【2】浮気なんてしていません
王の騎士になったヴィルトを祝うパーティのため、私は準備に忙しく、屋敷を駆け回っていた。
この約16年で、私は屋敷の一切を任されるメイド長になっていた。
バティスト家が納めるこの領地は、豊かな土地はあるけれど、都市からの交通は不便。
ヴィルトが王の騎士になったお祝いのために、都市からの客人を招いてのパーティが計画され、招待客への手紙や宿泊部屋の用意に大忙しだった。
まぁでも、この半年を乗り越えれば、ヴィルトは王の騎士として王城勤めとなり、王都の周辺で暮らすことになる。
そうなれば、屋敷にはなかなか帰ってこれない。
それまで、のらりくらりとヴィルトを避けていれば、結婚の話もかわせるだろう。
そう思っていた私は――甘すぎた。
「ミサキ、結婚式は2カ月後のラグナの日でいいよな」
「私、結婚するって頷いてないよ?」
「なんだよ、王の騎士になったら結婚してもいいって言ってくれただろ!」
ヴィルトがむくれた声を出す。
その距離は、とても近い。
ヴィルトは休憩中の私を、後ろから抱きしめていた。
正直、主人とメイドの距離じゃない。
「結婚するなら王の騎士で、大人の男じゃないと嫌だって言っただけ」
「なんだよそれ。やっぱりミサキはヤイチさんに憧れてたのかよ!」
腕から逃れようとすれば、ヴィルトは私をぐるりと自分の方に向かせる。
その口調には余裕がなく、切羽詰まっていた。
ヤイチさんは私と同じトキビトで、バティスト夫妻の紹介で知り合った。
ヴィルトが騎士団に入るときも、色々お世話になった人だ。
「ヤイチさんって人気あるんだ?」
「あたりまえだろ。代々の王の側に仕える騎士で、謎めいたトキビト。あの人、すげー強いんだぜ」
ヴィルトの口調は面白くなさそうだけど、尊敬しているのがわかる。
――ヤイチさんは同じトキビトだから、ミサキちゃんのことも何か分かるかもしれない。
そんな理由から、以前にバティスト夫妻がヤイチさんを屋敷に招いてくれた。
だから面識はあるのだけれど、あの時はヴィルトに邪魔をされてあまりお話しができなかった。
ヴィルトが騎士団に入りたいと言い出したとき、私はヤイチさんを頼ったのだけれど、そのときも時間がなくてあまり会話できず、残念に思っていたのだけれど。
――私が想像していた以上に、凄い人だったらしい。
ヤイチさんは黒髪に黒目。
くっきりとした顔立ちが多いこの世界では珍しい、すっとした目鼻立ちは日本人だなと感じさせる。
20代半ばの柔らかい物腰をした誠実な人で、もてるのも納得がいった。
「……俺がいない間、浮気とかしてないよな?」
ヴィルトが、探るような目を向けてくる。
「してないよ」
そもそも、浮気というのは恋人がいる場合にできることだ。
誰とも付き合っていない私に、浮気なんてできるわけがない。
「ヴィルトは王都で綺麗な女の子からアタックとか受けたでしょ? 付き合ったりはしなかったの?」
「まぁ言い寄られたりはしたな。付き合ったかどうか……気になるか?」
尋ねると、ヴィルトは嬉しそうな顔になる。
私が嫉妬したと思っているようだ。
「そうだね。私の目に敵ういいところのお嬢さんなら問題ないかな。それでどこの子? 性格は?」
「なんだよ。もっと嫉妬してくれてもいいだろ! 俺はミサキ一筋だから、浮気なんてしてねーよ!」
淡々とした答えに、ヴィルトは拗ねてしまったらしい。
私をぎゅっと抱きしめてくる。
「はっきり言って選び放題だったのに、こんなに我慢したんだ。だからそろそろ、俺の気持ちに答えてくれてもいいんじゃないか?」
耳元で囁かれる声は、低く体の底まで響くようだ。
離れてる間に声変わりしてしまったから、知っているヴィルトの声じゃなくて、戸惑う。
あの可愛かったヴィルトが、こんな風に熱っぽく私に迫ってくるなんて、想像していなかった。
「あのね、ヴィルト。私はトキビトなの。いつかは帰るし、同じ時を過ごせはしないんだよ?」
「帰らなければいいし、ずっと側にいればいい。俺がおじいさんになったって、ミサキは俺のこと好きでいてくれるだろ?」
帰ろうとする私を、ヴィルトはいつだって引き止めてくれる。
その度に心が軋む。
私は――悪いことをしていると。
11/9 ミサキがヤイチさんと出会った記述を少し加えました。
★7/27 他シリーズとの兼ね合いによる微妙な年齢修正を行ないました。ミサキから見たヤイチの歳を二十代後半から中盤に変更しています。ミサキがこの世界で過ごした時間を微妙なところですが「約15年」→「約16年」に変更しました。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました