄に届いたんだろうか。

 それは――わからないけれど。


「もう離さねぇからな」

 白くなっていく視界の中、全ての感覚が曖昧になっていく。

 ヴィルトだけが側にいるのを感じながら、私は意識を手放した。

3/13 誤字等微修正しました。

★7/27 他シリーズとの兼ね合いによる微妙な時間修正を行ないました。ミサキがこの世界から離れていた時間を「三ヶ月」→「約三ヶ月」、ヴィルトとはなれて「一ヶ月」→「一ヶ月も経ってない」程度の修正です。

★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。

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「男装令嬢は身代わりの兄に恋をする」シリーズ第4弾。ヘタレお兄さん×男装令嬢。
こちらのキャラも登場してるので、よければどうぞ。
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