表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

【4】彼にお似合いなのは

 このパーティが終わったら、元の世界に帰る。

 そう私は決めていた。


 根暗で後ろ向き。

 私がヴィルトだったなら、私を好きになんて絶対にならない。

 つまりはどう考えても気の迷いだ。

 私がいなくなれば、ヴィルトもすぐに他の女の子に目を向けるだろう。


 ヴィルトは、育てた私がいうのもなんだが、かなりの優良物件だし、相手に困ることはない。

 もっとふさわしい相手が、別にいる。

 宝石を選び放題なのに、わざわざ道に落ちてる変わった小石を大切にする必要はない。



 ここで素直にヴィルトの手を取れたら。

 正直にいうと、そう思う私が心の中にはいる。

 でもそれは、ヴィルトの気持ちにつけ込むことで、自分が楽なほうに逃げることだ。

 どんなに私がアホでも、大切なヴィルトだからこそ、後悔してもらいたくなかった。

 結婚してから、手に取った宝石が実は石だったと気づいても遅いのだ。


「はぁ……」

 懐中時計を手ににぎりしめ、胸に抱く。

 決断したはずなのに気持ちが揺らぐのは、現実に戻ったとき、チサト兄と顔が合わせ辛いからじゃなかった。


 ――ヴィルトと別れがたい。

 心を占める想いは、やはりそれだった。


 もう辛いことから逃げるのをやめて、現実と向かいあうため、元の世界へ戻る。

 そのつもりだったのに、元の世界に戻ることは、ここに残ること以上に――逃げのような気がした。


 

●●●●●●●●●●●●


「ヤイチさん、お久しぶりです!」

 王の騎士就任のパーティがはじまり、会場でヤイチさんを見かけて声をかける。

 ヤイチさんは白い騎士の衣装がよく似合っていた。

 勲章やバッチがたくさん付いていて、ちょっと重そうだ。


「あぁ、ミサキさん。お久しぶりですね」

 微笑みかけてくるヤイチさんに、このパーティを見届けてから、元の世界に帰るつもりだと話そうか、私は悩んだ。


「ヴィルトは凄いですよ。普通の騎士になるのでも5年はかかるのに、この若さで王の騎士団に入れるなんて、めったにないことです」

「はい、誇らしく思ってます」

 ヤイチさんの言葉に、多くの人たちに囲まれて笑っているヴィルトへと目を向ける。

 皆から祝福されている姿を見ると、自分のことのように嬉しかった。


「ヴィルトがここまで頑張れたのは、全てミサキさんのためですね。もう、懐中時計は壊れましたか?」

「いえ、まだですけど?」

 私にも祝ってほしいというヴィルトの要望で、今日はメイド服じゃなくてドレスを着ていた。

 壊れましたかなんて、変わった尋ね方だなと思いながら、胸の谷間から懐中時計を取り出し、ヤイチさんに見せた。


「そんなとこにしまうのは……どうかと」

 ヤイチさんの顔は赤い。

 昔の時代の人だからか、そういうことに初心なのかもしれなかった。


「でもこの服ポケットがなくて。首からかけると目立ちますし、適当なところに置いておくと、ヴィルトに隠されそうなので」

 実際、私を帰らせないために、ヴィルトは何度か時計を隠したことがある。

 不思議と時計のある場所はわかったので、すぐに手元に戻ってきたのだけれど。


「これ、動いてますね」

 おもむろに懐中時計の蓋を開ければ、ヤイチさんが驚いた声を出す。

 午後3時を常に指していた秒針が、今この時間を刻んでいる。


 いつから動いていたのだろう?

 懐中時計を肌身離さず持ってはいるけれど、蓋を開けることは滅多にない。

 前に開けたのは、いつだったかのかすら思いだせなかった。


「あなたの心が動き出した証ですね。時計が壊れる日も近い。ヴィルトがそうさせたのかな」

 ヤイチさんはふんわりと笑った。

 時計が壊れてしまえば、元の世界に戻れなくなるから大切にしろと、以前ヤイチさんは言っていた。

 しかし今の発言は、壊れることを望むかのようだ。

 どういう意味なのか尋ねようとすれば、ぐいっと後ろに引き寄せられて、私はバランスを崩した。


「ヤイチさん、俺のミサキをそそのかすのはやめてもらえますか」

 いつの間にか、私の背後にヴィルトが立っていた。

「いつから私がヴィルトのものになったの!」

「俺もミサキのだからいいだろ」

「そういう問題じゃない!」

 言い合う私達を見て、ヤイチさんが微笑ましそうに笑っている。


「あの、ヴィルト様。今回はおめでとうございます」

 ふいに誰かが話しかけてきて、私は身を捩り、ヴィルトから離れた。

 挨拶してきたのは、端正な顔立ちの美少女だった。

 服に使われている素材や髪飾りは、控えめでありながら質がいい。


 招待客リストの中から、それらしき人を私の頭がはじき出す。

 ベアトリーチェ・ファン・ルカナン。

 王都近くに領土を持つ貴族で、王家に重用されているルカナン家の娘だ。


「ありがとう、ベアトリーチェ」

「わたくし、初めてヴィルト様と会った時から、王の騎士団に入る方だなと思っていましたの。予想が当たりましたわ」

 礼をいうヴィルトはそっけないが、ベアトリーチェはふふっと可愛らしく笑う。

 まるで、ヴィルトの横にいる私が目に入ってないかのようだ。


「そういえば、前にミサキさんと会った時はあまりお話できませんでしたね。あなたの時代の日本がどうなってるのか、あちらで少し聞かせてもらっても構わないですか?」

「あっ、はい」

 気を利かせてくれたヤイチさんと一緒に、ヴィルトの元を離れることにする。

 ヴィルトは私を追おうとしたけれど、着いてくるなと視線で伝えた。


 ベアトリーチェが、ヴィルトの腕を取る。

 二人はとてもお似合いに見えた。


 そうだ、ヴィルトにはああいうお嬢様が似合う。

 家柄もやんごとなく、見た目も可愛らしい――極上の女の子が。

 ヴィルトの側に彼女がいるなら、安心して帰れる。

 これが、私の望んでいたことだ。

 そう思うのに、胸がもやもやするのを感じていた。

3/13微修正しました。

6/7誤字修正しました。

★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「男装令嬢は身代わりの兄に恋をする」シリーズ第4弾。ヘタレお兄さん×男装令嬢。
こちらのキャラも登場してるので、よければどうぞ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ