【4】彼にお似合いなのは
このパーティが終わったら、元の世界に帰る。
そう私は決めていた。
根暗で後ろ向き。
私がヴィルトだったなら、私を好きになんて絶対にならない。
つまりはどう考えても気の迷いだ。
私がいなくなれば、ヴィルトもすぐに他の女の子に目を向けるだろう。
ヴィルトは、育てた私がいうのもなんだが、かなりの優良物件だし、相手に困ることはない。
もっとふさわしい相手が、別にいる。
宝石を選び放題なのに、わざわざ道に落ちてる変わった小石を大切にする必要はない。
ここで素直にヴィルトの手を取れたら。
正直にいうと、そう思う私が心の中にはいる。
でもそれは、ヴィルトの気持ちにつけ込むことで、自分が楽なほうに逃げることだ。
どんなに私がアホでも、大切なヴィルトだからこそ、後悔してもらいたくなかった。
結婚してから、手に取った宝石が実は石だったと気づいても遅いのだ。
「はぁ……」
懐中時計を手ににぎりしめ、胸に抱く。
決断したはずなのに気持ちが揺らぐのは、現実に戻ったとき、チサト兄と顔が合わせ辛いからじゃなかった。
――ヴィルトと別れがたい。
心を占める想いは、やはりそれだった。
もう辛いことから逃げるのをやめて、現実と向かいあうため、元の世界へ戻る。
そのつもりだったのに、元の世界に戻ることは、ここに残ること以上に――逃げのような気がした。
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「ヤイチさん、お久しぶりです!」
王の騎士就任のパーティがはじまり、会場でヤイチさんを見かけて声をかける。
ヤイチさんは白い騎士の衣装がよく似合っていた。
勲章やバッチがたくさん付いていて、ちょっと重そうだ。
「あぁ、ミサキさん。お久しぶりですね」
微笑みかけてくるヤイチさんに、このパーティを見届けてから、元の世界に帰るつもりだと話そうか、私は悩んだ。
「ヴィルトは凄いですよ。普通の騎士になるのでも5年はかかるのに、この若さで王の騎士団に入れるなんて、めったにないことです」
「はい、誇らしく思ってます」
ヤイチさんの言葉に、多くの人たちに囲まれて笑っているヴィルトへと目を向ける。
皆から祝福されている姿を見ると、自分のことのように嬉しかった。
「ヴィルトがここまで頑張れたのは、全てミサキさんのためですね。もう、懐中時計は壊れましたか?」
「いえ、まだですけど?」
私にも祝ってほしいというヴィルトの要望で、今日はメイド服じゃなくてドレスを着ていた。
壊れましたかなんて、変わった尋ね方だなと思いながら、胸の谷間から懐中時計を取り出し、ヤイチさんに見せた。
「そんなとこにしまうのは……どうかと」
ヤイチさんの顔は赤い。
昔の時代の人だからか、そういうことに初心なのかもしれなかった。
「でもこの服ポケットがなくて。首からかけると目立ちますし、適当なところに置いておくと、ヴィルトに隠されそうなので」
実際、私を帰らせないために、ヴィルトは何度か時計を隠したことがある。
不思議と時計のある場所はわかったので、すぐに手元に戻ってきたのだけれど。
「これ、動いてますね」
おもむろに懐中時計の蓋を開ければ、ヤイチさんが驚いた声を出す。
午後3時を常に指していた秒針が、今この時間を刻んでいる。
いつから動いていたのだろう?
懐中時計を肌身離さず持ってはいるけれど、蓋を開けることは滅多にない。
前に開けたのは、いつだったかのかすら思いだせなかった。
「あなたの心が動き出した証ですね。時計が壊れる日も近い。ヴィルトがそうさせたのかな」
ヤイチさんはふんわりと笑った。
時計が壊れてしまえば、元の世界に戻れなくなるから大切にしろと、以前ヤイチさんは言っていた。
しかし今の発言は、壊れることを望むかのようだ。
どういう意味なのか尋ねようとすれば、ぐいっと後ろに引き寄せられて、私はバランスを崩した。
「ヤイチさん、俺のミサキをそそのかすのはやめてもらえますか」
いつの間にか、私の背後にヴィルトが立っていた。
「いつから私がヴィルトのものになったの!」
「俺もミサキのだからいいだろ」
「そういう問題じゃない!」
言い合う私達を見て、ヤイチさんが微笑ましそうに笑っている。
「あの、ヴィルト様。今回はおめでとうございます」
ふいに誰かが話しかけてきて、私は身を捩り、ヴィルトから離れた。
挨拶してきたのは、端正な顔立ちの美少女だった。
服に使われている素材や髪飾りは、控えめでありながら質がいい。
招待客リストの中から、それらしき人を私の頭がはじき出す。
ベアトリーチェ・ファン・ルカナン。
王都近くに領土を持つ貴族で、王家に重用されているルカナン家の娘だ。
「ありがとう、ベアトリーチェ」
「わたくし、初めてヴィルト様と会った時から、王の騎士団に入る方だなと思っていましたの。予想が当たりましたわ」
礼をいうヴィルトはそっけないが、ベアトリーチェはふふっと可愛らしく笑う。
まるで、ヴィルトの横にいる私が目に入ってないかのようだ。
「そういえば、前にミサキさんと会った時はあまりお話できませんでしたね。あなたの時代の日本がどうなってるのか、あちらで少し聞かせてもらっても構わないですか?」
「あっ、はい」
気を利かせてくれたヤイチさんと一緒に、ヴィルトの元を離れることにする。
ヴィルトは私を追おうとしたけれど、着いてくるなと視線で伝えた。
ベアトリーチェが、ヴィルトの腕を取る。
二人はとてもお似合いに見えた。
そうだ、ヴィルトにはああいうお嬢様が似合う。
家柄もやんごとなく、見た目も可愛らしい――極上の女の子が。
ヴィルトの側に彼女がいるなら、安心して帰れる。
これが、私の望んでいたことだ。
そう思うのに、胸がもやもやするのを感じていた。
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★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。